07 訓練場
特別な許可なしでは入れない訓練場に、ローゼさんに連れられて行くと、そこには若者に剣の稽古をつけるバルマード様の姿があった。
この宮殿のような屋敷の中でも、青白い光が差し込むこの部屋は、まるで別世界だ。
「レオ君、そこまで」
私たちに気付いたバルマード様は、稽古の中断を告げた。
青い髪の長身の彼は、緊張が解けたのか床にへたり込んでいる。
「久しぶりじゃないか、エストちゃん。そのドレスをまだ大事に着てくれているなんて、何だか心が温かくなるね」
その言葉に照れくささと嬉しさが入り混じる。
黒灰色の髪を持つバルマード様は、歳を感じさせない若々しさと完璧な容姿。
かつて世界を魔王から救った英雄であり、多くの尊敬を集める彼の存在感に、胸が高鳴るのは当然だった。
勉強の合間に読んだ、彼の英雄譚。
特に私が憧れたのは、単騎で敵に斬り込んで行き、幼い女の子を救うシーンだ。
「バルマード様、ご無沙汰してます。お会いできて嬉しいです。運動後の飲み物を用意してきましたので、先にあちらの方に差し上げてもいいですか?」
「エストちゃんは気が利くね。でも、そんなに畏まった言い方しなくても、前みたいにパンチの効いた感じで、話しかけてくれていいんだよ」
そういえばアホ姫時代の私は、大恩人のバルマード様に対して、あきれるほど無茶なタメ口をきいていたわね。
とても良い方だからこそ、たくさんお世話になってきたし、ちゃんと敬いたい。
私は彼の元へ歩み寄り、用意してきた経口補水液をコップに注いで渡す。
彼が一口飲むと、すぐにおかわりを求めてきた。
その美しい顔立ちに、思わずこの世界ってイケメンしかいないの!? って感心してしまった。
「不思議な味ですが美味しいです。みるみるうちに疲れが取れて、とても助かります」
「そう言ってもらえると何よりです」
「名乗り遅れましたが、私は『レオ』といいます。本当にありがとうございます」
運動部のマネージャーだった頃の事をそのままにしただけなのに、美形のレオさんに礼をされて、少し照れた。
「もしよろしければ、お名前を伺っても?」
「あ、はい。私、エストっていいます。スレク男爵家から来ました」
「ありがとうございます、スレク男爵令嬢」
「その呼ばれ方は慣れていないので、エストでお願いします」
「では、エストお嬢様」
レオさんが柔らかく微笑んでそう呼んでくれた。
お、お嬢様呼びは何だか恥ずかしいし、なんか意識しそうだから。
「その、エストで。お嬢様なんて恐縮してしまいます」
「では、エストさんでよろしいでしょうか」
「はい、レオさん」
この人もとっても尊くてまぶしい。
バルマード様に個人レッスン受けてるくらいだから、相当身分が高い方なのね。
「さて、今日はエストちゃんが来てくれたんだ。稽古はここまでにして、また明日で良いかな、レオ君」
「はい! ありがとうございました、バルマード様。また明日、伺わせていただきます」
レオさんは帝国の礼法に則った挨拶で、バルマード様に一礼する。
その姿がとても様になっていて、イベントのワンシーンのようだった。
レオさんが公爵家を出るようなので、急いで書いた補水液の作り方のメモを手渡した。
「もし気に入ってもらえてたら、簡単に出来ますので使ってください」
「秘伝のレシピをわざわざ丁寧にありがとうございます。ぜひ作ってみますね!」
--この何気ないやりとりが、後であんなことになるなんて、今の私には想像もつかなかった。