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15 春の庭園と風土病

 午前の涼しい風が気持ちいい春の庭園に出ると、執事さんが貴婦人っぽい白い日傘をサッと渡してくれた。

 「ありがとう!」とお礼を言って、パッと日傘を開く。


 そのまま庭の奥へと進んでいくと、色とりどりの百合が咲き誇るテラスの近くで、昨日見かけたレオさんに出会った。


「昨日はありがとうございました。今日もこちらにいらしたんですか?」

「えっと、昨日からバルマード様にお世話になってます」


 レオさんは今日もシンプルな服なんだけど、その漂う気品とかどう見ても青年庭師って感じじゃない。

 やっぱり高貴な人なんだろうな。


 一度会っているからか打ち解けるのに時間はかからず、すぐに自然に話せた。


 でも、私が日傘を持っているのが気になったみたいで、「こちらへどうぞ」と日陰のテラスに案内してくれた。

 すると百合のフローラルな香りが漂ってきた。


「いただいたメモ通りにあの飲み物を作ってみたんですけど、友人たちにも好評でしたよ」

「運動後には最適ですよね。絞る果物はレモンじゃなくても、柑橘類なら大丈夫だと思います。汗かいたり暑い場所に長時間いると熱中症で倒れることがあるから、補水液で元気を取り戻せるって学校で教わったんです」

「あれは補水液というのですね。アカデミー以外にもそんな知識を教えてくれる学校があるのですか?」


 うっかり、前世の学校の話を出しちゃった。

 この世界にそんな学校があるわけないのに、私、なんてバカなの!?

 ⋯⋯なんとか誤魔化さないと。


「お、おばあさまに教わったんです!」


 苦しい言い訳をすると、レオさんは「なるほど」と素直に納得してくれて、ほっと一息。

 レオさんって、ウィル君とはまた違う優しさがある。

 大人っぽいっていうか私の下手な誤魔化しも、さらっと流してくれる感じ。


「実は私の友人が船を扱ってるんですが、長い航海だとどうしても病気がちになるんです。あの飲み物みたいなものが他にあるのか、もしかしてご存じありませんか?」


 えっと、ちょっと待って。

 この世界って、中世ヨーロッパみたいな状況に似てるのよね?


 頭の中で記憶の糸をたぐりよせる。

 前世の授業で習った気がするんだけど⋯⋯。


 たしか十八世紀くらいまでは、壊血病が風土病みたいなものだったはず。

 そんな風に考えながら、レオさんに答えた。


「長い航海でしたら、輪切りにしたレモンを二、三日、天日で乾燥させたドライレモンがいいんじゃないでしょうか? 他にキャベツを塩漬けにしたザワークラウトも効果がありますよ。体調不良って栄養不足が原因な気がするし、壊血病の予防にもなるはずです!」


「!?」


 レオさんの顔が一瞬で変わった。

 『壊血病』って言葉には本気で衝撃受けていた。


 あれ、私なんかマズいこと言ったかな?

 ちょっと不安になるけど。

 でも、レオさんが興奮気味に目を輝かせてきた。


「もしかして、壊血病の対処法もご存知なのですか?」


 慌てつつも、なんとか落ち着いて答える。


「壊血病には、野菜や果物を一日三食食べることです。食事じゃなくても柑橘類の絞り汁で十分効果があると思います。さっき言ったドライレモンなら、かさばらないし長持ちしますよ」

「そ、そんな方法があったのですか」


 レオさんが呆然とした声で呟いた。

 すると何かを決意したような表情で、こう語り始めてくれた。


「冬になると壊血病が猛威を振るい、貧しい民たちを中心に多くの人々の命を奪って行きます。私は輸送の任務についていたのですが、そこで失われていく命にどうしようもない無力感を感じたものです。食糧は運んだのにどうしてと! ⋯⋯すみません、感情的になってしまいましたね」


 無理に作ったレオさんの笑顔に、胸が締め付けられる。

 確かにそんな光景を目の当たりにしたら、私だったら耐えられない⋯⋯。


 --もう一度、ちゃんと整理しよう。




 この世界が昔のヨーロッパに似ているのなら、小麦や穀物が中心でパンや粥として食べられている可能性が高い。


 「レオさんが運んだ穀物って、もしかしてそれですか?」と聞いてみたら、「そうです」ってうなずいてくれた。


 私は男爵家のキッチンにあった、大好きなあれのことを思い出す。


「あの、男爵家にじゃがいもがあったんですけど、この国ではあまり一般的じゃないんですか?」

「南方より伝わった芋のことですよね。貴族の間では下賤な食べ物とされ、毒性を疑う者もいます。取り扱う店はありますが調理法もよく分かりませんので。もしや、我が国はその有用性を見落としているのですか?」


 じゃがいもはビタミンCが豊富だし、あんなに美味しいのに!

 これはもう言葉より実際に見せた方が早い。


「じゃあ、一緒に試してみませんか?」


 私はレオさんと公爵邸のキッチンに向かい、昨夜お会いした調理長さんにじゃがいもを用意してほしいとお願いした。

 ほどなく使用人たちが麻袋に詰まったじゃがいもをテーブルに運び込み、ゴロゴロと並べていく。


「まずは芽や緑に変色した部分を取り除くのが大事です。食中毒の原因になるので」


 私はじゃがいもの皮をむきながら、レオさんと調理長さんに説明する。

 調理長さんが訝しげに私の様子を見ている。

 レオさんも手に取り、興味深そうに眺める。


「焼いても、ゆでても、揚げても美味しいんです。保存も効くから、冬の食糧にもぴったりなんです」


 キッチンの隅で様子を見ていた使用人たちが、私の手元を覗き込む。


 私は皮を剥いたじゃがいもを細長く切り、鉄鍋に注いだ油へそっと投入する。

 ジュッと小気味よい音が響き、キッチンに香ばしい香りが広がる。

 じんわり黄金色に変わっていくじゃがいもを、丁寧にひっくり返しながら揚げていく。

 パラパラと塩を振って皿に盛り付けると、レオさんや集まってきた人たちに食べてもらう。


 「あの芋がこんな味に!」と調理長さんが声を上げ、「驚くべき食材です」とレオさんが頷く。

 キッチンが一気に賑やかになり、試食した使用人たちが「こんなに美味かったのか」と口々に騒ぎ出した。


 みんなの反応にもっと伝えたくなる。


「茹でたじゃがいもをペーストにして、バター、ミルク、塩、コショウで味付けしたマッシュポテトも美味しいです。他にもペーストしたじゃがいもにお肉や野菜、チーズを混ぜ、楕円に成形してパン粉をつけて揚げたコロッケもオススメです」


 調理長さんがさっそく動き出し、じゃがいもを鍋に放り込む。

 グツグツと煮える音とともに湯気がふわっと立ち上る。

 茹で上がったじゃがいもを木のヘラで丁寧につぶし、バターとミルクを加えると甘く芳醇な香りがキッチンを満たす。

 滑らかなマッシュポテトが皿に盛り上がる。


 次に野菜とチーズを混ぜたじゃがいもを楕円に整え、パン粉をまぶして鉄鍋の油へ。

 ジュワッと弾ける音が響き、こんがり焼き色がつくまで揚げていく。

 デミグラスソースを絡めると、食欲をそそる香りが漂う一品が完成する。


 調理長さんの手で、美味しそうなマッシュポテトとコロッケが完成した。

 サクサクのコロッケに濃厚なデミグラスソースが絡み、コクのある香りが漂う。

 マッシュポテトは滑らかで、バターの風味が引き立つ。


 調理長さんが「これは新しい料理になるぞ!」と目を輝かせ、レオさんが「他にも使い道がありそうです」とうなずく。

 キッチンに笑顔が広がり、賑やかな空気が流れる。


「じゃがいもには壊血病に効く栄養がいっぱい入ってますし、寒い場所でもよく育つので」


 私の言葉に全員が一斉に振り返った。

 その瞬間、この世界で壊血病がどれだけ脅威だったかを実感した。


 レオさんが私の手を握って、「本当にありがとうございます!」と言ってくれたから、私は「お役に立てたなら嬉しいです」と笑顔で返した。


 「こんな答えがあったんだ」と微笑むレオさんの姿に、本当に良かったと思った。

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これは聖女化待ったなし!
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