ストーカー撃退!
『あんたもきっと出逢うから、そん時は大事に…』
夢に、おばあちゃんが出て来た。それも何故か半年前くらいによく着ていたタンクトップ姿で。
何か、言ってたような気がする。
ほら、そこまで出て来てるのに、昨日から消し忘れていたテレビの音に掻き消される。
それにしても、鼻の辺りが痒い。
それに、身体が重い。
「……………。」
ゆっくりと瞼を開けると、目の前にはドアップの整った顔。
昨日確か帰った筈のこの男は、今日もまた狭いソファーの上であたしと眠っていたらしい。
「ちょっと、千穂。千穂くーん!」
ソファーからおりて、千穂の身体をゆさゆさと揺さぶってみる。
「…うるさい」
んん、と唸りながら小声で言葉を返す千穂。起きる気配はない。
「うるさいじゃないよ。昨日バイバイしたじゃん!」
そして、昨日と同じくこのタイミングでやって来る男が。
ドアを勢いよく開けて、
「グッドモーニング!」
親指を立てて、あたしと千穂を交互に見る。
「また君たちはイチャ…」
「違うから!朝起きたら千穂が居たの!」
わかっているのか、わかっていないのか。旭くんはうんうんと頷いて千穂を起こしにかかる。
これがベテランと言うべきか。一発で千穂を起こしてしまう。
と、いうか力付くで立たせていると言った方が正しい。
「……まだ眠い」
「心っちの計画、朝からでしょうが」
おっと、そうだった。
あたしは拒否されたが、今日は千穂の彼女の心っち救出に向かうんだった。
「…もう行く」
「つーか直接第1に行く予定だったじゃねーか。いつここ来たんだよ」
「夜中」
「なんだそれ、ドラ奈実もいつここ来たんだ?」
「あたしはずっとここにいたもん」
「やだやだ、この子本当に女の子じゃないわ、そして臭うわ」
「い、今から銭湯行くもんね!」
自分の腕をくんくんと匂ってみる。
当たり前だけど、ここはお風呂がついている訳じゃないから。
「ちょうどいいな。じゃ、俺らは心っちの所行きますか」
「ええっ、ちょっと待とう」
「待たねえよ。つか、寝癖ついてるから。早く行っといで。すぐ近くに銭湯あっから」
「えー…」
「えーじゃない、聞き分け悪い子ねアンタ。おじちゃんがお金出してあげるから」
「わーい、ありがとう!オヤジさん」
「そこはおじちゃんだろ。自分でおじちゃんって言ってんだから」
「どっちでも一緒だよ」
笑顔は怖いけど、ポッケに手を入れてチャリンチャリンといわせ、あたしの手に小銭をくれる旭くん。
数えると六百円くらいある。
「銭湯まで一緒に行く」
「こーらこら、千穂くん何言ってんの。君は真っ直ぐ第1高校目指すんだよ」
「銭湯行ってから向かう」
「千穂…言っておくけど、この子ゆずちゃんと同じ歳じゃないんだよ。一応。」
そこのオヤジよ。
真顔で何を言ってるんだ。しかも一応ってなんだ。
「知ってる」
「知ってんなら、大丈夫だろ。ガキじゃねんだから一人で行ける。一応。」
だから一応ってなんだ。
「ふんだ、一人で行けるもんね!」
鼻の穴を膨らませて、旭くんに詰め寄る。
旭くんは「なんで俺」と言って苦笑した。
ふんっ、と顔を逸らしてドスドスと歩いて此処を出る。
ドアを閉めた時、旭くんの低い声が聞こえた。
あたしが出て行ったのをいい事に、そう言ったんだろうけど。
「千穂、いい加減にしろ。あの子が勘違いする」
聞こえちゃったし、勘違いてなに。
「……………。」
考えてもわからないから、その足で銭湯へ向かった
学校の裏から数分の所にある銭湯。前に立っただけで独特の匂いがして胸がワクワクする
銭湯なんて、いつぶりだろう。
汗をかいていたあたしは、銭湯で身を綺麗にする事が出来た
「じゃー先に上がるねおばちゃん」
「あいよ。ちゃんと学校行くんだよ」
中にちらほら居たおばちゃんと仲良くもなれたし、きっとあたしも暫く常連になるだろう。
じゃ、戻りますか。
コレも手に入ったし、寄る場所もないよね。
右手に持ってあるピンク色のショップ袋を見て、にっと笑ってみる。
実は銭湯に行く前に急ブレーキをかけて隣の店に入ったのだ。五分で出たけど。
そこで購入したものは必要なもの。だけどやはり10年前でも都会は変わらず色っぽいものを売っている。
実は、おばあちゃんが買ってきてくれていたから何も言わなかったけど、あたしは憧れていたのだ。
上下セットのお洒落な下着に…!!
まさに今も装着している孫のプリチーさに、天国のおばあちゃんもさぞかし驚いているだろう。
あたしも一段、進化を遂げたのだ。
「ふふ。よし、戻ろ!」
ここからでも見える第3高校へと向かって駆け出した
が、すぐに足を止めた。
ふと、千穂たちの事が頭に過った。
「…………。」
今頃、もうストーカー男を見つけているのだろうか。みんなで力を合わせて撃退してるのかな。
心っちは大丈夫なのかな。
そんな風に考え出すと、ソワソワし始めて落ち着かなくなる。
足が、くるりと方向を変える。
「すみません、第1高校ってどこにありますか?」
近くを通ったおじさんに道を聞いて、北の方角を目指して駆け出す
別に、ちょっと気になるだけだから。
邪魔とかしないし、間に入ったりもしない。
遠くから覗いて見るだけ!コソッと!
目の前に映るのは、第3よりも綺麗な第1高校。
よりも、って事だからボロいと言われればボロい。第3が本当に酷いってのもあってこの建物が良く見える。
窓は普通に付いてるし、割れてもいない。
「……、そうだ…」
走って来て荒れた呼吸を整え、建物から正門へと視線を変える。
少し足を前に進めると、荒れた声が耳に届いた。
「んなもん出したら俺らに勝てると思ってんのかよ!」
この声は正しく源の声。
急いで建物の陰に隠れて、顔だけ覗きこんでみる。
視界には、太陽の光でより一層明るく見えるオレンジ色の源の髪。
その隣には、呑気に欠伸をしている旭くん。
そして、その瞬間耳元に響く鈍い音。
それはもう一瞬の出来事だった。
ストーカーらしき男の手には、ナイフが持たれていて、それをぶんぶんと振り回していた。頭に血がのぼって正気を失っているのか。
女の子の高い悲鳴が聞こえたかと思うと、ナイフは地面に落ちる。
「……………、」
あたしは思わず息を飲み込んだ。
無表情の千穂が目にも止まらぬ早さで腕とお腹に蹴りを食らわせたのだ。
その後、倒れこんだ男の腹部を足で押さえつけている。
只者じゃないその動きを見るのは、これで二度目だ。
汗がだらりと頬を過る。
これで、ストーカーは撃退出来たみたいだけど。
「てめー、何ひとりでやっちゃってんの。こんなザコ俺が一発で仕留めようとしたのによー」
「うるせえ、この男が悪い」
千穂は倒れこむ男を軽く蹴り飛ばして、綺麗な髪を後ろに流す。
そしてその指は、隣にいる女性に伸びた。
瞬きをするのも躊躇うくらいの、綺麗な女性の顔へと。
「…千穂、これでやっと安心できる。ありがと」
「ああ」
横顔しか見れないけど、千穂が優しい表情を向けているのはよくわかる。
「旭も、源も。ありがと」
それにしても、なんて可愛いんだろう。ハーフみたいな顔のつくりに、ハニーブラウンの長い髪。スタイルも抜群でミニスカートがよく似合っている。まるでお人形の様だ。
「チ、別にお前の為なんかじゃねーよ」
「はは、でも来てくれたでしょ」
「だからお前の為じゃねーっつってんだろ。こっち見てんじゃねーよ」
そして源は、あんなに可愛い子にもそんな態度を見せるのか。ありえなさすぎる。やはりゲイなのか。
「それより、騒ぎになって来てっから退散すんぞ。こんな時に第2の野郎達に見つかったら厄介だ」