(二)利三郎
清虚が一日も欠かさず、たった一人で夜通しで火を焚き続けて、五年ほどが経過した、ある日の夕方。
仮眠から起きて、夜に向けて薪の用意をしているところ、二十代後半と思われる若い男性が、水を入れた桶を持って清虚の前に現れました。
「よう。坊さん」
「白野江村の利三郎さんですね。どうされました」
話しかけてきた男性に対して、清虚は作業の手を止めずに応えました。
この利三郎、白野江村と青浜村の境あたりにすむ青年で、清虚が海難事故で青浜に打ち上げられた時に助けた六人のうちの一人で、その六人の中で最年少でもありました。
「別に。見回り中さ。山火事でも起こっちゃ困るんでね」
この利三郎、とても正義感の強い青年でございます。白野江の村火消を担っており、鍛え抜いた身体で村の治安も守っています。
そんな利三郎が、わざわざやってきた。利三郎の住む白野江村からこの部埼まではかなりの距離です。つまり、当てつけのためにやってきたというわけです。他所の坊主がここに住み着いて火を炊くのは、村人たちにとってはた迷惑なんだよ、という無言の圧力、プレッシャーでございました。
青浜村の者たちは、部埼に棲みつく清虚を気味悪がって近づかない。何とかならないだろうかと白野江村に愚痴を吐く。そこで正義感のある利三郎は、自分が言ってやると部埼まですごみに行ったのです。水の入った桶を持っているのは、気に入らない時にぶっかけて火を消してやろうと思っていたからでしょう。
薪をくべて火を大きくしている清虚を見下ろしながら、利三郎は睨みつけて言います。
「坊さん、いつまで続けるんだい、こんなこと」
「朝が来るまでだね。明るくなれば、種火だけ残して……」
「そういうことを聞いてんじゃねえ。ここにいつまで棲みつくつもりかと言っているんだよ」
「いつまでかねえ。私もこの年だ。この火を誰かに託すことができるまで、ということかねえ」
「じゃあ、いつまでもこの火元は消えないじゃねえか。俺はな、白野江の火消団なんだよ。こんな焚き火、さっさとやめてもらいてえんだ」
利三郎は単刀直入に言います。悪気はないのですが、思ったことはそのまま言う。今風にカタカナを使って言えば、オブラートに包まない、ストレートな物言いでございます。
清虚は利三郎の鋭い睨みにも動じず、にこやかに答えます。
「利三郎さん。まあ座らんかね。私もあなたの話を聞こう。ついでに、私の話も聞いてもらえたら嬉しいね」
清虚に勧められて、利三郎は手頃な石に腰を下ろしました。清虚は火を見守りながら、話を続けます。
「利三郎さんは、とても人想いな方ですな。村の人たちは私を気持ち悪がって近づかないが、利三郎さんは村の人たちのことを思って、わざわざここに来てくれたんでしょう」
「まあな。村のみんなは困っている時に、俺を頼ってくれる。困っていることは、解決したほうが幸せだろ。だから俺は、村のみんなのためになることなら、力を尽くしてえんだよ」
「利三郎さんは優しくて、素晴らしい。この坊主も、利三郎さんのお手伝いをさせてもらえんだろうか」
「あ?」
「利三郎さんは、村の安全のために力を尽くしている。だから私にも、利三郎さんができないことを手伝わせてもらいたいんです」
「どういうことだよ」
「困っている村の人を、利三郎さんは支えている。だから私は、困っている村の外の人を支えさせてはもらえないか。この暗い海を進む舟漕ぎや舟客たちは、命を落とさないかどうかと念仏を唱えるほど、命の危険にさらされている。そういう人たちは、余所者の私に任せてほしいんです。利三郎さんが村の頼みになるように、この燈りが村の外の人の頼みになるんです」
清虚はこんこんと、ここで灯火を焚く意義を語りました。反発していた利三郎ですが、清虚の話には納得することが多く、そのままずっと聞き入ってしまいました。いつの間にか、夜明けが近づいて空が明るくなってきていました。
利三郎はこんなに長く話し込んでしまった自分に驚いてしまい、照れるのを隠すように、立ち上がって言いました。
「別に俺はあんたを認めているわけじゃねえが、小倉藩が認めていることだからしょうがねえ。山火事だけは起こすんじゃねえぞ」
まるで捨て台詞のような言葉を残して、利三郎は立ち去りました。
不思議なことに、その日からちょくちょく、清虚が托鉢から帰ってくる頃に、新しい薪が数本置かれていたり、たくわんが置かれていたりすることがありました。
それが誰の仕業なのかは分かりませんが、清虚は手を合わせて感謝をするのでした。
(つづく)
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