32 新たな仲間
私が振り返ると二人の顔が急に青ざめて、さっきの勢いが燃え尽きたようにセシリアが漏らした。
「うっ⋯⋯何だか突然、調子が悪くなってきましたわ」
ソフィアもセシリアを見てうなずく。
「はい、何やら悪寒のようなものがするのです。神聖魔法の『キュア』を唱えても、まったく症状が良くなりません」
私が少し気の毒に思って一歩踏み出すと、二人の症状がさらに悪化する様子を見せた。
ハッ、と私は気づく!
これって『想いのロゼット』の効果が、ソフィアとセシリアに効いてるんじゃない!?
プッ! ⋯⋯つまり今の邪魔者はこの二人ってことなのね。
「私、少しお花を摘んで参りますわっ」
セシリアはそう残して生徒会室を後にした。
「わ、私も無性にお花を摘みに行きたいので、ここで失礼します!」
ソフィアも逃げ出すように出て行った。
やっぱり対象が、あの二人に変わってる。
私は胸元の愛らしいブローチに大事そうに両手を当てる。
何だかウィル君に守られているようで、すごく心地いい。
「気に入ってもらえたら何よりです」
ウィル君が私の仕草に手ごたえを感じたように、にこやかに微笑む。
「ンンッ! 次回は私も宝飾品を選ぶようにしますね」
レオさんはウィル君にしてやられたみたいな顔をして、「あの箱だけは、誤解を招くから気を付けてね」とささやかな抵抗を見せていた。
レオさんとウィル君のやりとりが何だか微笑ましくて、私が穏やかな気持ちに浸ってしまう。
すると突然、背後からトントンとドアを叩く音にビクッと飛び上がってしまった。
「お邪魔してもよろしいでしょうか?」
扉の向こうから響いてきたのは男らしく野太い声。
「その声はミハイル君だね。どうぞ、入ってください」
レオさんがそう返すと、ドアが開いて中へ入ってきたのはレオさんよりも長身でガッチリした体格の、健康的に日焼けした茶髪の美男子。
そう私が前世の知識で知ってる、ハイラン公爵家のミハエル公子だ!
でも実物は想像してたイメージよりずっと凛々しくて、予想以上に端正な顔立ちだった。
さすが攻略対象人気ランキング三位を他の公子たちと争う、いや、それ以上の美貌。
帝国でもトップクラスの貴族なのに、レオさんやウィル君みたいに飾らず、アカデミーの制服を堂々と着こなしてるのがまたカッコいい。
そんな彼が私の方を見て、帝国式の礼法に則ったお辞儀をして穏やかに笑みを浮かべてきた。
「その見事なプラチナブロンドに、類い稀なる美しさ。やはりあなたが噂に聞く、スレク男爵令嬢ではありませんか?」
レオさんやウィル君、それにバルマード様のおかげでイケメンには少し慣れてきたつもりだったけど、初対面のミハイル公子の野生美溢れる魅力に圧倒されて、返事が遅れた。
「あ、はい、生徒会⋯⋯しょ、書記のエストです。令嬢と呼ばれ慣れていなくって、その、良かったらエストとお呼びください、ミハイル公子」
「おおっ、その飾らなさも実に魅力的です。では私の事もミハイルと呼んでください」
ミハイルさんはレオさんやウィル君と旧知の仲みたいで、それぞれと握手を交わすと、レオさんにグイッと向き直った。
「俺もぜひ生徒会の末席に加えてくださいっ!」
そんな彼に向かって、ウィル君がニコッと笑って応える。
「その言葉を待ってましたよ、ミハイルさん。レオさんももちろん、賛成ですよね?」
「ええ、ミハイル君が加わってくれるなら心強いですね。武術部長の席を空けてありますので引き受けてもらえますか?」
「頭を使うより動く方が向いていますから、ぜひそれでお願いします」
スムーズに役職が決まると、私たち四人は中央のテーブルに着いた。
ウィル君と向かい合ったミハイルさんが、私を見て口を開く。
「ウィル君に詳細を聞かされたのですが、我がハイラン家が管理する水路でのエストさんのご活躍。一門を代表して、まずはお礼申し上げます」
「そ、そんな。実際に動いてくれたのはウィル君や騎士さんや冒険者さんなので」
あまりの褒めように、私はただただ恐縮して正直に話した。
私のやったことなんて、ただの助言が運良く当たっただけだし。
「いやはや、ご謙遜とはますます魅力的です! 事実、エストさんの功績は非常に大きく、末端の連中から上に繋がる手がかりを得られました。我が家がどれほど探そうと痕跡も掴めなかったのに、わずか一度で見破られるとは」
すごい買いかぶりだけど、変に遠慮しないほうが良いのかな?
何を言っても今は褒められそうな気配だし⋯⋯。
するとレオさんが、ミハイルさんが感謝するもう一つの理由を教えてくれた。
「以前、友人が船を扱ってるというお話をしましたよね。彼がその友人で、ハイラン公爵家は我が帝国の海運業を一手に担ってくれているのです。つまり、エストさんに教えていただいた壊血病対策を、最も支持してくれたのがミハイル君なのです」
あっ! レオさんがあの話に妙に食い付きが良かったのには彼も関係してたのね。
「そうなんですよ、エストさん! 我がハイラン家や全ての海運に関わる者たちへ、長期航海時にはドライレモンやザワークラウトを積んで口にするよう徹底させているところです。これで多くの仲間が救われると思うと、感謝に堪えません」
ミハイルさんはそう語りながら、目頭を熱くしてる。
その仕草から、人情に厚い熱血漢って印象が滲み出てくる。
「お役に立てたのなら私も嬉しいです」
その時、レオさんが語った悲劇が頭をよぎった。
大変な苦労をして大量の食糧を運んだのに、それでたくさんの人々を救えなかった悔しさなんて、私じゃきっと耐えられない。