37 夢の中
私とバルマード様がコーヒー談義で盛り上がってると、そこにローゼさんも加わってきた。
ウィル君はただ聞いてるだけでも楽しいって言ってくれて。
聞き上手って、男の人としては美点だよね。
バルマード様って誰にでも気安く接する優しい性格だから、この食卓は私にとって本当に居心地が良かった。
ウィル君は私の笑顔を見てると、とても嬉しい気持ちになるって。
私もウィル君の笑顔には、恥ずかしいけど嬉しくさせられる。
今日も遅くなっちゃったけど、この優しい人たちと一緒にいるのって、まるでもう一つの家族みたいで安心感でいっぱいになる。
今ではこの世界に来られたことをとても感謝してる。
あれ? でも、ウィル君の視線をいつもより感じるけど⋯⋯気のせいだよね?
私がウィル君に微笑み返すと、ウィル君の白磁みたいな白い頬が桜色に染まった。
その愛らしい表情で、少し照れたような仕草を見せたところで、ローゼさんがウィル君のルビー色の髪を撫でながら、私に顔を寄せてきた。
「エストさん、今日は泊まって行かれますよね。今夜もエストさんとのお時間をとても楽しみにしてますよ。ウィルには少し早いので、あなたの気持ちが整った頃にはエストさんを譲ってあげます。ですので、ウィルも早く大人になってくださいね」
「そうだね、姉さん。僕ももっと男らしく頼りになるように頑張ってみせるから」
わっ、ローゼさん!
ウィル君の気持ちが整ったらって、いったいウィル君とどうやって過ごせって言うんですか!
⋯⋯そこら辺も後でこっそり教えてもらえたらありがたいけど、変に意識すると妄想が暴走しそうだから、考えないようにしなくちゃ。
暴走して、アホ姫モードになったらシャレにならないわ。
アランとミレットがいる孤児院に通うようになってから、昔は変わり者を演じてた記憶がしっかり甦ってきてるから、うっかり考えなしにやっちゃいそうで怖いのよね。
こうしてまた公爵家にお泊まりする流れになって、ローゼさんと賑やかなガールズトークを交わしたあと、用意された客間で心地良いベッドに潜り込んだ。
でも、話は盛り上がったけど、ローゼさんが妙なこと吹き込むから、すぐ寝るなんてできませんって!
一人になると余計に考えちゃって眠れないんですけど。
そう言えば、終始興奮気味だった私にローゼさんが「眠れない時は、羊を数えたら眠れると思いますよ」って言ってたっけ。
目が冴えてベッドの天蓋を見つめるしかない私、結局羊を数えることにして目を閉じたんだけど、一匹数えた途端に爆睡した。
すると、夢の中で待ち構えたように寝間着姿のローゼさんが椅子に座って出て来る。
「羊、数えちゃいましたか。ところでエストさん。今夜は私の夢の中にお母様がやって来る日なのですが、会っていかれますか? ウィルとの仲などを具体的に語って頂ければ、お母様も喜んで下さる気がしなくもないですよ」
「えっ、夢の中ですよね」
「私は三日に一度は会えますので、エストさんも一度お母様と二人でじっくり朝まで語らってみてはいかがです。ふぁー⋯⋯、私は自室のベッドに戻って休みますね」
「待って夢の中のローゼさん! 初対面で朝まで会話なんて無理ですって」
「そうですか。私はエストさんに意地悪と思われたくありませんので、この辺で本来の夢の方に戻して差し上げますね」
コンコンとドアがノックされた方に私が振り返ると、半分ドアの開いた向こう側で、レイラ夫人の肖像画をもっと若くしたような綺麗な人が、私とローゼさんの様子を伺いながら興味深そうにこっちを見ていた。
ウィル君によく似てるけど、さらに上をいく美少女って感じで、年は私やローゼさんとあまり変わらないくらいに見える。
こんな綺麗な子も出てくるなんて、さすが夢の中!
「もしや貴女が、ウィルやローゼがよく話してくれる、エストさんですか?」
えっ、どういう事!?
「あらあら、まだ出てきてはダメですよ、お母様。エストさんが心の準備が出来てないそうなので、今夜は私がお相手いたします。さあ、隣の私の部屋に行きましょう」
お、お母様って言ったよね。
ローゼさんのお母様が、どうしてそんなに若々しいの!?
「ローゼさん、そのお母様があまりに若過ぎて驚きなんですが!」
ローゼさんは、うふっと妖艶な笑みを浮かべる。
「それはもちろん、夢の中ですもの」
あ、夢だもんね。
夢なら何でも自由だから、ローゼさんのお母様にも会えるんだ。
ローゼさんは確定っぽいけど、バルマード様も器用に好きな夢をみれる達人なのかな?
「あーん、ローゼ。ちょっとだけ」
ローゼさんが強引にレイラ夫人を自分の部屋の方に連れて行くのと同時に、私は羊が一匹いるだけの夢の世界に戻されちゃった。
うわーっ、あんな話しやすそうな人なら、夢の中なんだし、ちゃんとお話ししてみたかった。
こっちも夢の中なのよね?
全然目が覚める気がしないし、羊一匹しかいない原っぱで、どーすればいいの。
ローゼさんに、好きな夢を見る方法を聞いておけば良かったーッ。
絶対あっちの方が楽しかったのに、こっちの夢は朝が来るまで目覚めないの!?
くぅー、向こうが気になるーっ!