(五)お殿様の決意
「あかり……? あかりとは何じゃ。灯明台のことか」
小倉藩主・小笠原忠固公は身を乗り出して答えます。笑顔でうなずく、講釈士・早鞆壇潮。
「左様にございます。なぜ関門海峡に近づくと九州側が敬遠されてしまうのか。それは岩礁の位置が分からないからにございます。
門司はこの小倉城下と違って住民も少ない。だから陸に民家の明かりも少なく、陸との距離が分からないまま近づいて船底を岩礁に破られるのでございます。ゆえに、九州側を避けるついでに、そのまま本州側の港を使うことになるのです。
この状況を打破するには、ある場所に燈りを灯す。これが最良の策と言えましょう」
「ある場所……。壇潮、そのある場所とはどこじゃ」
「それは、部埼です。北に突き出た企救半島の先端の岬。ここの高台に灯火を灯せば、船は夜中でも陸の位置が分かります。これだけで、海難事故は激減し、船も九州側の港を利用するようになるのでございます」
「おお、それは願ってもないことだ。近いうちに検討するべきだのう」
お殿様は大いに納得しました。
そんなお殿様に、早鞆壇潮は厳しめの言葉を伝えるのです。
「何を呑気なことを。これは本来、一年前には実現できたことでございますぞ」
「何じゃと。それはなぜじゃ」
「一年前にも部埼の手前の青浜では海難事故が起こっており、白野江村の者たちはまた総出で救出作業を余儀なくされました。そして船客の中で唯一生き残った清虚と申す僧侶が、その部埼での火の守り役を買って出て、役所に日参して陳情を続けております。今日も小倉まで参っているのです」
「なんと……」
「しかしこの一年、小倉藩はその申し出を却下し続けているのでございます。この財政難の小倉藩の代わりに、藩がやるべき仕事を老僧が替わってやろうとしている。それを軽々と断るなど、何ゆえ殿は自らこの藩の首を絞めるようなことをなさるのか、この壇潮、全く理解できずに首を傾げておる次第でございます」
「何ということじゃ。そんな訴えが来ておったのか……」
小笠原忠固公は唖然とします。確かにそんな部埼にまつわる陳情があったことは頭の片隅にありました。しかしその時には、下級役人どもが面倒に思ったのか、「他所から来た僧侶が海辺で火を使いたいと言っている」といった、意図を汲んでいない曖昧な説明が伝わるのみだったので、当然のように却下してしまっていたのでございます。
役人も真剣でなければ、お殿様も真剣ではなかった。そのことを、忠固公は深く思い知らされ、反省して決意をします。
「それは我が落ち度であった。今すぐに調査を始めさせ、なるべく早く許可が出せるようにしよう。壇潮、よくぞ諌めてくれた。これほど心が震えた講釈は、初めてかもしれん」
お殿様は早鞆壇潮の提案を褒め、すぐに清虚の件の許可に動いたのでございます。
(つづく)
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