48 本番に向けて
「あなたが演じる姿を、見てみたいという本音もありますが」
うっ、そう言われるとやってみてもいい気がしてくる。
レオさんの意見に、ウィル君がニコッと笑う。
「エストさんなら大丈夫ですよ。僕もあなたと一緒に演じてみたいです」
これは絶対、レオさんやウィル君との良い思い出になるよね。
それに、困った時はお互い様だし。
そこでミハイルさんまで、勢いよく宣言する。
「俺も参加させてもらいますよ!」
それから、セシリアさんもソフィアさんも演劇部の危機に協力を申し出た。
オリビアさんが落ち着いた声で感謝した。
「ありがとうございます。これで演劇部が救われます」
その目に情熱を宿しながら、こっちを見てくるから、ちょっと緊張した。
レオさんが詳しく話を聞くと、劇はバルマード様を主人公にした話を、オリビアさんが好き勝手に脚色して、原型がほぼ残ってないらしい。
バルマード様本人も知らない、ほぼ完全な作り物だって聞いて、私は思わず苦笑いした。
私が台本を見ると、呪いで寝たきりになった貴族のお姫さまがいて、バルマード様のキスで目を覚ますって、かなりベタな展開だ。
ちょっと強引かもと思ったけど、オリビアさんの熱意は伝わってくる。
「新入部員を惹きつけるには、派手さが大事なんです!」
舞台の世界に入っちゃってる彼女のしたたかさが、なんだかすごいなって思う。
台本を読み終えたところで、オリビアさんに尋ねられた。
「エストさん、配役はどうしますか?」
えっ、私!? 演技なんてしたことないよ!
⋯⋯って言いたいけど、みんながこっちを見てくるから逃げられない。
急には思い付かないから、苦し紛れにこう言った。
「バルマード様役が観客席に背を向けて、キスしたふりすればいいんじゃないでしょうか」
「「それだ!」」
私の思いつきに、みんなが声を揃える。
やり過ごせてちょっと安心したけど、ウィル君が満面の笑みでこちらを見つめてる。
そりゃ、いくら綺麗だからって、キスは嫌だよね。
演劇部の舞台はかなり立派で、天井の梁が堂々としてて、深紅のカーテンがとても豪華だ。
部員も劇には足りてないみたいで、道具を運んだり照明を調整したりしてて、参加してる空気が感じられる。
監督として一切劇に出ないオリビアさんが、胸に手を当て、まるで自分が主役かのように誇らしげに放った。
「本番は皇都の大劇場ですッ!」
オリビアさん、そんな大事なこと、一言も言ってなかったよね!?
完全に謀られた気分なんだけど!
⋯⋯私の役はバルマード様を導く戦乙女。
セリフも多い、物語の鍵を握る超重要なポジション。
いやいや、聞いてたら絶対断ってたからね!
レオさんがバルマード様役、ミハイルさんが魔将軍役。
セシリアさんは村娘役で、ソフィアさんは森の精霊役に。
そして、どこで話を聞きつけたのか、ローゼさんがいつの間にかそこに立っていて、穏やかな微笑みを浮かべながら、一番難しい悪い魔女役を引き受けてくれた。
「エストさんの初めての演劇ですもの、ぜひとも手伝わせてくださいね」
練習が始まると、レオさんとオリビアさんが息ぴったりのコンビで、全体を引っ張る形に。
レオさんは劇のプロって感じで、的確に指示を飛ばした。
「動きを大きくして!」 そして、「感情を声に乗せて!」 と。
オリビアさんは落ち着いた口調で、でもどこか熱っぽく語る。
「舞台は観客を引き込むものなんです」
二人のリードで場がまとまっていく中、ウィル君がドレスの裾を手に持って登場する。
その可憐な姿が、正直眼福すぎて言葉が出ない。
「こんな感じで良いですか?」
レオさんが優しい笑顔で返す。
「いいね、ウィル君!」
オリビアさんは目をキラキラさせて絶賛だ。
「最高です、ウィル様!」
セシリアさんは完全にうっとりモード。
「ほんと素敵なお姫様ですわ!」
ソフィアさんも瞳を輝かせて、うなずく。
「はい、可憐すぎます!」
ウィル君のドレス姿に、みんなが本気でときめいてるのが伝わってくる。
私だって、その予想を軽く超える完璧さにドキッとしてる。
白いドレスが彼の柔らかな雰囲気にぴったりで、まるで本物のお姫様がそこにいるみたい。
ローゼさんは、私に個人レッスンを申し出てくれた。
公爵家の庭で、何度セリフを噛んでしまっても、彼女は根気強く付き合ってくれる。
教え方も丁寧で優しくて、さすがだなって思う。
「エストさん、多少わざとらしくても胸を張って堂々としましょうね。戦乙女は気高さが命ですから。そう、今のはとても良かったですよ」
ローゼさんに褒められると、なぜかそれだけで嬉しくて、自然と身体が演技を覚えていくのが分かる。
そんな褒め上手な彼女が、レイラ夫人の肖像画の前でふと立ち止まり、ポツリと呟いた。
「⋯⋯ウィルのあの姿を見て、お父様が勘違いなさらなければ良いのですが」
その言葉に肖像画のレイラ夫人を若くしたような、ウィル君のドレス姿が頭に浮かんだ。
ローゼさんは小さく微笑みながら、こう付け加える。
「ウィルが目立ちすぎるのは困りますし、私は魔女役を熱演しますから、エストさんも頑張ってくださいね」
「そうですね。もちろん、頑張ります!」
弟想いで優しいところは、やっぱりローゼさんらしいなって思う。
その日の夜、公爵家のサロンでウィル君と劇について語り合った。
ローゼさんが淹れてくれたコーヒーの深い香りが部屋にふわっと広がり、彼女は穏やかな眼差しで私たちを見守ってくれる。
ウィル君にはハチミツ入りの甘いコーヒー、私にはブラックを渡してくれて、ローゼさんのさりげなさも素敵。
ウィル君はまだ苦いのが苦手みたいで、彼の方からほのかにハチミツの甘い香りが漂ってくる。
ソファにゆったり座ったウィル君が、いつもの柔らかな笑顔で語り始めた。




