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68 温かな出迎え

 朝食を終えた後、公爵家の廊下を歩いていると、桜色の大理石の間でどこか見覚えのある美少女の姿が目に入った。


 ん? この感じ⋯⋯。

 頭を巡らせて、はっと気づく。


 夢の中で見たローゼさんのお母様だ!


「えっと、もしかして一度、夢の中でお会いしたローゼさんのお母様ですか!?」


 レイラ夫人は目を丸くしてこっちを見る。


「え、エストさんには私が見えるんですか!? ここ、夢の中じゃないですよ」


 驚いた様子のレイラ夫人にちょっと戸惑いながらも、彼女が円卓に座るよう促してくるから、ひとまず腰を下ろす。

 急にこんな展開になるなんて。


「ばっちり見えてますけど、ここにどうしてレイラ夫人がいるのか、正直困惑してます。オバケとかじゃないですよね?」


 そう尋ねると、レイラ夫人は落ち着いた声でこれまでのことを話し始めた。


 なんと彼女は亡くなったわけじゃなくて、今も元気だという!


「えーっ! それじゃこんなにお元気なのに、バルマード様たちと夢の中でしか会ってないんですか」


 驚きのあまり声が少し大きくなってしまった。

 レイラ夫人はくすっと笑いながら答える。


「だってほら、私だってこんなに若くなっちゃうなんて思いもしなかったですから。こんな姿でバルマードのそばにいたら、「私に似た若い子を連れ込んでる」って、悪い噂が立ったら困りますもの」

「それでも、せっかくお元気なのに、実際に会わないなんてもったいない気がします」


 別に若返りは良いことだと思う。

 だって、アンリエットさんだって超絶若返ったんだし。


 そんなことを考えてたら、ふわっとコーヒーのいい香りが漂ってきた。

 って、ローゼさん、いつの間に隣にいたの!?


「エストさん、お母様、まずはコーヒーでもどうぞ」


 ローゼさんのあまりに自然な登場に少し面食らいつつ、レイラ夫人は何の違和感もなくコーヒーを口にする。

 私も、美味しそうな香りに釣られて一口。


「エストさんは、アンリエットさんの件をお母様に伝えて、そう気にすることでもないとおっしゃりたいのですね」


 私の思ってたことを、ローゼさんが的確に代弁してくれる。

 すると、レイラ夫人の瞳が輝いた。


「まあ! 私のようになった方がいらしたのね」


 ここは当人のアンリエットさんに会ってもらうのが早い気もしたけど、それを口に出す前に、ローゼさんが私とレイラ夫人の手をそっと握った。


「エストさん、お母様のために少し力を貸してもらえませんか?」

「あ、はい。私でできることならなんでも言ってください」


 ローゼさんに話を聞くと、レイラ夫人は女神ジラ様に救われて、こんなに若返ってしまったらしい。


「そこまではいいのですが、今のお母様はその女神様に繋がっていて、完全に自由というわけではないんです」

「まあ、そうだったのローゼ?」

「⋯⋯お母様は相変わらずですね。エストさん、レオさんやアンリエットさんに使った力を覚えいますね? あの時の力をお借りしたいんです」

「えっ、神聖魔法でなんとかなるんですか?」

「ちょっと違いますが、調整は私に任せてくださいね」


 ローゼさんから、穏やかな川の流れのように魔力が伝わってくると、レイラ夫人の身体から、空に向かって繋がる糸みたいな金色の光が見えた。


「その金色の光を消すイメージをしてください」

「あ、はい!」


 そう意識した瞬間、レイラ夫人が白い光に包まれてまぶしく輝く!


 光はすぐに収まると、レイラ夫人が目を丸くして、私たちを見つめた。


「目の前がピカーッってなったと思ったら、なんだかとても身体が軽くなったわ」

「これでお母様は完全に自由です。エストさん、ありがとうございます」

「そんなの気にしないでください。ところでさっきのは何だったんですか?」

「お母様が女神様に救われた時、安易に戦乙女を引き受けたのを取り消したんです。特に女神様が望んだものでもなかったので、思い通りに行きました」

「ハッ!? そういえば、あの時はうっかり若返ったことに調子に乗って、そんな返事をしてたわね。私のおっちょこちょいを、エストさんが何とかしてくれたのね! ありがとう、エストさん」

「いえいえ、うまく行ったなら良かったです」


 レイラ夫人はローゼさんと違って、少しノリが軽い気がする。


「ここは一旦、お父様やウィルを呼んで、素直に話してみてはどうですか?」

「元から私のことを知っていたローゼはともかく、バルマードやウィルはびっくりしないかしら」


 戸惑うレイラ夫人だけど、家族の再会って素敵なことだと思う。


「私がわかったくらいですから、きっと二人ともレイラ夫人のことを受け入れてくれますよ」


 その言葉に、レイラ夫人は私の手をぎゅっと握った。


「まあ、エストさんは私を勇気付けてくれるのね! 嬉しいわ。それと私のことは「夫人」って呼ばなくても良いのよ」

「それでは、レイラさんでいいのですか?」


 レイラ夫人はうなずいて、目を細めた。




 その後、私がバルマード様とウィル君を呼びに行くことになった。

 ローゼさんは、レイラさんと口裏を合わせるんだって。

 公爵家には、ずっと入り浸ってるから、二人の居場所はすぐにわかった。


 私がバルマード様とウィル君の手を引いて、レイラさんの待つ部屋へ連れて行こうとすると、バルマード様が不思議そうに尋ねてくる。


「一体、何があったんだい? エストちゃん。こうやって手を繋いでいくのも悪くはないんだけどね」

「きっと二人とも喜ぶと思うので、楽しみにしててくださいっ」


 そして私が戻ってくるタイミングに合わせたように、あれだけいた使用人さんたちの姿がなくなっていた。

 私たちは、桜色の大理石の間のドアの前に立つ。


 ドアがゆっくりと開かれると、そこには肖像画に描かれたドレスと同じものを着たレイラさんが立っていて、穏やかな笑みを浮かべた。


「待っていましたよ。さあ、みんな中に入ってくださいね」


 バルマード様とウィル君の顔が、驚きから晴れやかな表情に変わる。

 この部屋に主のレイラさんが戻ってきたことで、それまでも美しかった部屋がさらに華やいでみえた。


 私はご家族と一緒に、素敵な花やお菓子で飾られた円卓に腰をおろす。


 これまでも十分温かかったテーブルに、レイラさんという華が咲いて、一緒にいてより心地よく感じた。


 そして、レイラさんからこれまでの話が語られると、バルマード様もウィル君もうなずいて、家族の再会を喜びあった。


「ハハハッ、これまでレイラとはずっと夢の中で会っていたから、久しぶりという感じはしないね。でも、本当に帰ってきてくれてありがとう」


 バルマード様の言葉に、ウィル君も続けた。


「お帰りなさい、お母様」

「ただいま。バルマード、ウィル、ローゼ。そして、ありがとう、エストさん」


 一緒に名前が呼ばれた時、私は感激して瞳が少しうるっとなる。

 だけど、ここは喜びの場面だって、満面の笑みでこたえた。


 このあと、レイラさんがマクスミルザー公爵家に戻った話は、女神ジラ様が起こした奇跡として、美談となって広がっていく。

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