05 公爵家へ
私は馬車に揺られながら、ローゼ公女に招かれたお茶会へと向かっている。
窓から見える皇都レトレアの街並みは、まるで絵画のような美しさ。
私の暮らす男爵家は、マクスミルザー公爵家に向かう道すがら、アカデミーがあるっていう好立地。
本来ならこんな一等地は、もっと身分の高い貴族が使うものらしい。
だけど屋敷そのものが、バルマード様からの贈り物だっていうから、凄すぎ。
バルマード様がアカデミーの理事長になってからは、市民にも門を開いて、積極的に受け入れているって、人柄がにじみ出るいい話だ。
そのおかげで、平民の大富豪や有力者たちが集まり、建設ブームが起こって、皇都は中心部から郊外まで発展したらしい。
そういえば、乙女ゲーム『レトレアの乙女』のヒロインも平民出身だったわね。
私もその世界に足を踏み入れると思うと、わくわくする反面、不安も込み上げてくる。
だって、アホ姫の事が頭を過ぎるんだもの。
大通りの先に、まるでお城のような立派な建物がそびえている。
それがアカデミーだって、ヒルダが教えてくれた。
ヒルダはそのアカデミーを、どこか懐かしそうに眺める。
「ここで十ニ歳から五年間学んだ日々が、まるで昨日のことのようです」
私は日本での生活を思い出すように、ヒルダの話に耳を傾けた。
学園生活という響きは聞いてて心地いい。
馬車がアカデミーを過ぎて行くと、少し行ったところで、首が痛くなるほど高い壁が、果てしなく続く広い通りに出た。
そこにはたくさんの露店が並び、まるで繁華街みたいに賑わっている。
ヒルダが「もうマクスミルザー公爵家の敷地に入っていますよ」と教えてくれた時、その広さに驚かされた。
「公爵様は、誰もが少しでも豊かに暮らせるように、ここ以外にも多くの場所を無償で開放し、孤児院など幅広く支援なさっています。彼らの笑顔を見ていると、孤児だった私も豊かな気持ちにさせられます」
ヒルダは言いにくい過去も隠さず、優しく微笑む。
きっと辛いこともあったはずなのに、それを微塵も感じさせない。
「私もヒルダみたいな立派な淑女になれるように、頑張るから!」
「うふふ。ダメですよお嬢様、私みたいに行き遅れては」
「もう、そんなことないって。ヒルダは高嶺の花だから、男性の方が言い出す勇気を持てないだけなんだよ」
「今日の主役はお嬢様なんですから、ご自分の幸せを第一に考えてくださいね」
ヒルダの向こうに見える壁が、私の感動を邪魔するように、アホ姫の記憶を呼び起こす。
アホ姫時代の私は、この高い壁をすらすらと乗り越え、屋敷へ向かって空を飛んだ。
このエセ忍者が!
懲りずに何度も忍び込んだけど、夜の闇に紛れてよくわからなかった。
今、陽の下で見ると、これはもう屋敷ってレベルじゃない。
圧倒的な存在感に、私は唖然とした。
豪華な正門を抜けると、そこには広大な庭園が広がり、季節の花々が咲き誇っていた。
温室や騎士団の訓練場があり、奥には宮殿のような屋敷が建っている。
馬車が公爵邸の玄関に着くと、ヒルダが先に降りて騎士たちと挨拶を交わし、私が降りるのを待っていた。
気のせいか、男女問わずヒルダの方を見つめる人が多い気がするけど、あれだけの美人、しょうがないよね。
バルマード様から頂いた青いドレスを身にまとった私は、不慣れな格好に注意して降りると、騎士たちが敬礼して道を開けてくれて、執事とメイドが私を迎えるため、整列していた。
「お嬢様よりお話は伺っております。ようこそいらっしゃいました、エストお嬢様」
その豪華な出迎えに、私がどうしたらいいのかわからずにいると、若い執事が屋敷へと案内してくれた。
美しい部屋を通り、ローゼ公女の待つティールームに到着した。