第十二話 僕の名前を呼ぶ声
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大神殿のテラスは南向きの造りで、建物の中から見ると、太陽の光に照らされて、かなり眩しい。
その光の中に、思い焦がれていた人が座っているのが見えた。懐かしい背中から、影が伸びている。
ふふ、少しそわそわしてるのが、分かるよ。
後ろ姿からだけで分かるなんて、僕だけなんだから。
猫だけど、実は僕はちょっとどんくさくて、少し足音たてちゃうことが多いんだ。だから、ここに来るまでは慎重に歩いたし、猫神としての神力も使って、普通の生物みたいな気配は消してる。
そのせいで、まだ気づかれてないのをいい事に、遠くからお姉さんを見据える。
いろんな思い出が蘇ってきては、不安を煽る。
涙も出そうになる。
でも、もし僕を覚えてくれてるなら、笑顔で会いたい。
向こうの世界では、猫の言葉しか話せなかったけど、今の僕はお姉さんと話もできる。
いつも僕に話しかけてくれてたから、返事ができたらきっと喜んでくれる。
そう考えると、ちょっとわくわくもしてきた。
そうだ、僕はここまで来てくれたお姉さんを信じるって決めてたよね。
少し浮かれて、不用意にテラスに一歩踏み入れたところで、段差のせいでトンと軽く音がした。
しまった!と思って顔をあげたけど、振り向いたお姉さんの表情は、逆光で見えなかった。
「……。」
言葉が出ない。
あぁ、お姉さん、僕のこと分かるのかな。
どんな顔してるのかな?
不安がぐるぐるしたその時、懐かしい声が響いた。
「とあくん!!
とあくん、会いたかったよ!」
と言いながら、お姉さんは僕に走り寄ってきて、包むように抱きしめてくれた。
「とあくん大丈夫だった?一人にしちゃってごめんね。寂しかったよね。こんなに離れるのは初めてだったもんね。これからはちゃんとそばにいさせてね。もう離れるのは嫌だよぉ。」
ぼろぼろ泣きながら、僕の名前を何度も呼んでくれるお姉さん。
そう、“とあくん”が僕の向こうでの名前だった。
また呼んでもらえたことに、体が震えて胸が苦しくなる。
嬉しい!
僕もぎゅーと抱きつく。
「あー、とあくんの匂いだー、温かいし、柔らかいし、ふわふわだし、大好きなとあくんのままだね。何にも変わらないよ。お姉さんの大好きなとあくん!」
あ、よく向こうの世界で言ってくれた言葉だ。
えへへ。
嬉しいなぁ。幸せだなぁ。
僕のこと覚えてくれてた!
僕のこと、魂から大事にしてくれてたんだなぁ。
あれ?じゃ、忘れた名前って。
僕じゃなければ、お姉さん自身の名前のことなんじゃ……。
そんな、そんなことって。
名前って大事なものでしょ。
生きてきてずっと使ってたものでしょ。
それを無くさせたんだ、僕。
僕だって“とあくん”って名前を大事にしてて、呼ばれて嬉しくて。でもそんなことも、お姉さんはもう経験できないの?
僕がやってしまった事の大きさに、心がどんどん萎んでしまって、耳も垂れて、しっぽも垂れていったのを、お姉さんが気がつく。
「とあくん?大丈夫?どうした?」
優しく頭を撫でながら聞いてくれる。
「お姉さん……。」
お姉さんにとっての僕の第一声は、ぽろっと出た弱々しい呼びかけだった。
「わぁぁぁ!とあくん喋れるの!猫神殿の子達は話せたから、もしかしたらとあくんも、って思ってたけど。嬉しいーー!これからいっぱいお話できるね。」
僕とは正反対に、満面の笑みで喜んでいるお姉さん。
お利口さんだねー、といいながら、ナデナデしてくれる。
猫神殿にも猫さんはたくさんいたけれど、とあくんはやっぱり、私の中で特別な猫さんなんだなぁ、といいながら、スリスリしてるお姉さんを見て、僕の心はお姉さんに引っ張られ、少し落ち着いてきた。
お姉さんはすごい。
「あ、そうだ、とあくんもハーブティー飲む?猫だけど。神様だし飲めるって聞いたんだ。それともお水?あ、ぬるま湯好きだったよね。」
ふふ、僕の世話を焼くことも変わってない。前は胃腸も悪かったから、毎回ぬるま湯を作ってくれて、冷たいお水は避けてくれてたんだ。
前の世界と何も変わらないお姉さん。無理強いせず、僕が自然に話し出せるような雰囲気を作りながら待ってくれてる。こんなことでも、お姉さんらしさを感じられる。
こっちの世界でも、僕はお姉さんに包まれてるんだ。
「ハーブティーは飲めますので、いただきます。」
く、発言が硬くなってしまった。
まだ緊張したままだ。
というか、何故お姉さんはそんなに普通なの!
「おぉ、しっかりした発言!じゃ入れるね。熱いから、ふぅふぅしてね。」
緊張で喉が乾いてたから、助かる。
落ち着いて見えるよう、ゆっくりこくこく飲む。
もちろんこんな状態じゃ味は分からない。
無味。
潤えばそれでいいんだ。
でも、気持ちも落ち着いたし、伝えるべきことは伝えないと。
「お姉さん、僕はまず謝ることがあるです。」
「はい、なんでしょうか。」
椅子の上で居住まいを正すお姉さん。
「僕の召還に巻き込んでごめんなさいです。」
しばしの沈黙。
「もう帰らなくてはいけなくて、でもお姉さんと一緒にいたくて、召還の光に巻き込んだんです。」
「うんうん。そうみたいだけど、謝らなくて大丈夫よ?私もとあくんと一緒にいたかった。だから、異世界の狭間でも、こっちの世界にくることを選んだんだよ。」
だから気に病むことはないんだよ、と言ってくれるお姉さん。
「向こうでは言葉も通じないし、とあくん一人で悩んだ……んでしょ。優しい子だもんね。分かってあげられなくてごめんね。」
どこまでも僕を気遣って優しいお姉さん。苦しいよ。
「うぅ、でも、さっきお父上から名前まで無くしたと聞いたです。それって……お姉さんの……名前のこと、なのですか?」
泣きべその僕を見つめながら、しんみりと笑うお姉さん。
「うん、そうだね。私名前無くしたみたい。とあくんに関することは、たぶん全部覚えてると思うんだけど、それ以外はみーんな置いてきたみたい。」
みーんな、って言った?
あまりのことに衝撃を受ける。
お姉さん自身のことも全て忘れてるの?
「創造主様達は、私の元の名前知ってるだろうけど、私が名前も無くしたからかな、最初からお嬢さんって呼んでくれてるの。名前は、無くしたくらいだから、そんなに良い思い出はなかったのかもしれないよね。」
僕も、お姉さんの元の名前は知ってる。
でもお姉さん自身の魂からは無くなっていった。
つまりそういうこと。
それにね、とお姉さんは続ける。
「名前以外にも、とあくん以外の記憶は持ってないから、何を無くしたかすらよく分からないのよ。だからね、嫌な記憶はもちろん忘れてるから、心が軽くなったんだなって良い方に考えてるよ。」
お姉さんは淡々と教えてくれる。
けれど、そんなに達観できるものなのかな。
そういえば、向こうの世界では、僕はお姉さんの愚痴なんて聞いたことがなかった。
「異世界の狭間でね、とあくんとの記憶が一番大事って強く思ったの。他にあれもこれもとかは無かったのよ。そんなに一番をいっぱい持てないしね。とあくんがお姉さんの一番なんだよ。
だから、私はとあくんの記憶を持って来れて、またとあくんに会えて充分なの。それでいいの。ほんとだよ。
あとは、これからもとあくんの隣にいて、お世話できたら、嬉しいなって思うよ。」
はう。
お姉さんの言葉が嬉しい。
記憶に関しては、きっと無理してる部分もあるだろうけど、それは僕の責任。直接はできることはない。
けど代わりに、これからいっぱいいっぱい楽しく幸せに過ごしてもらうようにしよう。
「僕も、お姉さんのお世話が気に入っていたです。ちょうど猫神のお世話係が空席なので、それに任命してもいいのです。」
そっぽを向いてそう言う。
空席というより、そんな係があるわけないから勝手に作ったのだ。それを、目が泳いでバレるわけにはいかない。
でも、耳だけはばっちりお姉さんに向けてるよ。
「あはは、いいの?お世話係やりたいよ!
ありがとう!嬉しい!」
受けてくれた!
これでお姉さんと一緒にいられる。
* * *
それから、お姉さんの質問を受けて、少しお喋りをした。
「とあくんは、猫神殿のみんなみたいにニャー語話さないんだね。」
「当然です。僕は猫神なのです。」
とか
「とあくんが、本当はエルトアっていう名前って聞いてびっくりしたよ!とあくんは、一生懸命考えた名前だけど、何か神の力があったのかな?」
「神の力ではないと思うです。お姉さんの力です。」
とか
「とあくんって呼んでていいのかな?猫神殿で習ったんだけど、失礼なのを不敬っていうんだよね。エルトア様って呼んだ方がいい?」
「普段はとあくん呼びでも、お姉さんなら良しとします。」
とか。
とあくんってお姉さんに呼ばれるの好きなのに、呼ばれなくなるなんて嫌だよ。
「ふふ、ありがと、とあくん。」
えへへ。
そこへ、パタパタパタと、さっきの大神殿の鳩が飛んできて、机の上に止まった。
物珍しそうにお姉さんを見上げている。
「あら、鳩さんだ。こんにちは。」
お姉さんは何気なく挨拶をしてる。
いつものことなんだ。どんな生き物にも声をかけるし、なんなら僕の猫用おもちゃにだって、毎回感謝を伝えて大事にしてくれてた。
いつだったか、鳩さん同士の喧嘩をとめた、って報告してくれたのを覚えてるよ。鳩と話せないのに、どうやったんだろうって、お姉さんらしくて、心の中で突っ込んじゃったよ。
だけど、今来た鳩は普通の鳩じゃない。
「お嬢さん、はじめまして。こんにちは。
私は、大神殿の遣いの鳩です。くるっぽー。」
鳩は、最後は羽を閉じて、紳士風のお辞儀も披露した。
サービスが多いのが解せない。
「わぁ、あなたも話せるの!よろしくね。」
「はい!何かありましたら、呼んでください。
そして、エルトア様、創造主様がお呼びでございます。そろそろいいかの?とのことです。」
あ、そうだった!お姉さんとの話が終わったら、二人で来るようにと言われてたんだった。
もっとお話したかったけど、これからいっぱい時間はあるもんね。
「白の間でお待ちしておりますので。では。」
鳩はくるっぽーと言いながら、またパタパタと飛び去って行った。
「仕方ありませんね。お姉さん、行きますよ。」
「うん、行こう。待たせちゃったみたいだしね。」
僕は椅子から飛び降りて、お姉さんを案内するようにゆっくり歩き出す。
来た時とは全く違う、心の軽さ。
雲泥の差だね。
しっぽもご機嫌でピンと立っちゃうよ。
少し歩いて立ち止まって、振り返る。
お姉さんいてくれるかな、って心配で、いつも家の中なのにこうするのが癖になってた。
「大丈夫だよ、ちゃんとついてきてるよ。」
ってお姉さんもいつも通り答えてくれる。
それから……ほら、僕が不安にならないように、しっぽの先が曲がったところを、優しく包むようにして触れてくれるんだ。
私はここにいるよ、っていう合図だ。
やっと、僕の“日常”、が戻ってきた。
お読みいただき、ありがとうございました。
次回は【第十三話 刻むのは絆】です。
巡りあえた声と声、心と心。
繋がるその先に、どんな“きずな”が待つのかーー。
お楽しみに!
第一章【第一の扉 あの子の隣が私の居場所】は、全16話で完結となります。
最終話まで、1日1話ずつ、夕方に投稿していく予定です。
どうぞ最後まで、お付き合いいただけたら嬉しいです。
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