06 初めてのお茶会
ローゼ公女が立ち上がり、軽く一礼するのを見て、私は慌てないように、彼女の仕草を真似てお辞儀を返す。
ドレスの裾を踏まないように、気を付けながら席に着くと、ティーセットが運ばれてきて、色とりどりのケーキやマカロンに目を奪われた。
ローゼ公女と目が合うと、彼女は天使のように微笑む。
「どうかなされました?」
「あ、えっと、果てしなく綺麗な人だなぁって、見惚れてしまいました」
「あら、お世辞でもそう言われると嬉しいです。紅茶を気に入ってくれると良いのですが」
ローゼ公女が淹れた紅茶の香りに包まれながら、私はカップから立ち上る湯気と芳醇な香りに心を奪われた。
その紅茶を一口飲むと、上品な甘さが口いっぱいに広がり、自然とお菓子に手が伸びる。
外はカリカリと香ばしく、中はしっとりと甘美なカヌレは、口の中であっという間に溶けてしまった。
「そんなに美味しそうな顔を見せてくれると、私としてもはりきって準備した甲斐がありますね」
「今までたくさんの無礼をしておきながら、こうやってお茶会に誘っていただけたのは、その、とても嬉しいです」
「そんなことは気にしないで、存分に楽しんでくださいね。趣味で作った菓子を、そんなに美味しそうに食べてもらえると、こちらまで幸せになって来るんですよ。紅茶も気に入ってくれたみたいで嬉しいです」
このテーブルに並んでいる全てのお菓子が、ローゼ公女の手作りなの!?
話をしているうちに、紅茶も茶葉から彼女が選んで準備したものだったとわかる。
彼女の女子力に感心しながら、ケーキスタンドを空にする勢いで、私は極上のスイーツを楽しんだ。
美味しすぎて止まらない。
あれだけ食べたのに、満腹感がないのはなぜだろう。
感覚がおかしくなってるみたい。
ローゼ公女が執事に視線を送ると、次のケーキスタンドが運ばれてきた。
紅茶も何度もおかわりしたけど、彼女は茶葉の種類を変えてくれて、いろんな味を楽しませてくれる。
紅茶も色々な種類があるのに、どれも飲みやすくてお菓子に合ってる。
良い香りが口に残るし、今まで飲んできた紅茶が、紅茶っぽいものに感じ始めている。
舌が肥えすぎて、家に帰ったらお菓子やお茶が美味しくなく感じるのは、ちょっと怖いかも。
そういえば、彼女をなんて呼べばいいんだろう。
「どうかされましたか、エストさん」
「あの、どうお呼びすればいいんでしょうか? 私とは身分がかなり違いますし。ローゼ公女さまか、マクスミルザー公爵令嬢って呼べば大丈夫ですか?」
「あら、そんな事は気になさらないで下さい。これまでのように呼んでいただければ」
これまでって?
もしやアホ姫は「ローゼ」って呼び捨てしてたんじゃないでしょうね。
思い出すのはやめよう。
私は新しい人生をやり直すんだもの、って勝手に記憶が甦るぅ!
⋯⋯ゲホゲホ。
やっぱりアホ姫ったら、ご家族全員を呼び捨ててるし。
でも酷い記憶の中にも、新しい発見はあった。
ローゼ公女とウィル公子って、私と幼馴染だったのね。
「えっと、ではローゼさんで良いですか」
「まあ、何だかお友達のように感じられていいですね。私、恥ずかしながら友達と呼べる方が一人もいませんから。良かったらお友達になってください」
「私で良かったら、ぜひっ」
ローゼさんって、すごく良い人だ!
過去のエストがアホすぎて、さんざん迷惑かけてたんだ。
私だって友達は欲しいし、こんな素敵すぎる人となら、絶対仲良くなりたい!
そこからは想像していた以上に会話が弾んで、心から楽しいティータイムを過ごした。
「同じ年頃の方と楽しく過ごせるなんて、私にとっては貴重な事なんです。他のご令嬢方は、どうやら私とはあまり話したくないみたいで、こんなにお話ししたこと自体、初めての経験で、少し興奮しているかもしれません」
ローゼさんの綺麗な顔が、僅かに赤く色付いている。
もしも立場が逆で、私があのバルマード様の娘だとしたら、きっとチヤホヤされても、気軽に誰かと話す機会はなかったかもしれない。
貴族社会を知らなすぎるのが、かえって良かったのかも。
知らないことが新鮮で、楽しい。
私の知ってる乙女ゲームとは、やっぱり全然違う。
こんな素敵な人が悪役令嬢だなんて、絶対ありえない。
「これからも、良いお話相手になって下さいね」
「私こそ、ローゼさんとはこれからも仲良くしていきたいです」
ローゼさんが屈託のない笑みを浮かべる。
その瞬間、まるでそこにお花畑が現れたように、まぶしい笑顔だ。
「あの、エストさん。もしよろしかったらでいいのですが、父が剣術の稽古をしていますので、一緒に行ってみませんか?」
「あ、バルマード様にごあいさつが出来るんですか? ぜひ行きたいです。良かったら、伺う前にキッチンを借りてもいいですか?」
ローゼさんが頷くと、まるで魔法にかけられたように、美しく磨かれたキッチンへと案内してくれた。
私は水筒を二つ借りると、塩3グラム、砂糖40グラムを1リットルの水に溶かし、レモンの果汁を搾ってフタを閉じ、よく振った。
ああ、夏の暑さに打ち勝つこの甘酸っぱい味わい、運動の後の至福の時だ。
「何を作っていたんですか?」
「あ、これは私が激しい運動をした時や、夏場に飲むジュースです。疲れがすっと抜ける感覚は、何だかクセになります。汗をかいたときに飲むと、もう言葉にならないくらい美味しいんです」
私がそう説明すると、ローゼさんが柔らかな笑顔でこっちを見てきた。
「まあ、そんな素晴らしい物を一瞬で作ってしまうなんて。エストさんって何だか不思議で、感心してしまいます」
「そんなに褒められるほどじゃないですよ。ローゼさんにも教えますから、ぜひ作ってみてください!」
私は照れながらそう返すと、ローゼさんが「はい」って頷いてくれる。
その笑顔を見て、私も何だか嬉しくさせられる。