42 カフェの目的
「本格的にお菓子作りを始めたのは、アランやミレットのような子供たちに食べて欲しかったからなんです。あれからエストさんと一緒に行くようになって、子供たちもより元気に溢れて、その道のりまで楽しく感じられます」
あやうく子供たちの分のお菓子まで食べちゃうところだった。
良かったー!
「私もこれまでみたいに通いたいです。笑顔に嬉しくさせられちゃうし、子供たちやアンリエットさんにも会いたいですから」
私の言葉に、ローゼさんが優しく微笑んでくれた。
その笑顔があまりにも温かくて、心がほっこりする。
「エストさんになら、話しておいても良いかもしれませんね」
ローゼさんがコーヒーを味わいながら、私にそう言ってくれた。
「この琥珀色の飲み物からは、お父様の愛情を感じずにはいられません」
バルマード様が、コーヒーに深い思い入れを持ってるのは私も知ってたけど。
ローゼさんはもっと深いところまで教えてくれたんだ。
今も規模を拡大してる農園の目的。
それは生活に困った人たちに、食事だけじゃなくて、仕事を紹介するためなんだ。
働いた報酬で暮らしていくのって、充実感が違うって聞いて、私も納得。
確かに頑張って働いたバイト代で、自分にご褒美って至福の瞬間だったもの。
孤児院の子供たちも、いつまでもあそこにいられるわけじゃないのを、バルマード様はちゃんと見据えてるんだ。
ローゼさんが優しい表情でこう続けた。
「これからの世代に選択肢を増やす手段の一つが、お父様には農園だったんです。将来、この国で盛んにコーヒーが好まれるようになれば、そういう新たな職業も生まれます。エストさんのやっているカフェもその一つですね」
「そんな深いお考えがあったんですね」
多分、ローゼさんしか知らないバルマード様の思いに触れて、私は心を揺さぶられた。
「お父様は確実に利益の出る紅茶栽培を避け、これからの可能性にかけてコーヒーを選ばれました。当面は領地経営の利益をそこに注ぐことになるでしょうけど、きっと深いお考えがあってのことだと思います」
ローゼさんの話で分かったんだけど、競争の激しい紅茶栽培をマクスミルザー公爵家が広げると、他の貴族を苦しめるだけでなく、そこで働く人たちの仕事まで奪ってしまうかもしれないんだ。
「エストさんの情熱が、お父様の背中を押してくれたみたいで、私、嬉しいんですよ」
「そ、そんな。私はただ、バルマード様と話が合って、つい夢中になってるだけです」
ローゼさんが私の横に座り直して、そっと肩を寄せてくる。
甘い桃の香りがほのかに漂ってきて、最初の頃ならドキッとしてたかもしれない。
今はそれ以上にローゼさんとの友情が深まってる気がして、心地良いんだよね。
「ウィルから聞きましたよ、エストさんがドラゴン相手に大活躍をなさったって。それからも攻略を続けているそうで、何よりです」
「いえいえ。私は支えてもらってばっかりで」
「そういう控えめなところを含めて、エストさんの美点なのでしょうね。主張の激しいご令嬢たちの中で、その振る舞いは男性方にはさぞ新鮮に映るでしょう」
楽しそうな笑みを浮かべるローゼさん。
「レベル上げはいいですね。パーティー、友情、苦難から生まれる絆。さらに逆ハーレム状態なら言うことなしです」
「なっ! ちょ、ローゼさん!?」
「それでエストさんの意中の殿方はどなたです? ウィルならば、将来、私はエストさんのおねーさんになれますので、それはそれでとても魅力的です。もちろんレオさんも素敵ですし、ミハイルさんも捨てがたいでしょう」
うおっ、強引に恋バナにされてしまった。
そんなことないって言えば嘘になるけど⋯⋯。
「エストさん」
「あ、はい」
「でも、お父様はダメですよっ。いくら若々しくて、海のように広い心の持ち主で、趣味も合うといっても、私は親友のエストさんをお義母様と呼ぶのは、ちょっと複雑な気持ちになりそうです」
そう言いながら「めっ」ってやるその仕草すら、可愛く見えて仕方がない。
「もうローゼさんったら、そんな冗談を」
ローゼさんが私の反応を見て、クスクスと笑ってくれた。
いくら冗談でも、バルマード様のことを語る時のローゼさんって、乙女の顔になって、恥じらいで頬がほのかに桜色に染まるから、びっくりするほど綺麗なのよね。
私は毎回、この笑顔に見とれてしまう。
この微笑みを見せられたら、誰もがローゼさんに恋をしてしまうだろうなって思うと、本当のヒロインはローゼさんじゃないかなって、いつも思うんだけどね。
そんなこんなで、私が休日に顔を出してる『レトレアンカフェ』は、皇都中で評判が広がって、連日お客さんでいっぱい。
新しさがみんなの心をつかんでるみたいで、もっとコーヒーが広がっていけば、たくさんの人が笑顔になれるかなって、ひそかに期待してるんだ。
このお店がそんなきっかけになったら嬉しい。
「天下の英雄が愛するコーヒー」って、お客さんの話題になってる。
さすがバルマード様だ。
でも、初めて出したアイスクリームがすごい評判で、あっという間に売り切れちゃったんだよね!
急遽用意したかき氷も好評で、ケーキケースの横にアイスクリームケースが一台置かれていたんだけど、すぐにもう一台追加してもらったんだ。
アイスコーヒーも大人気で、この日はお客さんが店の前に溢れちゃって、一番仕事に慣れてるマリスが、少し慌てた声で聞いてきた。
「エストお嬢様、外までお客さんが並んでしまいまして。ど、どうしましょう?」