(六)偉業の始まり
小倉城の詰め所にて待っていた清虚は、周囲の役人たちの扱いが明らかに丁寧になったことに戸惑います。待っている間に、何か状況が変わったということはすぐに感じることができました。
しばらくして、先ほどの通りすがりの講釈士・早鞆壇潮が戻ってきます。
「よう、お坊さん。待たせたな。お殿様はすぐに許可に動いでくださるそうだぜ。よかったな」
「壇さん、本当にお殿様に伝えてくださったんですね」
「ああ。お殿様は部埼の燈明の意味を理解して下さったようだ。まずは調査が必要だそうだが、最優先で検討してくださるようだ」
「ありがたい……。壇さん、あなたには感謝してもし尽くせない。私は財産も何もないただの老人だが、何か私にできるお礼はないでしょうか」
清虚は深く頭を下げて、感謝の意を示しました。早鞆壇潮はしばらく考えると、良い考えが閃きました。
「分かった。じゃあ、お坊さん。これからお坊さんのなさること、講釈のネタに使わせてもらってもいいかい」
「講釈のネタ……。私のやることを、お話にするのですか」
「そうさ。お坊さんのなさることは、許可をもらうよりもきっと、これからずっと続けていくことのほうが大変になるだろう。でもそれが二十年も続けば、語り続けるべき立派な偉業になるはずだ。その時は、講釈士の俺にその話をさせてくれよ」
意外な提案に、清虚は唖然としてしまいます。
「私はもう六十歳。二十年も続けることは、さすがに無理でしょう……」
「何を言うんでい。お坊さんの灯した燈りは、お坊さんが死んだとしても、次の者に受け継がれて、海を照らし続けることになるんだろ。それぐらいのことを、やろうとしてるんだろ」
「ええ、その通りです」
「約束の二十年は、お坊さんの寿命じゃねえ。まあ長生きはしてほしいけどよ、その燈りが灯り続ける年数のことよ。そこまで続けば、講釈の話にさせてくれよ」
「そんなことでよければ、ぜひどうぞ」
「そうかい。ありがとうよ。お坊さんは豊後国東の両子山の僧なんだって? ってことは、伝教大師の最澄さんの天台宗ってことか。よし、お坊さん。講釈の題名は決まったぜ」
「それはどのような」
「『一燈照隅 清虚伝』よ。一隅を燈りで照らせば、世の中が明るくなる。まずは目の前を照らそう。そういう意味の言葉なんだろ」
「その通りです」
「お坊さんのその意志はきっと、次の世の者が受け継いで灯し続けるぜ。俺の講釈の世界もおんなじよ。次の世の講釈士が、この世の話を受け継いで、人々の心の燈りとなって伝え続けていくのさ。百八十年後ぐらいには、キャピキャピ女子大生なんかが小粋なオジサマの社長さんたちを前に講釈してるかもしれないぜー」
そんな会話があったかどうか、今となっては真相は分かりませんが、確かに天保九年、清虚が部埼で火を灯すことが、ついに小倉藩から認められたのでございます。
(つづく)
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そしてここからが、清虚の本当の戦いの始まりでございました。




