75 昇格
アカデミーのギルドでは、冒険の前にレベルを測る魔水晶に触れる規則になっている。
それは生徒たちに、無茶な挑戦をさせないための保険だ。
レオさん、ウィル君、ミハイルさん、そして私の順で魔水晶に触れたんだけど、なんと全員「測定不能」。
受付の子が目を丸くしてオロオロし始めた。
「え、ちょっと、待っててください!」
しばらくすると、カウンター脇のポータルからきちんとした服を着た三十代くらいの男性が現れて、魔水晶をじっくり調べた後、落ち着いた声で話しかけてきた。
「私は皇都のギルド長、テシムと申します。このケースはあのブリュンヒルドさん以来で。もしよろしければ、みなさん、ポータルで本部までご同行いただけますか?」
テシムさんが丁寧なのは、きっとレオさんやウィル君、ミハイルさんが一緒だからだよね。
まわりの生徒たちがざわざわ騒ぎ始めたから、私たちは急いでポータルに飛び込んで移動した。
皇都のギルド本部はすごい活気!
冒険者たちがゴチャゴチャと行き交ってる。
私はテシムさんに連れられて、みんなと一緒に二階のギルド長室に通された。
立派なテーブルに座ると、ちょっと緊張した。
テシムさんが奥に下がると、レオさんが静かに口を開く。
「魔水晶のことを忘れていたよ。あれは確かレベル49までしか対応してないんだ」
ミハイルさんは天井を見上げ、どこか遠くを見るような目で言った。
「この部屋に通された生徒が、あのヒルダさん以来なら、このシャンデリアも見ても感慨深いですね」
レオさんはミハイルさんにうなずき、私の方を見てニコッと笑った。
「エストさんの支援があったからこそ、ここまで強くなることができました。全員でここに来れたのも良かったですし、エストさんが一番上がりましたね」
「あ、いえいえ、みんなの頑張りのおかげです。私は前に出て戦ったわけでもないのに、どうしてこんなに上がったのか、わからなくて」
そう戸惑いながら答えると、三人は温かく微笑んでくれて、ちょっとホッとした。
その間に、テシムさんが一人の受付嬢を連れて戻ってきた。
彼女がテーブルに虹色の水晶玉を置くと、自己紹介が始まった。
「アイリスと申します。この水晶なら、みなさんのレベルが分かるはずです」
アイリスさんに促されて、まずレオさんが水晶に触れ、次にミハイルさん、ウィル君、そして私も続いた。
すると、テシムさんもアイリスさんも目を丸くして驚いた様子。
最初に口を開いたのはテシムさんだった。
「55、53、57、60!? こんな高レベルは初めてです。ブリュンヒルドさんでさえ、レベル50だったのに!」
アイリスさんが慌てて戸締りを確認しに行った。
私たちは顔を見合わせ、「どういうこと?」みたいな表情を浮かべた。
だって、ヒルダのレベルが私たちの知ってるものと全然違うんだもの。
最初にテシムさんに質問したのはミハイルさんだった。
「そんな、ヒル⋯⋯、ブリュンヒルドさんでレベル50って。では白姫ロゼリアは一体いくつなのですか?」
アイリスさんが答えた。
「白姫様もレベル50です。それがレベル限界のはずなのに、みなさんはどうやってその限界を突破したんですか!?」
その瞬間、私の中でピンときた。
スキルの【隠蔽】を使えば、アカデミーの魔水晶をごまかせたんだ。
レオさんやウィル君も同じことを思ったみたいで、口にするか迷ってる様子だった。
するとミハイルさんが「もう一度測りますね」と触れると、水晶に表示されたレベルが50に変わった。
それを見たテシムさんがクスッと笑う。
「なるほど。ミハイル公子のおかげで謎が解けました。つまり、我がギルドのSランク冒険者たちは、レベルを50に偽っているわけですね」
その言葉に、アイリスさんがハッと振り返る。
テシムさんは話を続けた。
「このままみなさん、Sランクに昇格となります」
「でも、私はDランクですよ? みんなのBランクとも全然違うのに」
「エストお嬢様をSランクに推さない理由がありませんよ」
アイリスさんが慌てて引き出しをいくつか開け、テシムさんに伝えた。
「Sランク用のギルドカードの予備が一枚しかありません!」
「カードの発行より、書類を優先してください」
そして私たちの方を向いて、こう続ける。
「もしよろしければ、このまま登録を進めますが、問題ありませんか?」
私たちは顔を見合わせてうなずいた。
すると、テシムさんの顔がその日一番の笑顔になった。
私たちがSランクに昇格したことで、アカデミーでは大騒ぎになった。
学園長室に呼ばれた私たちを待っていたのは、なんとバルマード様だった。
「Sランク昇格、おめでとう! 君たちの清々しい笑顔が見られて、私も嬉しいよ」
その言葉が心に響いて、私たちはそろって感激で胸がいっぱいになった。
バルマード様の隣にいたローゼさんがコーヒーを淹れてくれて、私たちはそれぞれ席に着く。
香ばしいコーヒーの香りが部屋を満たし、カップを手に持つと、なんだか少し落ち着いた。
学園長がバルマード様に自分の席を譲ろうとしたけど、バルマード様は「君の席に座るわけにはいかないよ」と笑って、私たちのテーブルに腰を下ろした。
バルマード様は最初に、レオさんに話しかけた。
「レオ君がSランクともなれば、君の周りで騒いでた連中も、少しは大人しくなるんじゃないかな」
「バルマード様にそう言っていただけるだけでも、頼もしい限りです!」
次に、バルマード様はミハイルさんを見た。
「ミハイル君がレオ君の友人でいてくれるのは、本当にありがたいよ」
「そのように言っていただけるだけで、光栄です!」
ミハイルさんが感動で声を震わせると、バルマード様はコーヒーを一口飲んで、話を続けた。
「グランハルト卿にも会ってきたけど、聖女アンリエットには驚かされたよ」
その二人の名前を聞いて、つい口が滑った。
「皇都にあんな素敵なところができて、本当によかったです! アンリエットさんは、あんなに輝いていますし、グランハルトさんも頑張ってるみたいで」
すると、ローゼさんが穏やかに微笑む。
「お二人とも熱心に修行されてて、私も嬉しく思います」
え、あの激しい修行を二人も!?
一瞬、私たち全員の表情が引き締まった。
そんな中、バルマード様が私に目を向けた。
「エストちゃん、まずは君の意見を聞きたいんだけど。私はヒルダにレオ君の護衛を頼もうと思ってるんだ。どうかな?」
「ヒルダが納得してるなら、だんぜん賛成です!」
信頼できる二人がレオさんのそばにいてくれたら、こんな心強いことはない。
レオさんは驚いたように答えた。
「そこまでしていただけるとは⋯⋯。ただただ、感謝しかありません」
バルマード様は学園長の方を向いて、「このことは内緒でね」と言うと、学園長は「はい、もちろんです!」と何度もうなずいた。




