第十三話 刻むのは絆
「エルトアよ、良き話ができたようじゃの。」
少し高い位置にいるお父上から、僕たちに言葉が降ってくる。
お姉さんを連れて白の間に来たけれど、僕たちの周りには、案の定姉上兄上も集まっている。微笑ましげな、心配げな表情で見守ってくれてるのが、末っ子で大事にされてるとはいえ、恥ずかしい。
「はい。お姉さんは、僕と共に歩いていくことを選んでくれました。前の世界と同じく、僕のお世話係として、そばにいてもらうつもりです。」
「そうかそうか。お嬢さんも、それでよいかの……
いや、なに、念の為の確認じゃよ。」
心配げに変わった僕の顔をみて、慌てて取りなしてくれるお父上。
顔に出してごめんなさい。
「はい、私からもお願いしました。
お世話係やります!」
それを聞いて安心したのか、お父上は目を細めて穏やかな顔つきになった。
「良かったの、エルトアよ。
お主は、神としてはまだまだじゃ。お嬢さんとともに精進しなさい。」
お父上のお許しだ!
嬉しい、お姉さんといられる!
その時、何かが舞い降りてきた。
色とりどりの花びらだ。
白い光の粒も、辺りに煌めいて、爽やかな風に踊っている。
姉上たちの祝福の力だ!
お姉さんは、きれーいと呟いて、ぽーっとなっている。
あちらの世界ではこんなことないもんね。ありがたいお祝いだ。
そして、周りの姉上兄上達から
「良かったわねぇ。」
「頑張れよ。」
と笑顔で言葉をもらう。
「はい。祝福もいただき、ありがとうございます。」
と言ってお姉さんを見上げると、
「良かったねぇ。とあくんは愛されてるね。」
と頭を撫でてくれた。
うん、僕、頑張るよ。
姉上達から、お姉さんにも声が掛かる。
「お嬢さん、うちのエルトアをよろしくお願いしますね。」
「はい、お互いに支え合っていきますね。」
僕の家族とも和やかに会話するお姉さんを、誇らしく思って眺めていたら、お姉さんが僕の方を向いた。
「あのね、とあくん。私、この先ずっと名前がないと困ると思うのよ。今も話してて不便だと思うし。折角だから、とあくんが名前付けてくれないかな?」
どくん、と心臓が跳ねた気がした。
僕のせいで無くした名前。
新しく僕がつけていいの?
「僕……。」
付けたいけど、付けていいのか。
「うん、とあくんからもらった名前なら、大事にできそうだなって。」
お姉さんが少し寂しそうに笑った顔とその言葉で、僕は気づいてしまった。
お姉さんは、名前を無くしたことよりも、無くすほど名前を大事に出来てなかったことを、残念に思ってるんだ。
それなら……、とチラリとお父上を見上げる。
姉上達も少し青ざめて心配そうにしているけれど、口は出さない。
お父上は、はぁ仕方ないなぁ、という風にため息をつくと、僕を見つめて頷いてくれた。
僕は目礼を返す。ありがとうございますと。
神の名付けは、特別だ。
神の思いや関係次第では、単なる名付けに留まらない。
相手と一時的な契約が結ばれることもあれば、さらには相手が愛し子や眷属になることもある。
眷属になれば人からは少し離れていくし、愛し子でも何かしらの力を得ていく。
その力は、人を幸せにもするし、場合によっては、不幸を招くかもしれない。
名前はつけたいけど、説明してお姉さんが嫌だと思ったら付けられない。
「お姉さん。僕が名前を付けるのは可能です。ただ神の名付けは特別なんです。」
説明するのが辛くて、少し髭がしゅんとしてしまう。
お姉さんの顔が真っ直ぐに見ることができない。
するとお姉さんがしゃがんで、僕と目線を合わせてくれて、うんうんと頷きながら促してくれた。
「名付けられた相手によっては、眷属というものになって、人ではなくなることがあるです。恐らく、僕がお姉さんに名前をつけると、大事な守りたい存在ということから、猫神エルトアの愛し子となり、僕の加護を授かり、力の一部が宿ることになるのです。」
「ふむふむ。眷属とか愛し子自体は、猫神殿で習ったよ。」
「愛し子は、人間としての本質は変わりませんが、その、後戻りはできなくなります……。」
いたたまれなくなって、ますます僕は小さくなる。
まるで拾われたばかりの子猫だ。
「それは、私がとあくんから離れたくなっても困るよってこと?」
いやだ、お姉さんが僕から離れるなんて、想像もしたくないよ。
「はい、そうです……。」
答えると、お姉さんの手が伸びてきて、両手で頬をむにゅむにゅされる。
「とあくん、まだそんなこと言ってるの?私はずっと一緒だよって、前から言ってたでしょ?こっちの世界まで来たんだよ。でも、それでもまだ不安なのは、私が言葉足らずだからよね。」
違う!僕が……、僕が異質だから。
「私は、その愛し子になりたいな。その方が猫神エルトア様のお手伝いもできるし、何より名前をもらうってすごく素敵なプレゼントでしょ?」
そして、お姉さんこそすごく素敵な笑顔で、僕の頬をむにゅーと摘んでこう言った。
「だから、とあくんが付けてくれる、付けたい、って思ってくれるなら、お願いします。」
うん、つけたい。
お父上の許可もあるし、お姉さんの意思もしっかりしてる。
よし、気を取り直して、神様らしくやるぞ。
「お姉さんに頼まれた以上、名付けはして差し上げますが、何か希望はあるですか。」
「ありがとうございます。名はエルトア様の御心のままに。」
神の名で呼んでくれて、仰々しくお辞儀をしてくれるお姉さん。
僕のお姉さんの前での神としての初仕事が、お姉さんの名付けなんて。しっかりやらないと。
よし、四肢に力をいれて、堂々と立って気合いを入れる。
表情もキリッと。
そしてお姉さんの名だけど……僕は前の世界でのお姉さんの名前を、もちろん覚えている。お姉さんにとっては、すごく大事なものではなかった名前、嫌な思いもしていたかもしれない。
でも、僕にとっては、前の世界のお姉さんとの思い出の一つだ。忘れることはないけど、前のお姉さんとの記憶もいつもそばにあるという想いを込めて、前の名前から一文字だけもらおう。
ごめんね、お姉さん。
うん、決めた。
「お姉さん、それでは、こちらに頭を。」
「はい。」
すると、お姉さんは跪いて祈りの姿勢をとる。猫神殿で学んだ姿勢だろう。
お姉さんの頭に手をかざし、神力を込めると、手の平から光が放たれ、やがて広間全体に広がるような眩い輝きに変わっていった。
それを確認すると、僕は心の中で言葉を紡ぐ。
僕の大切なお姉さん。
守るべき存在であり、絆はずっと続いていく……。
光がちょっと強くなり過ぎた気もするけど、今の全力を出したい。
準備は整った。
「猫神エルトアの名において、そなたの魂に名を刻みます。そなたの名前は“ゆの”。これからは、ゆのと名乗りなさい。」
言うと共に、手からの光が収束して、一筋の光の矢のようになり、お姉さんの中に吸い込まれていった。
周りには、異様な静けさが漂う。
ふぅ、と力を抜いて、お姉さんの様子を見る。
お姉さんは俯いたまま動かない。
「お姉さん?」
あれ、何か間違えたかな。
お父上が遠くから、そっと声をかけてくれる。
「あの、そのな、エルトアよ。神力も魔力もない普通の人間に、あの光はちと強いと思うぞ。」
気持ちは分かるがな、気持ちは、と付け加えてくれるけど。
うわぁぁぁん、お姉さん、どうなっちゃったの?
「お姉さん?お姉さん?大丈夫?」
ぐらぐら揺り動かしても動かない。
「ごめんなさぁい!光が強くて。起きて!お姉さん!ゆの!!」
泣きそうになりながら、お姉さんを抱きしめる。
すると頭の上から元気な声がした。
「じゃじゃーん!
んふふー、ゆのだよ!
ありがとう、素敵な名前。」
ぽかーんとする僕。
きっとお父上達も揃ってぽかーんだ。
「ごめんごめん、いつ動いていいか分からなかったから、じっとしてたらお姉さんって呼ぶからさ。ゆのって呼ばれるまで、待とうかなって、ちょっといじわるしちゃった。」
てへ、といたずらっぽく笑顔で言うゆの。
もー、僕心配したんだぞ。
ぽすぽす肉球攻撃をする僕と、抱きしめてくれるゆの。
そしてもう一回
「ありがと。これからもよろしくね。」
って言ってくれた。
遠くでお父上が
「いやまぁ、このお嬢さんならエルトアの暴走した光は大丈夫だとは思っておったが、ここまで余裕とはな。さすがエルトアをあちらの世界で守っただけはあるのぅ。」
と呟いていた。
お読みいただき、ありがとうございました。
次回は【第十四話 僕にしかできないこと】です。
迷いながらも、踏み出したその一歩。
それはきっと、誰かのために続いていく道ーー。
お楽しみに!
第一章【第一の扉 あの子の隣が私の居場所】は、全16話で完結となります。
最終話まで、1日1話ずつ、夕方に投稿していく予定です。
どうぞ最後まで、お付き合いいただけたら嬉しいです。
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