01 序章:転生先は問題児
はじめまして、アヤコと申します。
初投稿ですが、温かい目で読んで頂ければ幸いです。
どうぞ、よろしくお願いします。
「あれ、もう朝!? ⋯⋯なんで目覚まし鳴ってないんだろう。って、ここどこ?」
私はあわてて半身を起こし、辺りを見回す。
そこは絹のカーテンがそよぐ、中世ヨーロッパ風の豪華な部屋だった。
ベッドからそっと降りて、室内を確認するうちに、花の彫刻が施された鏡台が可愛らしくて、つい椅子に腰掛けた。
鏡に映った姿に、思わず息をのむ。
プラチナブロンドの長い髪に、朝日がキラキラと輝いている。
肌はきめ細かく白く、まるで陶器のよう。
澄んだ水色の瞳は、驚きに大きく見開かれている。
鏡をじっと見つめていると、どこかで見た気がするその顔に、急にズキッと頭が痛んだ拍子に我に返った。
「そういえば、昨日何してたんだっけ⋯⋯ 」
◇◇◇
私の名前は鷹崎みずき。
ファッションデザイナーという夢を叶えるため、服飾科のある高校に通う女子高生。
アニメや漫画が大好きで、子供の頃から落書きを重ね、そこから本格的にデッサンを学んだ。
特にカッコいい執事や可愛いメイドの衣装に憧れ、デザイン画を描いては型紙なんかもたくさん作ったけど、布代なんかにすごくお金がかかって。
その資金を貯めるため、コーヒーチェーン店でバイトに励んだ。
コーヒーを囲む人たちの笑顔に、仕事の疲れも吹き飛び、新しい夢が芽生えた気がした。
乙女ゲームにハマり、店長さんとゲームやコーヒーの話で盛り上がるうち、趣味が合うって素晴らしいと思えた。
ある夜、バイト帰りにまばゆいヘッドライトに照らされ、意識が暗闇に落ちた。
◇◇◇
もう一度、鏡をまじまじと見つめると顔から血の気が引いていく。
「ちょっと待って。この子って、あのエスト!?」
乙女ゲーム「レトレアの乙女」に登場するキャラの一人で、ファンの間で『アホ姫』と呼ばれる、エスト・スレク男爵令嬢。
ストーリーには一切絡まず、攻略対象と盛り上がってる時に限って、意味なく割り込んできて、せっかくのいい雰囲気を台無しにして笑いながら去っていく。
そんな悪役令嬢より厄介な、わがまま娘に転生しただなんて!
「神様、お願い、もう一度やり直させてーっ!」
私の拒絶も虚しく、十五年分のアホ姫の記憶が一気によみがえってくる。
これまであの子が積み上げたとんでもない黒歴史が全部、私がやったことになるなんて⋯⋯。
新しい両親になってくれた男爵夫妻に数々のご迷惑をかけ、使用人たちには偉そうな態度で考えなしの言葉を浴びせ、周囲を問答無用に困らせ続けている!?
ーーちょっと整理が必要だわ。
胸にゆっくり両手を当て、深呼吸しながらエストの記憶を一つ一つ確認していく。
「えっと私は、幼い日の自分を救ってくれたバルマード様にさんざん甘えて、贅沢三昧してきたの? その上、彼の一人息子をしつこく追い回してる!?」
バルマード・マクスミルザー公爵は、ゲームの舞台となるアカデミーの理事長。
魔王を退けた英雄で、ファンから「バルマード様」って親しまれてる。
その息子のウィル公子は亡くなった母の美貌を受け継いだ、麗しき貴公子。
攻略対象でもトップ人気だ。
彼の姿が鮮明に蘇ると、恥ずかしさで顔が熱くなる。
見た目だけは可愛いくせに、ヤバいわこの子。
その野性味あふれるポジティブ思考は、どこまで自分に都合が良いの!
警備の厳重なマクスミルザー公爵邸に、闇夜に紛れてムササビのように空を飛んで忍び込み、壁と同じ色の布に隠れて使用人の目をあざむくって、私は忍者か!
ウィル公子の寝室を目指して、毎日のように繰り返してきたなんて、どんだけアホでチャレンジャーなのよ。
「えーっと、朝になって寝室から堂々と出てくることが目的だったの?」
ウィル公子の気持ちを無視して、強引にくっつく事に執念を燃やしてたのね。
なにもなくても、寝室から出てくれば変な噂は広まる。
その全てを、お姉さんの悪役令嬢に撃退されてきたわけね。
スリッパで思いっきり顔を叩かれたところから、記憶がプッツリ途切れてる。
コンコンとドアが鳴り、驚いて飛び上がる。
なんとか気持ちを落ち着けて、「どうぞ」と返す。
「お嬢様、失礼いたします」
頭を下げて入ってきたのは、明るい茶色の髪を三つ編みにした女の子。
薄いそばかすがチャームポイントの、メイドのマリーだった。
でも、マリーが肩をすくめて少し緊張した姿に申し訳なくなる。
これまでの私の態度が、彼女をそんな気分にさせたんだ。
「マリー、これまで迷惑をかけてごめん⋯⋯」
「えっ、お嬢様、急にどうされたんですか?」
「これからは無茶は言わないから、安心してほしいな」
「あ、はい⋯⋯お嬢様がそうおっしゃるなら」
マリーが朝の支度にきてくれたけど、着替えくらい自分で出来る。
「お、お嬢様! その、お手伝いいたします!」
ふと、マリーの手が目に入るとひどく荒れて痛々しい。
「マリー、ちょっと待ってて」
引き出しから軟膏を取り出し、そっとマリーの手を包む。
彼女が驚いて身を固くするけど、構わず軟膏を丁寧に塗り込む。
「今までのバカなことは、ゆっくりでいいから許してほしいの。これからは、マリーとちゃんと話したい」
緊張で固くなった手が少しずつ柔らかくなる。
「その、お嬢様の手がすごく温かくて、心地いいです」
「これからは仲良くしていきたい。だってお友達になりたいもの」
「そんな、お友達だなんて⋯⋯私はただの使用人ですし」
そのままゆっくりと手を離して、ドレスを着るのを手伝ってもらい、軟膏を渡して「毎日塗ってね」と念を押した。
彼女の顔にほのかな笑みが浮かぶ。
「お嬢様、今日は朝食の準備が早めに整うそうです。奥様が楽しみにしてますよ」