38 冒険者
私は冒険者ギルドにこつこつ通って、ようやくランクをDまで上げた。
きっかけはローゼさんのこんな話からだった。
「はじめは頼りないFランクだった人が、DやCとランクを上げると周囲から一目置かれ、急にモテ期が訪れたりします。先の魔王との戦いにおいても、お父様と共に活躍した彼らは、国にとっても私にとっても英雄です」
バルマード様が関わってくると、ローゼさんはいつも熱くなる。
そこは私も共感できる。
だって命の恩人だし、あんなに偉いのに私にも気さくに接してくれる方だもの。
「エストさんには話しておきますが、私はよそのギルドでランクを上げてしまっているんです。だっていつもそばにいる私が、もしもの時にお父様を支えられないなんて、耐えられないことですもの」
ローゼさんのバルマード様への愛情が海よりも深いことは、お泊まりの時の話でもよくわかる。
ファザコンの域を越えるくらい、バルマード様のことになるとローゼさんは饒舌だ。
「誰でも参加可能なFランクまでしか、お手伝いできないのは心苦しいです。だから、せめてこの杖を渡しておきたかったんです」
ローゼさんが自分の冒険者ランクを明かさないのは、大変な目に遭ったヒルダを教訓にしてるからだ。
確かにあの生徒たちの熱狂ぶりを見たら、それが毎日続くのは本当にしんどい。
⋯⋯ローゼさんって、Aランク以上の強者なのかも。
レオさんやウィル君が手伝ってくれると言ってくれた時に、私が納得するまで待ってとお願いした以上、Dランクに上がったことはちゃんと話さなきゃと思った。
それで生徒会室で話したら、レオさんやウィル君、それにミハイルさんまで喜んでくれて、これからみんなとダンジョンに向かうことになった。
って、えーっ!
第一声を発したのは、瞳を輝かせるレオさん。
「いつも特訓でお世話になってるエストさんに、ようやく恩返しができる日が来たんですね!」
レオさんの話では、ランクが二つ差までなら正式にパーティー登録が出来るんだって。
それ以上差がある時は、指導役ってことで一緒に行くことができるらしい。
でも、指導する側のメリットは少なくて、される側が一方的に得をするって話はギルドでよく耳にした。
さらにDランク以上のパーティーだと、よその冒険者と同じように目的地を自由に決められるらしい。
私で役に立てればいいけど⋯⋯。
ううん、前向きにってローゼさんにも言われたし、できる限り頑張ってみよう。
私たちが盛り上がっていると、盛り上げ役員の二人から、ギラっと嫉妬の眼差しが飛んでくる。
お前だけが特別だと思うなよ! ってオーラがメラメラでちょっと怖いけど。
ソフィアもセシリアも貴公子三人に、せがむように擦り寄った。
セシリアはその頬を恥じらいに染めて、おねだりする。
「あの、冒険者ギルドに行ったこともない私ですが、みなさんがよろしければ、私もギルドで通用するように鍛えてほしいんです! もし無理を言って困らせてしまっているならごめんなさい。でも、みんなの力になりたいと思っています」
ソフィアも続いて、精一杯同情を誘うような仕草で続けると、男性陣は快く受け入れた。
最初に返したのは、爽やかな微笑みを浮かべたウィル君だ。
「二人とも国のためを思ってくれてありがとう! もちろん協力させてもらうよ」
その言葉にセシリアはレオさんを、ソフィアはウィル君を見つめてうっとりしている。
さらにレオさんとミハイルさんが追い討ちをかけて、二人はまるで王子様に心奪われたように、すっかり恋する乙女になっている。
--ここからはローゼさんの受け売りなんだけど。
アカデミーでは冒険者志望の生徒を奨励している。
国全体が支援しているって言ってもいいくらい、優秀な冒険者を皇帝陛下も貴族たちも欲しがってるんだって。
先の魔王軍との戦いで、バルマード様が大活躍したのは有名だけど、そこでSランクを筆頭とする冒険者たちが比類のない活躍を見せたらしい。
バルマード様が偉大すぎて、英雄譚では埋もれがちだけど、彼らだっていつか自分の英雄譚が語られるのを夢見てるはず。
その後、冒険者の地位も向上して、優れた冒険者と親しくするのは、貴族のステータスなんだそう。
アカデミーに冒険者ギルドがある理由も、冒険者として経験を積んだ人は、帝国で重用されるからだ。
そして、アカデミーに通う生徒やよその冒険者の間で、この皇都で騎士爵を得て貴族になるのが、一つの夢みたいになってるらしい。
一旗揚げて、家族や出身地域で英雄視されるなんて夢物語みたいで素敵だよね。
そんな中、レオさんが気品ある笑みを浮かべた。
「セシリアさんとソフィアさんは次回でも大丈夫ですか? 今はエストさんの努力の結果を、一緒に祝福したい気持ちでいっぱいです」
私が嬉しくなっていると、セシリアがすかさず、レオさんに上目遣いで尋ねた。
「もしかして、最初は二人っきりでご指導いただけるんですか?」
ウィル君が穏やかに応えた。
「はい、まずは冒険者の心得を基礎から学んでもらって、少しずつ始めましょう。セシリアさんには秘めた才が宿っている気がします。きっと見事な冒険者に成長しますよ」
「ええ、ウィル君の言うとおりです」
セシリアはレオさんに教えられる期待に目を輝かせ、憧れを隠しきれずに頬を染める。
ソフィアも負けじと、ウィル君に狙いを定める。
「私もその、ウィル副会長にご指導いただけるなら、心から嬉しいです」
「僕でよければ、喜んでお付き合いさせていただきます。ソフィアさんの熱意なら、きっと素晴らしい成果を上げられますよ」
その「お付き合い」の一言に、ソフィアがたちまち夢心地に浸って、幸福感にうっとりしている。
ウィル君への純真な眼差しが溢れてて、見てるこっちも少し気恥ずかしくなる。
セシリアもレオさんへの想いを抑えきれず、つられて興奮気味に声を上げる。
「レ、レオクス生徒会長自らがお相手してくださるなんて、本当ですか?」
レオさんが胸に手を当て、騎士のような気品ある仕草で応じる。
「はい、望みのままに。セシリアさんの意気込みに応えるのが、私の務めですから」
その言葉にセシリアはたまらず夢見心地になり、レオさんへ純粋な眼差しを浴びせながら、幸福感にふらっと卒倒しちゃった。
夢見る乙女二人が気を取り直して復活したところで、レオさんが爽やかに締める。
「では行ってきますね」
セシリアとソフィアは私たちを表向きは笑顔で見送りながらも、私が振り返った瞬間、鋭利な刃のような視線を突き刺してきた。
お前は彼らのオマケとして、雑多な冒険でも楽しんでくればいい。
私たちは愛しのプリンスと至福の二人だけの蜜月を堪能するのだからと。
その冷ややかな眼差しには、優越感と嘲りが滲み出ていて、背筋がゾクッとするくらいだ。