(四) 念仏崎
仏門に入った太兵衛こと、清虚。
四十年にわたって、亡き親友・佐吉の冥福を祈り続け、己の罪を悔やみ続ける毎日。
時は過ぎ、天保七年のことでございます。
齢も六十になろうという頃。清虚の夢の中に、一人の少年の姿が現れます。それは、あの勧進相撲の頃の佐吉でございました。
「やあ太兵衛、久しぶりだね」
「さ……佐吉ではないか。どうしたのだ……」
「オレはもうとっくに、船乗りの夢を叶えているんだよね。こっちの世界で、三途の川を行き来する船漕ぎとして活躍中なんだ」
「……は?」
「太兵衛はどうだい。もう充分じゃないかい。あれから四十年以上。太兵衛が友を想う気持ちは、充分に伝わったよ。でも、このままそこで悔やみ続けても、何も生まれない。山を出てみなよ。もっと、太兵衛を必要としている人が、この世にはたくさんいるんじゃないかな……」
そう言って、佐吉の姿はふっと消え、清虚はハッと目が覚めます。
いつもの朝ではありますが、いつもとは何か心が軽い気持ちがしました。
「何じゃ、今の夢は……。しかし、佐吉の言う通りかもしれん。私ももう六十。死ぬまでの年月にも限りがある。佐吉がたくさんの人の命を救いたいと言っていたように、私も誰かのために働くべき天命が、どこかにあるのではなかろうか。それは、ここにいては決して分からない……」
清虚は夢の中の佐吉に背中を押され、これからの自分の進むべき道を考えることにして、ついに山を出ることに決めました。
もうすでに父も母も、佐吉の伯父さんもこの世にはなく、伊美村に帰っても、知り合いもほとんどいません。
清虚はとりあえず、佐吉の故郷を目指してみることにしました。佐吉の故郷は、四国は讃岐国。現在の香川県でございます。
法衣を身にまとい、わずかばかりの路銀。国東半島を出てて豊前の海を馬手に見ながら……、馬手というのは馬の手、つまり馬の手綱を握る右手のほうで、左手のほうは弓を持つから弓の手と書いて弓手。
清虚は豊前の海を馬手に見ながら、高田、宇佐、中津、そして中津街道を沓川、八屋、松江、椎田、大橋と北上し、苅田の港、現在の苅田町からから船に乗ります。次の停泊地である周防国の三田尻を目指して、周防灘へと乗り出すわけでございます。
船の乗客は清虚を合わせて二十五人ほど。豊前の海は波穏やか。船は現在の北九州空港のあたりをなめらかに進んでいくわけですが、企救半島に差し掛かった頃でした。波が次第に荒れ始め、船はぐらんぐらんと揺れていきます。先ほどまでの静かな海が、嘘のよう。
この一帯は、関門海峡の細く凄まじい潮流が周防灘にぶつかり、刻一刻と複雑に潮向き風向きが入れ替わり激しく渦巻き、手練れの舟漕ぎですら難儀する超危険海域でございます。
乗り合わせていた舟客は皆、いや舵取りや船頭たちまでが、手に数珠を掛けて一斉に念仏を唱え始めます。
「ナムアミダブ、ナムアミダブ……。どうかこの念仏崎を、無事に生きて超えられますように……」
船の先には激しく渦巻く海。弓手、つまり左手側には岬が見えて来ます。
清虚は目を見開きます。
「あれか……。あれが、佐吉の家族を奪ったという、念仏崎か!」
念仏は仏僧の本分。清虚は数珠を掲げて、乗客たちと一緒になって念仏を唱えたのでございます。
しかし、念仏など大自然の前には無力なのでしょうか。
船は高い波に押されて、船底は岩礁にぶつかって破られ、清虚や乗客、船員たちも皆、荒海に投げ出されてしまったのでございます。
(つづく)
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