30 仲間とのひととき
「⋯⋯はっ」
我に返った瞬間、私は思わず立ち尽くしてた。
私はもとからエストだったのか、エストに転生したのか、その境界を少し曖昧に感じていた。
すぐに私の持つ現代知識がそれを否定するけど、忘れていいことなんかじゃない。
どっちが真実なのかなんて、今はわからなくていい⋯⋯。
大事なのは、本当の私の過去を受け止めること。
グランハルトの献身。
血が滲むような努力も、かけがえのない幾つもの出会いも、その全てを無駄にしないこと。
そう自分に言い聞かせて心を落ち着けた。
グランハルトは人付き合いが苦手な人だったけど、一緒に暮らした月日の中で、彼なりの愛情を感じてた。
だから彼がいなくなった喪失感が今になって押し寄せてきて、涙が込み上げてくる。
頬に熱いものが伝って、泣いちゃだめだと思っても止められなかった。
「⋯⋯エストねーちゃん?」
私の顔を見て、アランとミレットが泣きそうな顔になった。
そんな二人の表情が、私の涙をさらにあふれさせるんだから困ったものよね。
「オレ、ねーちゃんにまた会えてほんと嬉しいよ!」
アランがちょっと照れくさそうに言った。
「私もエストねーちゃんにまた会えてすごく嬉しい! だって、もう会えないって思ってたから」
ミレットも私に飛びついてそう声をあげた。
私は再び会えた嬉しさが抑えきれなくて、二人の身体を両手でギュッと抱き寄せた。
愛しさが胸いっぱいに広がって、涙がこぼれるのを袖で拭ったら自然と笑顔があふれていた。
その様子を少し離れたところから見てたウィル君が、優しい笑顔で私たちに声をかけてきた。
「君たちの居場所に気づけたのは、エストさんのおかげなんだよ。さすが君たちのお姉ちゃんだね!」
「さっすがエストねーちゃんっ!」
ミレットがウィル君に便乗して、元気いっぱいにはしゃいだ。
その後、私たちはテーブルを囲んでローゼさんの手料理をみんなで堪能した。
お肉は口の中で溶けるくらい柔らかくて、隠し味のチーズとペッパーがピリッと効いてて、もう最高に美味しい!
子供たちは鍋を空にする勢いで、「おかわりっ!」 と元気いっぱいに叫んでいた。
ふわっと漂うパンの香りが鼻をくすぐって、口に広がる幸福感に浸ってると早めに食事を終えたウィル君が私のそばにやってきた。
「姉さんの焼いたパンは、これまで食べたことないくらい柔らかくて絶品ですよね。僕はこの後、水路の小屋に戻り、賊の後を追うつもりです。エストさんとの屋外での食事がこんなにも楽しいなんて、胸もお腹もいっぱいになりました」
ウィル君が穏やかに微笑む。
「ゆっくり食べてくださいね」
そう付け加える彼に、私は素直に感謝を伝えた。
「アランとミレットを見つけてくれて、ほんとうにありがとう!」
ウィル君は少し照れたように小さく笑って、馬に乗って颯爽と駆けて行った。
彼を近くで見ると、照れや恥ずかしさから言葉が上手く出ないこともあるけど、さっきは不思議と「ありがとう」が自然に出たんだよね。
もしかしたら私も少しは成長したのかな? と前向きに受け止めた。
食事が一段落すると、アランとミレットが子供たちを引き連れて私の前にやってくる。
先に口を開いたのはミレットだ。
「ねえエストねーちゃん、この子たちにあの時みたいに魚釣りを教えてあげてよ。私の言うこと聞いてくれないし、さっき遊んでた時にみんなねーちゃんのことが好きになったんだって」
嬉しいこと言ってくれるなあ、なんて思ってたら、アランがミレットをグイッと押しのけて前に出る。
「あのヒゲのおっさんと特訓してた時みたいに、オレに剣を教えてくれよ。ガキどもが、ねーちゃんの技がすごいって自慢してくるからさ。なあオレはねーちゃんの一番弟子だろ?」
弟子にしたつもりなんてないけど、この二人は相変わらず一歩も譲らない。
私は苦笑しながら、ローゼさんに目を向けた。
「ローゼさん、すいません。後片付けのお手伝いができなくて申し訳ないのですが、この子たちを水路に連れて行って、釣りと稽古をつけてあげたいと思うんです」
するとローゼさんのそばには、いつの間にか人数分の立派な釣竿と、当たっても痛くないように布が巻かれた木剣がさりげなく置かれてた。
子供たちはそれを見て、何の疑問も持たず欲しいものを手に取りに走る。
「夕飯の準備は済ませておきますので、タンゼルも連れて楽しんできてくださいね」
ローゼさんの好意に甘えて、私は子供たちを連れて水路へ出かけた。
日が暮れる前に帰ろうと、大量に釣れた魚をタンゼルさんに持ってもらって戻ってくると、ローゼさんと話してるアンリエットさんの姿が目に入った。
子供たちを引き連れて戻ってきた私を見て、アンリエットさんの顔がパッと明るくなる。
「エストちゃん、ご無沙汰ね。子供たちの面倒見てくれてありがとうね。それにしても、美しいレディに成長しちゃって」
「お久しぶりです、アンリエットさん! これから通える時はぜひこちらに来たいです」
私も笑顔で返して、アンリエットさんと積もる話をした。
アンリエットさんに教えてもらったこと、グランハルトの遠い記憶、いろんなことが頭をよぎる。
でも、アランやミレットにまた会えた喜びが、そんな思いを優しく包み込んでくれる。
その日、私たちはアンリエットさんの家に泊まることになった。
「ねえ、ローゼさん」
「どうかしましたか?」
「ローゼさんと出会えて、本当に良かったと思っています。もしローゼさんと今みたいになれてなかったら、ここに来ることもなかったですし、いろんなことを知らないままでした」
「まあ、それは買いかぶりすぎですよ」
「そんなことないですよ。あの日、ローゼさんに招待されてなければ、私はレオさんやウィル君、それにバルマード様ともあんなに親しくなれてなかったはずです」
「そんなに煽てられても、お菓子くらいしか出せませんよ」
「きっとみんなの分まで食べちゃいますよ。私も子供たちが大好きになんですから、誘惑しちゃだめですよ」
「うふふ、そういえばエストさんと外泊だなんて少しワクワクします」
一枚の手紙から始まった縁がこんなにも広がっている。
これほどこの世界のことを好きになれたのは、きっと彼女のおかげだ。
ーーーーーーー第1章終わりーーーーーーー
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