28 再会
ローゼさんが長椅子を白い雑巾で拭き始めたので、私も雑巾を受け取り、反対側の長椅子を拭いた。
「うふふ。先ほど少し見えたのですが、何かに目覚めたような感じですか」
「恥ずかしながら、私がバカをやらかしていた頃のスキルが戻ってきたみたいです」
「そういう事もありますよ。それがあんなに素晴らしい剣術だと、むしろ良かったと思うべきです。東方の剣舞のようでカッコよかったですよ」
自分ではわからなかったけど、舞っているように見えたのかな。
褒められるのはどこかこそばゆいけど、悪い気分じゃない。
ローゼさんはチラッと周りを見て、【収納空間】から焼き立てのパンを取り出して、テーブルの上に等間隔で並べていく。
ふわっと漂う香ばしい匂いに、お腹が鳴りそうになるのをグッと堪えた。
「そういえば、そんな便利なスキルがありましたね」
ローゼさんはちょっと目を細める。
「エストさんだから見せてますけど、このスキルは人に見られないように使うのがコツなんです。【収納空間】持ちだと、いろんな雑用を押し付けられがちな人も多いですからね。エストさんも、信頼できる方の前以外ではこっそり使ってくださいね」
そんな話をしていると、大きな鍋を持ったタンゼルさんがキッチンから出てくる。
子供たちが鍋の匂いに吸い寄せられるみたいに、それぞれの食器を手にテーブルにゾロゾロ集まってきた。
「二人の帰りを待たせるのは、子供たちにはかわいそうなので昼食にすることにしました」
ローゼさんの近くに、タンゼルさんが鍋を置く。
「そうですよね。ウィル君たちが出てから三時間は経つでしょうし、あんなに動き回ってたらお腹ペコペコですよね」
その時、遠くから二つの影がこちらに向かってくるのが見えた。
近づいてくると、それがウィル君と一人の騎士だと分かる。
ウィル君はこっちを見て手を振っていて、その背中に長い髪の女の子がいた。
「姉さん、エストさん! 無事子供たちを連れて戻りました。心配をかけてはと思い、連れてきた騎士や集まってくれた冒険者たちに賊の捜索を任せ、一旦こちらへ戻りました」
ウィル君がマントを翻しながら、凛々しく報告してくる。
どうやらウィル君が空に放った赤い光は、付近の冒険者や衛兵に異常を知らせる信号だったようだ。
さすがウィル君! でも感心してる場合じゃない!
ウィル君が馬から降りて、ミレットらしい少女をそっと下ろす。
騎士も少年を降ろすと、子供たちは一度顔を見合わせてから、ウィル君と騎士にお礼を言って、両手を広げて待つローゼさんの方へ駆け寄っていった。
ローゼさんは二人をギュッと抱き寄せると、愛おしげに頭を撫でる。
「二人ともおかえりなさい! ケガもないようで安心したわ」
「ローゼねーちゃん! 怖かったけど赤い髪の綺麗なおにーちゃんが助けに来てくれたんだ」
ミレットがウィル君を指差して、目をキラキラさせる。
「オレもミレットを探しに行ったら、まんまと捕まって。情けないところ見せちまった」
そう、アランが少し悔しそうに続けた。
ローゼさんは二人の言葉に頷きながら、強く抱きしめる。
その姿はまるで聖母みたいで、一度席に着いていた子供たちもローゼさんや二人の元に集まっていく。
その様子を微笑ましく見つめていると、白い軍服に身を包んだウィル君が、いつもよりキリッとした顔で私の方へ向かってきた。
こんな男らしいウィル君を見せられたら、少し慣れたくらいじゃまだ恥ずかしい。
反射的に目をギュッとつぶってしまうと、ウィル君がすぐそばに来て優しい声で話してくれた。
「エストさんの言うように、二人は水路沿いの小屋の中にいました。あの言葉がなければと思うと、ホッとします」
不意にギュッと手を握られて、私はビクッと目を丸くした。
すると陽の光を浴びたウィル君の微笑みが飛び込んできて、その魅力にやられそうになる!
顔が熱くなった瞬間、ウィル君の頬がなんだか赤く見えて、握った手をそっと離した。
「ちょっと興奮しすぎました。エストさんのお手柄に感激して、つい手を」
ウィル君はその手を撫でながら、少し照れたような仕草をする。
「賊の残した手がかりから、近いうちに奴らの根城を探し出せるはずです。って、そういう事お伝えしたいのではなく、エストさんの手柄を褒めたいわけで⋯⋯」
突然のことにドキッとしたけど、もしかしてウィル君、少しは私のこと意識してくれてるのかな?
う、妙な妄想してヘンな顔になったら幻滅されそう!
そんな時、私たち二人をローゼさんが呼んだ。
「ウィルーッ、エストさーん。これからみんなでお昼にしますので、一緒に頂きましょう」
その言葉に「はい、姉さん!」と答えたウィル君が、私をエスコートするみたいに、やんわりと手を差し伸べてくる。
「この手を取っていただけると、嬉しいです」
そ、それってどういう意味!?
いやいや、ウィル君が私に気があるなんて、ちょっと考えすぎかな。
手を握らなきゃと焦るけど、なかなか手が出せなくて、「ううっ」と変な声が出そうになる。
「「エ、エストねーちゃん!?」」
アランとミレットが一緒に私の名前を呼んで、こっちに走ってきた。
二人の邪魔にならないように、ウィル君は私に差し伸べていた手を引く。
ミレットが私をまじまじと見つめてくる。
「綺麗になってるけど、やっぱりエストねーちゃんだよね! ミレットだけど私のこと、忘れちゃった?」
「エストねーちゃんにそんなこと聞くんじゃねーよ。よお、久しぶり!」
アランが少し乱暴に続けた。
二人の顔をよく見ると、なんだか少し背が低かった頃の二人に見覚えがあった。
--それは二年前の私、つまりエストが十三歳の頃の記憶だ。




