04 新たな一歩
両親と昼食を終えたばかりのとき、マリーが少し慌てた様子で屋敷に戻ってきた。
「お、お嬢様にお手紙が参りました」
マリーは手紙を手に立ち尽くし、誰に渡すべきか迷っているようだった。
本来、手紙はヒルダを通じてお義父さまに渡される。
彼女は買い物に出るために裏口から出て行ったところだった。
心の中でマリーを応援していると、お義父さまが優しく声をかけてくれた。
「ほう、うちの娘に。マリー、手紙をエストに渡してあげなさい」
マリーから手渡された手紙の差出人が、なんとあの悪役令嬢、ローゼ公女だったことに驚いた。
それに、手紙というにはあまりに豪華! こんな立派なもの、見たことない。
薔薇色の封筒には金箔で美しい花が描かれ、差出人のローゼ公女のサインと私の名前だけが書かれている。
封を閉じるワックスシールには、公爵家の紋章がしっかり押されていた。
嫌な予感しかしない。
あの人にはいろいろ迷惑をかけたけど、まさかこんなものをもらうなんて。
「同い年のローゼお嬢様からの手紙なんて、何だかワクワクしますね、あなた」
「年頃の娘同士、何か通じるものもあるのだろう」
二人の言葉に、笑顔の圧を感じる。
早く部屋に戻って中身を確認して、どんな内容か教えてね、ってことだよね。
「そ、それでは、失礼しますね」
まるで危険物でも扱うような気持ちで握りしめ、階段を踏み外さないように気をつけながら部屋に戻った。
豪華な封筒をそっと開けると、中には丁寧な文言の招待状と一通の手紙が入っていた。
手紙の内容は至って普通で、お茶会へのお誘いだった。
「思ったより普通だったわ。お義父さまもお義母さまも公爵家からの招待状に喜んでくれてるようだし、断るのは失礼よね。アホ姫としての前科はあるけど⋯⋯」
しまった! 慌ててたせいで、扉をちゃんと閉めてなかった。
二階にいる間にヒルダが帰ってきたらしく、階下からはマリーとヒルダ、そして両親の話し声が聞こえてくる。
このままだと盗み聞きしてるみたいで、なんだか落ち着かない。
まだ『アホ姫』だった過去を気にしている私は、素直に下に降りて手紙の内容を話そうと席を立った。
ローゼ公女の招待を受けると伝えたら、両親も使用人のみんなも、自分のことのように喜んでくれた。
この国では、バルマード様のお屋敷に招待されるのはとても光栄なことらしい。
日頃からアホ姫が、図々しくバルマード様と肩を組んでたせいで、その感覚がちょっとマヒしてるかもしれない。
⋯⋯気をつけないと。
でも、問題は公爵家に着ていくドレスだ。
一年半ほど前に、アホ姫がバルマード様にねだりにねだって仕立ててもらったオートクチュールの美しいドレスがいくつもあるけど。
成長期の今、サイズが合わないなんて、すごくもったいない。
両親は新しいドレスを買うことを勧めてくれて、嬉しいんだけど、それだと高価だし、十五歳の私はこれからもサイズが変わる可能性が高い。
できるだけお金をかけない方法を考えていたら、ヒルダが知り合いの仕立屋なら上手く仕立て直してくれるんじゃないかと教えてくれた。
「公爵家に出入りもある仕立屋なのね。それは行ってみる価値があるわ、ありがとう」
「お嬢様のお役に立てて幸いです。よろしければ、お屋敷に伺うようにお伝えいたしますが?」
ヒルダと都合の良い日を決めて、ついでに他のいただいたの高級ドレスも直せるか相談することにした。
クローゼットに寝かせておくにはもったいないものばかりだし、かといって贈り物のドレスを売ってしまうのは気が引ける。
せっかくのご厚意なんだから、着れなくなっても大事にしたい。
この国の皇都レトレアでは、貴族の令嬢や夫人たちの間で、着なくなったドレスを売ったり、売り出されているものを買ったりするのが日常的らしい。
古着のドレスを扱う洋品店では、新品同様に仕立て直したものが、相場よりかなり安く手に入るそうだ。
マクスミルザー公爵家に仕えていたヒルダは、ドレスの流行にも詳しくて、質の良いドレスが割安で手に入るお店や、飾りの宝石についてもよく知っていた。
マリーや他の若いメイドたちはその話に目を輝かせていて、私も誰かと服の話をすると楽しくてたまらなかった。
そんな話をしているうちに、ふと気づいた。
男爵家の使用人の服って、かなり古いデザインで、動きにくそうに見えるんだよね。
仕立屋が来てくれるなら、私がイメージする服を形にできるんじゃないかな。
みんなの服を新しく仕立て直すアイデアを、両親に話してみよう。
せっかくお金を出してもらえるなら、新しいドレスを買うよりずっと安く、みんなが喜べる方がいいに決まってる。
「みんなには感謝しかないし、私のドレスを直すついでに、みんなの服も一緒に新しくするってのはどうかな」
ずっと心の中で温めていたアイデアを、ついに現実にする決心がついた。
机の上に真っ白な紙を広げ、数枚のデザインをサラサラと描き始めた。
ゲームやアニメの世界が大好きな私にとって、執事やメイドの衣装って特別な魅力がある。
授業中も、つい教科書の余白に落書きするくらい夢中だった。
その情熱を詰め込んだデザインは、動きを邪魔しない軽やかなラインと、目を奪う美しさが融合したもの。
誰が着ても絶対に映える自信作だ!
でも、テンションが上がりすぎて、ちょっと自意識過剰になってないか、一瞬不安になった。
だって、誰かに作品を見せるのは初めてだもの。
描き上げたデザイン画を見たヒルダが、「あまりに見事で、驚かされました!」と褒めてくれた。
姉のように慕ってるヒルダの言葉に、胸が温かくなる。
人は褒められるとやる気が出るって、教えてくれたのもヒルダだ。
両親も感心してくれて、マリーや他の使用人たちも新しい仕事着に興味津々。
屋敷の雰囲気を察した両親は、私の提案に快くうなずいてくれた。
「エストの好きに使いなさい。自分の事だけでなく、皆の事までちゃんと考えているとは、さすがはワシの娘だ」
「そうですね、あなた」
両親に褒められると、喜びが湧いてくるけど、なんだかこそばゆい気持ちも混じる。
今の私に何ができるかは分からないけど、この日々をくれた両親に、いつかちゃんと恩返ししたい。
その後、ヒルダと二人で話を詰めていった。
「ヒルダの知り合いの仕立屋に、ドレスを直してもらうのと一緒に頼めるかな?」
「そうですね、公爵家の物も仕立てていますので、腕は間違いないと思います。わざわざ、私たちの分にまでお気遣いいただき、ありがとうございます」
こうして、バルマード様からいただいたドレスを仕立て直してもらうのと同時に、男爵家の使用人の服も新調することが決まった。
秋冬ものの衣装も一新することになり、屋敷のみんなが生き生きと働く姿を見るのは、両親にとっても嬉しいことだったみたい。
笑顔がこぼれるのを見て、私も提案して良かったと思った。
数日後、仕立屋の女主人アニーが私のドレスを仕立て直すために男爵家にやって来た。
彼女は私の描いたデザイン画を見て驚き、「このデザインを売って欲しい」と持ちかけてきた。
「え、これをですか?」
「はいっ! もしお売り頂けるならドレスのお直しも、新調する皆さまの服も無料で構いません。ただ、デザインの権利を一括で払うのは、ちょっと懐事情も厳しいですので、こういうのはどうでしょう?」
一着売れるごとにいくらという歩合制で話がまとまった。
これならアニーも最初の出費を抑えられるし、うちにも売り上げに応じてお金が入ってくる。
--少し先の話になるけど、スレク男爵家のメイド服が評判になると、他の使用人の衣装も同じように好評になる。
貴族たちがこぞってアニーのところに発注をかけたから、彼女の仕立屋は大忙し。
私たちも十分な謝礼を受け取ることになった。
使用人の服にはライバルのデザイナーもいなかったし、ドレスのように流行に左右されることもなかったけど、一着の利益は少なかった。
でも、市場を独占したおかげで驚くほど売り上げが伸びていった。
アニーによると、皇都には帝国中の貴族の屋敷が集まっていて、見栄で生きる貴族たちは、他家が新しいものを取り入れると負けじと張り合うんだって。
その後、アニーの頼みで一般向けの上着やワンピース、チュニックなど、いろんな服のデザインを手がけるようになった。
日本でいろんなメディアからインスピレーションを受けて、ずっと温めていたアイデアをこの世界に合うように仕上げていくと、それがたくさんの人に受け入れられた。
デザイナーを目指していた私にとって、これほど嬉しいことはなかった。