13 モーニングと初めての魔法
美味しそうな肉料理や魚料理、焼きたてのパンにマフィン、さらにはケーキまで並んでて目が離せない。
その中でも、香り高いコーヒーが目の前に置かれた瞬間、一日のスタートを告げるような爽やかな気分に包まれる。
私はコーヒーを一口すすると、その独特の深みにほのかな酸味が混じった味わいに、自然とテーブル上の料理に食欲が湧いてくる。
一方、ウィル君は砂糖なしでコーヒーに挑戦しようとしてたみたいだけど、一口飲んだ途端、パチパチ瞬きして渋い顔。
ゆっくりと砂糖とミルクを足す。
コーヒーを味わいながらマフィンを頬張ると、ウィル君がちょっと羨ましそうにこっちを見てくる。
「昨日、初めてコーヒーを飲んだんです。僕もエストさんみたいに早くお父様とコーヒーの話で盛り上がれるようになりたいな」
私も背伸びして無糖の缶コーヒー買って苦い思いしたことあるから、その気持ちがわかるなー。
ウィル君が頑張ってるなら、応援してあげたい。
「私も最初は加糖から始めて、微糖、無糖ってステップアップしました」
「そうなんですね! お父様や姉さんをカッコいいなって思ってたけど、僕も頑張ってみます。それにしても砂糖やミルク入れると美味しいですよね」
「うん! 濃く淹れたコーヒーに同じくらいのホットミルク入れたカフェオレとか、さらにチョコレートソース入れたカフェモカもオススメです!」
ウィル君が興味津々で聞き入ってるのを見て、バルマード様の頰が緩む。
するとバルマード様の指示で、ウィル君の前にマシュマロとホイップクリームがトッピングされた、カフェモカが運ばれてきた。
「これ、とても美味しいです!」
「エストちゃんがこんなにコーヒーに詳しいなんて、想像以上に嬉しいね」
「本当に泊めていただけて良かったですっ。皆さんとのお食事、とっても楽しいです!」
「エストちゃんには、これからも気軽にうちに遊びに来て欲しいね。私も楽しい気分になれるし、この子たちも喜ぶだろう」
「ぜひ、そうさせてくださいっ!」
バルマード様の言葉に、私は勢いよく頷いた。
本当に気さくなご家族で、この居心地の良さがクセになりそう。
「今日のウィルは、よく食べるね」
「僕もお父様くらい大きくて立派になりたいんです!」
ウィル君の身長はローゼさんと同じくらいで、私より握りこぶし一つ分高い。
175センチはあるから、私的には十分だと思うけど。
バルマード様は190センチ超えてそうだし、そこまで大きくなくてもいいよね。
でも、成長したウィル君がさらにイケメンになったら。
⋯⋯それも悪くないかも。
私もモデルに憧れて、どうすればいいか調べたことあったなぁ。
成長期には栄養バランスの良い食事、十分な睡眠、適度な運動が大事だって。
牛乳も飲んだし夜更かしも控えてたけど、あんまり効果なかった気がする。
でもウィル君ならって、その話をする。
「それは今から実践しないと。ありがとう、エストさん!」
ウィル君は素直に頷いて、朝食をまんべんなく食べ始める。
「でも、エストさんって物知りですね。僕も早くエストさんをエスコートするのが似合う男になれるよう頑張ります!」
うっ、ウィル君って何気なくドキッとすること言うから!
いつもニコニコしてるけど、その笑顔が私にはまだ眩しすぎる。
この天使の微笑みにやられちゃダメだって意識すると、余計に緊張してくるっていうか。
初対面の時よりは少しはマシになったけど、そうホイホイとローゼさんのおまじないに引っかかるわけにはいかないんだから!
ちょ、ちょっと、ローゼさん!
その微笑みの下でおまじないの準備しないでくださいって!
「エストさん、躊躇してはダメですよ。それも一つの試練としてしっかり乗り越えて経験値を稼ぎましょう。残念ながらレベルアップはしませんけど、エストさんの中の何かがきっと成長するハズです」
「私は滝行に励む修行僧じゃないんですよ! どちらかっていうと水をかける側に回りたいです。おまじない耐性の試練より、早く魔法の一つでも使えるようになりたいですっ」
その瞬間! 私の「魔法を使いたい」発言に、バルマード様とウィル君がビクッと反応した。
ローゼさんも、しれっと一緒になって瞳をキラキラさせてくる。
「よく言ったね、エストちゃん。今どきはアカデミーでも魔道具に頼りっきりの若者ばっかりで、魔法を覚えたいって気概のある生徒が少ないって、学園長も嘆いてたところなんだよ」
グハッ! 私が三年もアカデミーをサボってるなんて知らないで、バルマード様が期待の新人を見るみたいな目で、こっちを見てくるから。
⋯⋯い、痛いわ! アホ姫がやらかしたことなのに、まるで私が嘘つきみたいで痛すぎるよ!
もちろん私だって、魔法を使えるようになるための努力を惜しむ気はないんだから。
「魔法は覚えてるんですけど、魔力ってのが圧倒的に足りないだけなんですっ」
「ま、魔法を覚えてるのかい!?」
うっかり口が滑っちゃった⋯⋯。
くーっ、ローゼさんとの秘密だったのに!
バルマード様もウィル君もポカンと口を開けて固まった。
ローゼさんは「面白い展開なら秘密なんてどうでもいいよね」って感じでこっそり親指を立ててくるし。
「ま、魔力がないのに魔法を覚えてるってことで良いのかい? エストちゃん」
「あ、えっと、はい。魔法式は覚えてるんですけど魔力が足りなくて体が反応しないっていうか⋯⋯」
「エストさん、それってすごいですよ。生まれつき魔法が使えるってことですよね? 伝説の大賢者みたいじゃないですか!」
--そんな大層なもんじゃないです。
ただローゼさんの本で覚えただけです、って言いたいけど、当のローゼさんが楽しそうに唇に人差し指をあててるから秘密のまま流されちゃえってことですよね?
って、そこでまた親指を立てないでくださいローゼさん!
私の心を読んでるんですか!?
首を振っても説得力ないですよ!
私とローゼさんのやり取りに気づかず、バルマード様が「どんな魔法を覚えてるのか聞かせてほしい」って聞いてくる。
「えっと、『エクスヒール』と『エクスキュア』、『エクスリザレクション』。あと、他にもいろいろあるみたいです」
「ローゼ、防音魔法は使ってるね?」
「もちろんです、お父様」
バルマード様が使用人たちを一斉に下がらせると、私がさっき挙げた魔法について説明を始めてくれた。
「エストちゃんが覚えてる魔法は全て神聖魔法だね。今までそんな気配は微塵も感じなかったけど、エクスが付く魔法はどれも最上位魔法だから魔力が足りないって説明は合ってるよ」
そういえば、バルマード様って剣の達人なだけじゃなくて大魔法使いでもあったんだ。
私の魔法なんてインチキっぽいけど、ウィル君もローゼさんも含めて、この家族そろって天才って感じがする。
バルマード様が「【鑑定】スキルを使ってもいいかい?」って聞いてきたから、私は小さくうなずいた。
なんでも心を開いていると、詳細が分かるらしい。
「やっぱり文字化けして見えないね。つまりエストちゃんの言ってることは本当なんだろうね」
バルマード様は次にローゼさんを見て、「魔力をバイパスしてあげて」って指示を出す。
するとローゼさんが私の方にスッと手を伸ばしてきた。
「エストさん、私と手をつなぎましょ。一時的に私の魔力をエストさんが使えるようにしますので、お父様に向かって『エクスキュア』を放つイメージをしてみてくださいね」
え、ちょっと待って!?
ローゼさんと手をつなぐ瞬間、細くて柔らかい指が私の手に絡まってきた。
まるで恋人つなぎみたいで、恥ずかしさが一気に顔にのぼりそう。
次の瞬間、ローゼさんから膨大な魔力が私の体に流れ込んできた。
なんだか自分の力が一気に大きくなったみたいで、不思議と心地いい。
一時的とはいえ魔法が使える実感がじわじわわいてきて、ちょっとテンションが上がってくる。
「エストさん、準備は大丈夫ですか? できたらお父様を癒すイメージをしてください」
ローゼさんの優しい声に促されて、心の中で『エクスキュア』って念じてみる。
次の瞬間、バルマード様が一瞬にして膨大な光の塊に包まれた!
パーッと周りがホワイトアウトするくらいまぶしい光が広がって、一瞬何も見えなくなった。
そのタイミングでローゼさんがそっと指先を離して、私の初魔法が終わりを迎えた。
成功したのか失敗したのか、ドキドキしながら様子を見た。