82 理事長室で
場の雰囲気を盛り上げようと、私は目を輝かせて手を振った。
「私は初めて神聖魔法なしで、ここまで戦えたのが嬉しかったです。みんなのおかげで自信がつきました」
私に続くように、ウィル君が剣の鞘に手を置いて口元を緩めた。
「白姫との戦いで、多くのことを学べた気がします。剣と魔法のバランスが重要なんだと、もっと自分を磨きたくなりました」
その白姫の名に反応するように、ミハイルさんが力強く拳を合わせる。
「白姫との戦いが俺を大きく成長させてくれた気がします。対人戦の重要性を、あらためて認識しました!」
レオさんが姿勢を正し、静かに全員を見渡した。
「この大会の中で強さだけじゃなく、仲間を信じる心が大切だと感じました。みんなと一緒なら、どんな困難にも立ち向かえるとそう思えます」
その言葉にみんながうなずく。
ローゼさんが穏やかな笑みを私に向けて、楽しげに笑った。
「レオさんの戦いは本当に見事なものでした。ウィルの魔法剣やミハイルさんの攻防、エストさんの棒術も、全てが素晴らしかったです。あの白姫も、みなさんの戦いに感動したと思いますよ」
その言葉に、部屋が和やかな空気に包まれる。
影の立役者であるローゼさんに、私は笑顔で手を振った。
「ローゼさん。みんなの戦い、ほんとすごかったですよね! 私は戦えませんでしたが、レオさんやウィル君にミハイルさんの、あの白姫との戦いを思い出すだけで、こう感動で鳥肌が立ってくるような気分です」
そんな私に、ローゼさんがいたずらっぽく目を細める。
「おそらく白姫もエストさんも愛の告白には、コロッとやられてしまいそうな気がしますよ。だって彼女もエストさんも、恋愛の経験値は低そうですもの」
ローゼさんの突然のからかいに、顔が熱くなる。
私が慌てて手を振った。
「それは否定しませんけど、それってローゼさんもですよね!」
ローゼさんがウフッと笑って肩をすくめた。
「ここには女子たちから、熱い声援を浴びる殿方が三人もいらっしゃるのに、この盛り上がった勢いに任せて、エストさんに愛の告白する方は一人もいませんか?」
そう振られて、私はかなり動揺した。
そりゃ期待しないかと聞かれれば、少しはするけど、でも勢い任せてっていうのは、いろんなお話を読んでも、長続きしないことも多いのよね。
恋愛経験ゼロの私が語るのも、おこがましい気はするけど。
そもそも私なんかが期待するのが間違っている気がするし、同じ勢いで言っちゃうなら、むしろローゼさんの方にでしょ、ってつっこみたくなる。
男性陣は顔を見合わせ、照れ笑いを浮かべた。
ウィル君が少し肩をすくめて、ミハイルさんが大胆に目を逸らし、レオさんが穏やかに口元を緩めた。
そこでバルマード様が、ローゼさんの純白の髪をそっと触れて、明るい笑い声を上げた。
「ハハハッ、私もレイラに初めて告白する時は、何よりも恐ろしかったものだよ! 青春は大いに結構だけど、そういうのは二人っきりの時にするものじゃないのかい?」
バルマード様の気さくな言葉に、私たちは穏やかに笑った。
やっぱりバルマード様って、みんなにとって特別な存在なんだ。
ローゼさんが「もう、お父様ったら!」と笑いながら彼の腕を軽く押した。
私はここにいるみんなのことを誇らしく思って、胸に手を当てた。
いつでも温かく見守ってくださるバルマード様、決して自分のことを誇ることはない、心優しいローゼさん。
レオさんの活躍には見惚れてしまったけど、最高の結果を見せてくれた時のあの笑顔が今なお眩しい。
ウィル君は華麗で美しい戦いを見せてくれたし、ミハイルさんだって大会の間、ずっとみんなを盛り上げてくれた。
こんな思いを口にするのは難しいけど、今なら少しはみんなに伝わるよね?
「本当にみんなの力で、素敵な大会にできましたね。私の中では、ウィル君もミハイルさんも優勝した気分です。結果としては、レオさんの邪魔をする貴族派の人たちに一泡吹かせたんじゃないかなって。うまくまとめきれませんが、とにかく嬉しいです」
「ええ、エストさんの言う通りです。私が父上の期待に応えられたのは、ここにいるみんなのおかげだとそう思っています。誰一人かけても、この結果は得られなかったでしょう」
そんなレオさんに、ウィル君やミハイルさんが続ける。
「そうですね! 僕は白姫と戦えたことに満足してますし、これでレオさんに良い風が吹くといいなって、そう思います」
「俺もウィル君同様、あの白姫と戦う機会が得られただけでも、勝ったような気分ですよ。少し欲張りになってしまいますが、あんな強者とは何度だって戦ってみたいですし、レオさんの優勝した姿が見れて、実に爽快でした」
まだ元気があり余ってるミハイルさんに、バルマード様がうなずく。
「ミハイル君が戦い足りないんだったら、私で良ければいつでも練習相手になるよ」
「本当ですか!? バルマード様に直接指導していただけるなら、白姫との再戦がより楽しみになりますし、指導そのものが光栄過ぎます」
目を輝かせるミハイルさんに、ローゼさんが優しく返す。
「すでにレオさんもウィルもお父様の指導を受けていますので、むしろ一番実力が伸びるのはミハイルさんだと思いますよ。実は私も昔、お父様に鍛えてもらったこともあるんです。アカデミーでも推奨されてることですし、こんな私ですが、多少は剣が扱えたっておかしくはないですよね」
「いやぁ、ローゼさんの所作にはまったく隙がないと思っていましたが、そういうことでしたか。絶世の美貌を持ち合わせてながら、謙虚で心優しく、孤児院での姿はまさに天使のようでしたが、さらに剣まで一流とは。全てがみなに知られてしまうと、来年の社交界の華はローゼさんで決まりのようですね。とても魅力的です!」
「あらあら、そんなに褒めてもらえるなんて。この場の勢い任せで、私を口説くおつもりですか?」
そんなローゼさんのからかいを間に受けたように、ミハイルさんが赤面して、「あはは、この場の気分に私は酔ってしまっているようです」と、照れるようにごまかす姿は、その野生味溢れる美貌とのギャップがあり過ぎて、誰もがほっこりさせられた。
そんな感じで、大会を終えた満足感に浸っていると、ローゼさんが軽く笑って手を広げた。
「エストさんと一緒なら、もっと楽しいことができそうですね」
「もちろんですよ、ローゼさん!」
そこで、バルマード様が茶化すように肩をすくめた。
「同じ目標、同じ時間を共に過ごしていくことも、人生を豊かにするんだろうね。もちろん、恋の駆け引きもね!」
ウィル君が照れながら手を振る。
「ちょっとお父様、話が変な方向に」
ミハイルさんが笑って首を振った。
「いや、あらためてそう求められると、照れるものですね」
レオさんが静かに口元を緩める。
「バルマード様には、あの『レトレアの薔薇姫』と讃えられる絶世の美女のレイラ様を口説き落としたその秘訣を、いずれご教授願いたいですね」
「あはは、あれは私の中でも唯一の負け戦続きだったからね。レオ君にそう振られるとは思いもしなかったが、君がそんな柔軟な態度を見せてくれたことには、実に嬉しくさせられるね。レオ君の心境も少し変わったようだし、これからミハイル君やウィルにローゼ、そしてエストちゃんが立派に成長していく様が見られることが、今の私には楽しみでならないよ」
そんなバルマード様の言葉に、誰もが穏やかな気持ちにさせられて、室内は笑い声で満たされていった。
私たちが望んだ勝利で幕を閉じた武闘大会。
バルマード様が見守る中、部屋に満ちた優しい笑顔が、私やみんなの胸を温かく満たした。