危険な男と二人きり
旭くんの声に、みんな足を動かせてこっちへ向かって来る。
やばいと思ったあたしは、駆け足で第3高校を目指した。
「………………。」
途中からだったけど、撃退現場を見る事が出来た。
思い返せば、蘇ってくる千穂の動き。
本当に喧嘩が強いんだ。
「ちょっ…おい?俺さっき猪崎見たんだけど!」
「まじかよ、あいつ来ちゃったのかよ!!こえー…!」
校舎に忍び込んだあたしの耳に届く男子生徒の言葉
狭い廊下にすれ違うあたしを振り向いて、首を捻っている
制服が違うあたしが珍しいのだろうか。だけど男達はすぐに前を向き直し、言葉を続ける
「あれどこの制服だ…?見たことねー」
「つーかそれより猪崎だろ。もし機嫌悪かったら最悪。俺今から帰ろっかなー」
猪崎……?
後ろに振り返って、後ろ姿の男達をじっと見る。
よくわからないけど、怯えていた。
首を傾げたまま、隠れ場所を目指して歩く。
階段に足をかけた時、あたしの耳に大きな音が響いた。
ガラスの割れた音と、悲鳴。
「………………、」
この先に進むか、それとも引き返すのか迷う自分。
もし進んだら何かに巻き込まれてしまうかもしれない。
だけど、駄目だと思うと益々気になってしまう変な性格。
ゆっくりと階段を上り、ひょっこりと顔を覗かせて見る。
「………猪崎、お願いだ…やめてくれ」
「ああ?誰だよ。俺のホットドッグ落とした奴。だからお前も落ちりゃいいじゃん」
「べ、弁償するからっ…!助けてくれ!!」
目の前の光景に、あたしは驚いて口を大きく開けた。
猪崎と呼ばれるキャップを被った男が、男子生徒の胸ぐらを掴んで窓に追いやっている。
そしてガラスが割れて開いた窓に、男子生徒の上半身は窓の外へ。足はブラブラと宙に浮いている。
これは…どう考えてもやばいでしょ。
猪崎という男が手を離してしまえば彼はそのまま落下してしまう。
あたしは息をごくりと飲み、ぎゅっと拳をつくる。
「ううううっ…本当に何でもします!許してください…っ!!」
「…チ、次はねーぞ」
だけどもう心配はなさそうだ。
男子生徒の身体をぐんっと引いて、元の位置に戻している。
「ったく、食いもん粗末にしやがってよ。ケチャップ拾えねーし」
そして落ちていたホットドッグを拾い、息を吹きかけている。
キャップからぴょんと外跳ねしている赤茶色の髪。キラキラ光る拡張している大きなピアス。
こっちに向かって歩いて来るその男に驚いて、急ぎ足で隠れ場所へと向かった。
ドアを開け、直ぐさま閉める。
ぬわ~とした温い空気にもビックリして、クーラーのリモコンを探した。
「あー、もう。なんだったんだ」
冷や冷やしたよ、もう。
さっきの光景から想像すると、あの男子生徒がぶつかって猪崎という男のホットドッグを落としたんだろう。
そういえばさっきも違う男子生徒が噂をしていた。
凶暴なのかな…?
あれ?不良ってみんなそうなのかな。
だからこの学校は殆どの硝子が割れてたりするんだろうか。
ま、これも青春だな。
よし、クーラー付けてテレビでもみよう。
ピピ、と電源ボタンを押して豪快にソファーにダイブする。
と、同時にドアが勢いよく開いた
その音に身体が反応して、顔を向ける。
千穂たち帰って来たのかな?
そう思って笑顔を浮かべていたけれど、それは段々と曇っていった。
「……あ……ありゃ?」
「………誰だよ、お前」
ドアの前にいるのは、廊下で暴れていた人物。
猪崎という男。
「えっと、よ、よろしく」
「だからお前誰って聞いてんだよ」
片手を上げて振ってみたけど、男は顔色さえ変えない。
寧ろ、いかつさ10%倍増。
眉間に皺をつくって、こっちに向かって歩いて来る
ふかふかのソファーに頭が沈む。もうこのままめり込んでしまいたい。
腰を曲げて顔を近付けて来る男が恐くて。
「宮坂奈実、と申します!」
「ん。で、ここで何してんの?」
「えと…クーラー付けて今からタモさんでも見ようかなと思っておりました」
そう答えると、男の顔が歪む。
よく見ればこの男の顔も綺麗に整っている。キャップを深く被っているのが勿体無い。
「いい度胸してんじゃん」
「よく言われます」
「…褒めてねーけど。つか、なんでお前しかいねー訳」
「……ああっ!」
もしかしてもしかしてもしかして!
この人って、千穂を狙う男の一人なんじゃないか…?!
隠れ場所を見つけて、乗り込んで来たんだろう。如何にも喧嘩強そうだし。
「……あ?」
「生憎、千穂達はここにいないよ!!」
「見りゃわかるけど。」
「そ、そうか…!」
あたしの足の間に、自分の足を置く男。沈むのを目で追っていると、顔を覗き込まれた。
「つーか、千穂達って。千穂達の知り合い?」
ここはイエスと答えるかノーと答えるか。もしイエスと答えればあたしも仲間と判明されて殺されるかもしれない。
だけど、あたしはぶんぶんと頭を上下に振った。
「まだ何も知らないけど、お友達にさせて頂きたいと思っておりやす!」
「…頭、大丈夫?」
「それは、ほっぺかと」
無表情であたしのほっぺをぷにーと引っ張ってくる男。
銭湯にあった美白の湯にたっぷり浸かって来たんだ。さぞつるつるだろう。
そんな事を考えていると、開いたドアから声がした。
「ドラ奈実ー。お利口にしてたかーい?…あ。」
慌てて顔を向けるとそこには、口をぽかんと開けた旭くんと、眉を寄せている源。
そして無表情で近寄って来る千穂。
あたし達の前に立つと、低い声が振って来た
「律、何してるんだ」
そんな言葉に、首を傾げる。
意味がわからなくてそのまま千穂の顔を見ていると、あたしの目の前にいた男がソファーから離れた
「別に。それよりお前らどこ行ってたんだ?」
「心んとこ」
「へえ」
腕を頭の後ろで組む男に、今度は旭くんが近付いて行った
「お前また勝手に暴れやがったな。第2の野郎と」
「覚えてねー。どいつが第2の野郎か」
「…ったく、この自由人が」
やれやれといった感じで溜息を吐き、頭を抱えている旭くん。
一体、どういうことだ。
乗り込んで来たんじゃないの?
「もしかして、この人仲間?」
思わず指をさして千穂たちに問う。
失礼だと思い、直ぐに指を下げてみたけど男は気にもせず大きな欠伸をする。
その隣で旭くんがケラケラと笑っている。彼のツボがあたしにはイマイチよく解らない。
「ああ、こいつは律。一番手懐けんのが難しい奴」
「手懐けとか言ってんじゃねーよ、旭。源のが面倒くせー性格してんじゃねーかよ」
「あ?何俺の名前出してんだよコラ」
な、なんだなんだ。
仲間割れか?
「ふ、ふははっ」
目の前で繰り広げられる口喧嘩が可笑しくて一人笑っていると、頭上から声がする。
「腹減った。」
「ん?」
そのまま見上げて見れば、千穂の顔。
そして何故かあたしの頭に手を置く。
「腹減ったか?」
「そう言われれば減ってる!朝からなーんも食べてない!」
時刻はもう昼を回っていると言うのに。
「じゃー…」
「じゃー、じゃんけんで決めるとするか!」
千穂が何か言おうとしたけれど、旭くんの言葉に掻き消された。
じゃんけんで決めるとは、どういうことだろう。
不思議に思って視線を向けると、旭くんは腕をぐるぐると回して燃えている。
「えっ、じゃんけん?」
「負けたやつ、食堂で全員の飯買ってくっことー」
「ええっ?!もしかしてもしかするとそれって自腹?」
「そりゃー自腹っしょ」
「あ、やべ。俺五百円しかねーわ」
ポッケを漁りながら、五百円玉を取り出す源。
その源の発言により、負けたもの二人が買い出しに行くと決まった。
………そして渾身を込めたあたしのパーはあっさりと負け、
「あーあ、あいつら舐めてるわー」
「あはは…」
あたしとキャップ男の律が買い出しと決まった。
気まずい。
それにしても気まずいぞ。
廊下で堂々と煙草を吸う律くんと横に並んで歩いているけれど、
会話はないどころか、周りの視線が痛い。
廊下に座り込んでいた男子生徒達は、律くんの顔を見ると慌てて腰を上げる。
「…お前、それコスプレかよ」
「えっ?コスプレ…?」
横目にあたしの制服をじーっと見てくるので、胸元のリボンを掴んでみた。
「そんなの着てるから目立ってんだよ」
「えっ、コスプレじゃ…てか目立ってる理由あたしじゃないと思うけど!」
チミだよ、チミ。
それからはも会話もなく、ただ食堂へ向かって歩く。
そんな時、前を歩いている男子生徒二人の笑い声が聞こえてきた。
「ぎゃははははっ!あの輩、また朝から機嫌悪かったらしーぞ!」
「まじかよ!猪崎の野郎、誰かれ構わずキレてんもんなー」
……ち、ちょっとやばいね、あなた達。
馬鹿にした笑い声が響く長い廊下。
まさか、後ろに律くんが居るとは思っていないんだろうけど。
……ごっくん。
息を飲みこんで、恐る恐る振り向く。
律くんの顔はしれっとした表情で、フーと白い煙を出している。
「それにしても、知ってっか?あいつ、髪型の事弄られると余計に凶暴になるらしいぞ」
「あ?髪型?」
「そうそう、イシシ。ほら、ずっとキャップかぶってんじゃん」
「おー、確かに」
「あいつって実はテンパ……っぐほっ!!!」
言葉の途中で、男は豪快に倒れこむ。
隣に居た筈の律くんが、凄いスピードで男に飛び蹴りをかましたのだった。
一発KOの後、あたし達は食堂にやって来た。
「おら、お前何食うんだよ」
「……………。」
「なんだよビビッちまったのかよ。めんどくせ」
首を押さえて、あたしから顔を逸らす律くん。
食堂にあるメニューに顔を向けている。
言っておくがビビッた訳ではない。気になるだけだ。
「……ああっ?お前、」
「………………。」
じーーー。
「何、見てんだよ!」
そのキャップの下の髪が気になってしまうのだ。
ヤン毛は外跳ねなんだけどな。上がクルクルしてるのかな。
ぼーっと見ていると、律くんは貧乏揺すりをしながらオムライスを受け取っている。
そして、その場に置いてあったケチャップとマヨネーズを手に取ると、目にも止まらぬ早さでトッピングした。
……もはや、卵の部分が見えない程に。
「そんなにかけちゃうんだ」
「当たり前だろーが。ケチャップとマヨネーズをかけない奴がいんのか」
寧ろ、そんなにかける奴がいんのか。
そう突っ込みを入れたかったけど、喉の奥で止めて置いた。
どうやらみんなの分も、律くんが買ってくれたらしい。
「ありがとう」
「なんだ?お前もケチャマヨもっといんのかよ」
「いや、そのままがいい」
袋も全部持ってくれているし、嫌な人ではなさそう。
髪型に関しては、凶暴になるみたいだけど。
…ん?それだったら。
「アイロンしちゃえばいいじゃん」
「あ?なんの話だよ」
あれ?この時ってそんなに使われてなかったっけ…?
「あたしがストレートにしてあげるよ!!」
「……はっ?」