(一)二人の夢
時は江戸時代。幕府の将軍は第九代・徳川家重公の御世。
豊後国の国東郡伊美村。今日のお物語はこの小さな村から始まります。
伊美村とは現在の大分県国東市、海に突き出た国東半島の北の先っちょのあたりでございます。姫島へのフェリー乗り場などがある所ですね。
安永年間、この伊美村の海沿いにある腕利きの指物職人の家に、元気な男の子が生まれました。名前は太兵衛。
両親の愛を受けてすくすくと育ち、十四歳の頃に指物職人の父の仕事を手伝い始めます。私が早鞆流に弟子入りしたのと同じぐらいの年齢ですね。
指物職人とは何の職人かと申しますと、今でいえば家具や仏壇などの類でございます。釘を使わずに木と木をうまく組み合わせて、家具や建具などを作っていく、そういう仕事です。
この太兵衛、教えるとなかなかに筋がいい。父の技術をあっという間に受け継いで、見事な指物を作り上げる。
早いうちに父を超え、九州にその名の轟く職人になるだろうと、村ではもっぱらの噂でございました。
この太兵衛には、佐吉、という同い年の親友がおりました。
佐吉の父は四国讃岐国の漁師。伊美村で漁師をしている兄が病気になった時に、一家揃って四国から船で九州に向かっている途中、海難事故に遭い、家族は海に沈んでしまいます。
当時六歳だった息子の佐吉だけが浜辺に打ち上げられて生き残り、伊美村の伯父の家に引き取られたのでございます。
この佐吉の伯父さんの家は、太兵衛の家のすぐ近く。二人は同い年なので大変仲が良く、権現崎という岬の高台に登って、一緒に海を眺めては、将来の夢を語り合う毎日でした。
「なぁなぁ佐吉。オイラはこの豊前で一番の指物職人になってみせるぞ」
「太兵衛ならなれるよ。オレもこの九州で一番の船乗りになってみせるよ」
「あ、ズルい。だったらオイラは、西国で一番の指物職人になるぞ」
「だったらオレは、日の本で一番の船乗りになるよ」
笑い合いながら未来を語る二人。
佐吉の夢は、漁師ではなく、船乗り。佐吉が伯父さんの漁師の仕事を手伝いながらも船乗りの夢を語るのには、大きな理由がありました。
佐吉が六歳の時に海に投げ出され家族を失ったのは、念仏崎と呼ばれる、海難事故が多発する危険海域。常に海は荒れて風強く、複雑な潮流で波高く、生き残れるかどうかは天のみぞ知る。船の乗客はひたすら無事を願って念仏を唱えるしかない。だから念仏崎と言うのだそうです。
佐吉は、あの念仏崎でみんなが念仏を唱えなくてもいいぐらい安心できる操船技術を持ちたい。そして、お父さんやお母さんたちのように海で亡くなる人を一人でも減らしたい、そんな信念から、腕利きの舟漕ぎになる夢を持ち続けていたのです。
「うんうん、佐吉ならなれるよ、日の本一の船乗りに」
「じゃあ太兵衛、どちらが早く日の本一になれるか、競争だね」
「ああ、負けないぞ」
太兵衛と佐吉は海を見ながらそう誓い合い、その夢を目指して日々修行に励み、立派に成長していったのでございます。
(つづく)
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