57 ローゼとレオクス
その時、ローゼがグランハルトの耳元で囁いた。
「これがエストさんを守り続けていた、理由の一つだったのですね」
底知れぬ実力を秘めた彼女に、グランハルトは小さく呟き返す。
「⋯⋯もしや、白姫!?」
彼女が小さくうなずいて、彼の疑問を肯定した。
「俺はただ、あの子の両親に受けた恩に報いたかっただけだ。アンリエットの件は心から感謝するが、たとえ一人でも彼女の呪いを解く方法は探し出すつもりだった」
「その義理堅さは美徳ですね。これからは、愛しい彼女も守ってあげてくださいね」
「っ!?」
グランハルトが赤面する中、ローゼはエストに明るく声をかけた。
「なにより私たちが、レオさんの無事を喜ばなければいけませんね!」
エストはアンリエットの変化に疑問を抱きつつも、上機嫌なローゼの姿に素直にうなずいた。
レオクスはエストの天使のような姿に頬を染め、元気を取り戻した声で言った。
「もう大丈夫です! 何事もなかったように、動きまわれます」
「でも、まだ病み上がりなので、身体を大事にしてくださいね」
その姿にエストが笑顔を返すと、レオクスの心も満たされていく。
彼はグランハルトやアンリエットに厚く礼を述べ、二人を見つめた。
「私には込み入った事情はわかりませんが、エストさんはあちらのお二人とも、何か話があるのではありませんか?」
「あ、はい! まったく意味がわかってないので、特に師匠にはくわしく話を聞きたいです」
「お、俺になにを聞きたいんだ!?」
エストはレオクスに背中を押され、二人と共に部屋を移った。
この場に残ったローゼに、レオクスは告げた。
「賊に襲撃された際に、私はローゼさんを見ました。服装こそ違いましたが、私があなたを見間違えることはないとおもっています」
ローゼは美しい雪色の髪を揺らしながら、レオクスに応えた。
「私をですか? まあ、そんな時にまで、私のことを思っていただけるなんて光栄ですね」
しれっとしらを切るローゼに、レオクスは語った。
「私は子供の頃から、バルマード様に剣を見ていただき、その間、あなたの姿も見続けています」
当のレオクスはまだ意識できていないが、彼にとってローゼは魅力的だった。
ハッキリとした物言いに知的な言葉。
公爵令嬢でありながら、一度として偉ぶることもなく、すぐに人の長所を見抜いて嬉しい言葉をかけ、やる気にさせてくれる。
時折見せる彼女の鋭い指摘には、常に感心させられていた。
「確かに、長い付き合いになりますね」
「一瞬、垣間見えたその顔は、他の誰とも比較できないほど美しいものでした。私はそんな女性をローゼさん以外には知りません。さらにそれを確信させたのが、あの時の所作です。バルマード様に教えていただいた、あの隙のない動きそのものでした」
その時、何かの魔法の発動をレオクスは感じた。
それはローゼの防音魔法だった。
部屋が静寂に包まれ、まるで世界から切り離されたような感覚が広がる。
「ヒミツの話をする時の、おまじないとでも思ってくださいね」
「周囲の音が消えた!? これも私の知らないローゼさんの力ですか? 微かに魔力を感じます。そう、まるで空間を分離して、外側に音が響かないようにする結界のようです」
ローゼの魔法を言い当てるレオクス。
レオクスの物事を見抜く才能を素直に認め、ローゼは真実を語り始めた。
「確かにあれは私です」
「正直、そうであって欲しいという願いも込めていました。⋯⋯窮地を救っていただき、ありがとうございます」
「まあ、私とレオさんの仲ではありませんか。もっと砕けた感じで話してくださいね」
「あのまま気を失ってしまったのですが、どうも私は自分を救ってくれた時のローゼさんの姿が、あまりに印象的で。もしや、あの秘密のベールに包まれた白姫だったのでは、と期待しています」
静かにローゼの周囲に白い花びらが舞い始めると、彼女が純白の衣装を纏う。
常に深々と被っている、フードをおろしたローゼ。
白き麗人に姿を変えたローゼからは、レオクスがこれまで感じたことのないような、優雅で強大な覇気が漂ってきた。
「レオさんのご期待に添えたなら嬉しいですが、このことはぜひともヒミツでお願いしますね。とはいえ、前に一度アカデミーでやらかしてしまっていて、数名の生徒には知られてしまっていますけど、ね」
「ええ、期待以上の驚きに、心をもっていかれそうになりましたよ」
「まあ、そんなお世辞を言われては、少し照れてしまいますね」
白い花びらを散らすように、元のドレス姿へと戻ったローゼは、その絶世の美貌に笑みを浮かべた。
「あなたは『レトレアの薔薇姫』と謳われるほどの美貌を持ちながら、謙虚で奥ゆかしい方です。ローゼさんが、アカデミーに集う各名家の貴公子たちに対して、あえて無関心であるかのように振る舞っているように見えるのは、もしや我が皇家を気遣ってのことではありませんか?」
ーー『レトレアの薔薇姫』とは、この帝国で最も美しい美姫に贈られる言葉だ。
この数十年でそう呼ばれたのは、今は亡き彼女の母、レイラ夫人ただ一人。
「それは単に私が意気地がないからですよ。だって、どなたかと噂でも立ったら、私はきっと貴族令嬢たちに目の敵にされ、悪女だのなんだのと言いがかりをつけられるのが、おそろしいですもの。それに、そういうことは来年の社交界デビューを果たした後の方が、なにかと上手く行きそうな気がします」




