出かけましょ
ぽかんと旭くんを見つめていると、急に源がこちらへ振り向く。
「つーかお前何馴染んでんだよ。さっさと出てけや。キチガイちゃんはおべんきょでもしてろ」
「………は?」
「は?じゃねーよボケ。あ、そうだったそうだった。あれ忘れてた」
「あ、やべ」
小さく漏れた言葉。ラッキーと思って昨晩食べてしまったあのアイスは源のだったんだ。
「………あぁ?!」
素早く振り向いてギロリと鋭い瞳で睨む源。
あたしは顔を背けてピューピューと口笛を吹いてみた。
が、
「ピ……ううううう」
「てめーか、あ?何俺が楽しみにしてたもん食ってんだよ、あ?」
源に両頬をがっしり掴まれ挟まれている。
「あっはは、仲いいな」
「オヤジ、ぶっ殺すぞ!」
アイスだけでそんなムキにならなくてもいいのに。
そう思って小さく溜息を吐く。
すると、源の指が頬を突き刺して来た。
「……おい、」
近くから聞こえた低い千穂の声。
その声にあたしはパアアと花開く。
神!!助けてくれるのね!
「……アイス食いに行くぞ」
だけど、そんな言葉にツルッと足元が滑りそうになった。
隣でクスクス笑う旭くんと、眉を寄せたままあたしの頬から手を離す源。
「……アイス?」
「今から行くぞ」
そしてぽかんと口を開けているあたしへと近づいて来て、乱暴に二の腕を掴む。
そこは手首とかにしようよ。地味に痛い。
会話の途中でハッ、とした表情を浮かべて歩き出す。さっきまで眉間に皺を寄せていたのに、口端を上げた機嫌の良さそうな顔へと変化した。
なんなんだ、急に。
何を思い出したのかは知らないが、あんたもよっぽどの変人だと思われる。
源を目で追っていると、冷蔵庫へと近づいて冷凍のドアを開けている。
「………………あ?」
数秒、その場で固まったまま動かない。
そして次の瞬間、壊れた。
「―――んだゴラざけんな!!」
そう叫んで開いていたドアを思い切り蹴った。そのせいで閉まるどころかボコっとへこんでしまっている。
…な、なにが起きたの。
「俺のハーゲンダッツ食った野郎はだれだボケェェェ!!!」
お洒落な内装。笑顔満天の可愛らしい店員さん。
そして四人掛けテーブルでアイスを食べるあたし達。
何故かあのまま学校近くのアイス屋さんまでやって来た。
昨日も千穂とアイスを食べたけど、この男もよっぽどのアイス好きなんだろうな。うん、アイスが似合わないけど。
それにしても、さっきから他のお客さんが制服姿のあたし達をチラチラと見てくる。
あたしの隣には千穂。正面には旭くん。その隣には源。
「つーか、まじ馴染んでるよな」
スプーンで抹茶のアイスを掬いながらあたしを見て笑う旭くん。
すかさず入ってくる源。
「ったく、なんでこんなキチガイが俺らといるんだよ」
「いいじゃん、あたしが誘われてなかったら源だってここに来れなかったんだもんねー」
「…うっぜー、まじうっぜーこいつ。俺のハーゲンダッツ食ったくせによ」
「過去の事をグダグダ言う男はモテナイゾ」
人差し指を立てて可愛らしく揺らしてみると、源はテーブルをガンッと思い切り叩いた。
そのせいで周りの視線は集中する。
「お前絶対それ食ったら俺らに近付くなよ」
うるさい源から顔を逸らしてモクモクと冷たくて美味しいアイスを食べる。
静かに食べていると、旭くんが携帯を取り出して話を切り出した。
「律の奴がまだ来てねーからあれだけど、そろそろ動かねーと駄目だろ」
明らかに、さっきの声のトーンとは違う声。それにピクッと小さく肩が跳ねた
「…チ、どっちみち律の野郎は動かねーから居なくても一緒だろ」
「まあな。で、俺が調べたところよ。第1らしいんだわ」
「あ?第2じゃねーのかよ。つまんね」
何の話かはわからないが、あたしが入る様な話ではない事は勿論わかる。寧ろ、あたしもいるのに真剣な話しちゃっていいのって感じ。
「つまんねーとかやめろ。つーか、黙ってっけどお前の事なんだからよ、千穂」
「……ああ」
ひとり寂しくアイスを食べるあたし。他の三人のアイスは溶けてきちゃっている。
「お前の女じゃなけりゃ俺らも動かねんだからよ」
「ああ」
「とりあえず、心っちに被害あってからじゃ遅ぇしよ」
女……?
千穂って彼女いるんだ。
いや、それもそうだよね。こんな美形な男なんだもん、彼女の一人や二人くらい。
そう思いながらアイスをスプーンで掬って、口にパクりと入れる。
「なんとかする」
千穂の低い声が耳に響く。
話の内容からすると、千穂の彼女が何かあったって事なのかな。
「で、そいつをどうやって誘き出すんだよ」
真面目な声を出しながらカップに入った溶けたアイスに口を付ける源。そのまま吸い込むのであたしはドン引きした。
それに突っ込みを入れたかったけど、明らかに真剣なムードなので触れないでおく事にした。
「心っちに協力してもらうしかねーでしょ。第1の門の前に立たせてさ。どうだ、千穂」
「…何かあったら俺そいつ、殺すぞ」
―――ゾク、
千穂のそんな冗談に聞こえない言葉に、鳥肌が立った。
元々、ヤンキーに興味はあったけど、次元が違うような気がする。
本気で危ないかも。
この時代にタイムスリップしたのには何か訳があるとふんでいたんだけれど、
この男たちとは関わっていいのか謎。
「あ、あたしそろそろ帰っちゃおっかなー」
重い空気を壊すように、片手を上げながら言ってみる。
空気をぶっ壊したので三人の視線はあたしに集中する。
「…あ?帰る?おー、とっとと帰れよ」
「またね、えと…名前なんだっけ」
「奈実。あ、教えちゃった」
「え、なにそれ。ひでー」
ケラケラ笑う旭くんに苦笑いで返した。
あたしが帰るとわかって、嬉しそうな源。さっきアイス吸い込んでた癖に生意気な奴。
「じゃ!」と立ち去ろうとすると、千穂の声がする。
「帰るな。」
「……はい?」
「だから、帰るな。」
結局引き止められて椅子に座り直した。
正面に座る旭くんは、そんなあたしを見て苦笑している。源は生意気に舌打ち。
「あ、もしかして気ぃ使った?悪い悪い」
「…え?」
「俺らがこんな話してたからだよな。まあそこは気にしないで」
旭くんはそう言って、あたしの隣に座っている千穂に視線を向けた。
わかる。変な男だよ、ホント。って思ってるのよね。それあたしも今思ったよ!
「どこが気ぃつかってんだよ。つーかなんでこんなキチガイ引き止めんだよ、千穂」
「…こいつも危ないかもしれねえ」
「あん?頭が?」
や、つーか黙ろうよ。
だけど千穂はその発言をスルーした。そして、あたしの頬に人差し指を伸ばして、スーッとなぞるように触れる
「………ぎゃ!!」
突然の理解出来ない行動に身体がビクッと跳ねた。そして心臓もフル活動し始める。
「……アイス。」
どうやらあたしったら頬にアイス付けちゃっていたみたいだわ。ほんと我ながらお茶目。
「…って、うあああああ!」
「うるせ」
「ほら~、千穂が余計な事するから」
そんなもの千穂が拭わなくてもいいのに!しかも指じゃなくても…!
一度、指も舐められた事があるが危険だ。
「一緒に行くから、帰んな」
もう一度言う、この男は危険だ。
しれっと何もなかったかの様な方向へ向いてしまっているが、どうしてくれるよ、あたしの心臓を。
「しかも行くってどこへさ!」
「そうだ千穂、このキチガイ連れてくとかラリってる事言うんじゃねーぞ。」
「もしかして心っちが危険な身にあってっから、ドラ奈実も一人で居るのは危険っていう考え…?」
「え…ド、ドラ奈実…」
「っざけんなよ、こいつが狙われる訳ねーだろ。こーんなブスが」
カチーン。
確かにブス寄りだけど、そんな言い方されるとあたしのおデコに怒りマークが付くぞ。
「…あはは」
そして笑ってないでフォローしてくれ、オヤジよ。
「ふーんだふーんだふーんだだっふんだ」
「……やばいって、こいつまじやばいって」
ちょっと顔がいいからって、あんたみたいなお口の悪い人間はダメダメよ。
ところで、何故心っち…だっけ?
千穂の彼女は狙われてるんだろ。
「……………。」
聞きたいけど、ここで聞いたら絶対空気読まない子だよね。
だけど、呼び止める癖にそう言った話には入れないっておかしいよね。
あたしだけ暇じゃん。
「つーか、明日女呼び出せよ。門の前で立たせろ」
「出てくっかわかんねーけどよ、早く片付けてた方がいいな」
「わかった」
ふーんだ。あたしは大人しくアプリでもやってるからいいもんね。
iPhoneを取り出して、指でタッチして画面を開く。
最近ハマッていたエノキの栽培。
「うおっ、ずっとやってなかったからカビだらけ」
スカートの上にiPhoneを置き、何度もタッチしてカビを消す作業をする。
「カビ…?」
すると横から千穂の顔が近付いて来た。
あたしのiPhoneを見て、不思議そうな顔をしている。
それが可笑しくてポンポンと画面を指で叩くと、今度は顔を顰めてしまった。
「そこ、何コソコソしてんの。つーか千穂、お前の女の事話だっつってんだろ」
「その話はもうわかった」
「わかったって?明日心っちを立たせる事に了承?」
「ああ」
「ね、ねえ、心っちに何かあったの?や、あたし関係ないんだけどちょっと気になって…」
途中で話に入っていったせいか、辺りがしんと静まり返ってしまった。
わっはっは。なんてこったい。
片手を前に出して「ソーリーソーリー」と苦笑してみると、源が哀れな目で見てくる。
「はは、まーこんな話ばっかしてたし気になるわな、ドラ奈実も」
「ドラ奈実言うなし」
「心っちっつーのは、同じ第3にいるそれはもう君とは比べものにならないくらい可愛い子がいてね」
「え、オヤジ一言多くない?」
「お前もな。」
そっか。心っちはスーパー可愛いのか。
そりゃーこの美形の千穂の彼女なんだもんね。
っていやいや、そうではなくて!
「で?」
「聞いてたと思うけど、千穂の女なんだけどよ、それがその心っちが罪並に可愛いから悪質なストーカーに困ってる訳よ。助けてやんなきゃいけねーじゃん?」
「別に俺はどうなろーとしった事じゃねーけどな。俺あいつ無理だしよ」
「こらこら源ちゃん。千穂が怒っちゃうぞ」
「別に源がどう思おうとどうでもいい」
なんだなんだ、源は心っちが苦手なのか?
あ、わかった。ほほーう、そうかそうだったのか。
「源ってあれか、もしかしてもしかするとジーエーワイか?」
「…殺すぞまじで。誰がゲイだボケ」
「話ズレるからドラ奈実少し黙ろうか。」
「つーかな、俺は千穂がなめられてんじゃねーかって思うと腹が立つから協力するだけなんだぞ」
「別に俺は一人でもいける」
旭くんの話を聞くと、其れなりにわかった。
あれだ、悪質ストーカーを撃退!
「………………。」
なんかさ。
なんかさ、それってちょっと楽しそう。
うん、なんか楽しそう。
「ねえ、それってあたしも行っちゃ駄目?」
「…………は?」
「…………は?」
「…………は?」
三人の声が見事にかぶった。これはすごい。
「羨ましいな、仲良し三人トリオ」
あたしには、ほら。今まで悲しい事にちゃんとしたお友達なんて居なかったからさ。
学校でも浮きまくっていた存在だからさ、こういうの羨ましいなって思う。
「突っ込みどころが多くて困る。まず俺たちのその呼び名うけるから」
うけるとか言っときながら全然笑っていないオヤ…旭くん。
「だって三人ともお~んなじ反応するんだもん!」
「や、お前の頭が可笑しくてつい出た反応だろうが」
くしゃっとアイスのカップを潰す源。カップがえらくスマートになってしまった。
千穂はというと、突然椅子を引いて立ち上がりあたしをじっと見下ろしている。
下から見上げて千穂の顔を見る。うん、直視するのは難しい。
キラッキラと輝いて見えて、霞んでいるあたしにはこの男はやはり眩しい。
「お前は連れてかねえ」
一言。あたしにそう言うとフイッと顔を逸らす。
がっくし。
やはりそう上手くいく訳がないか。
お前には関係ないだろ、とそう言われてしまえば本当にその通り。全くもって関係ないもん。
「当たり前だ、まじラリッてんだろお前」
「本当変わってるなー。行きたいという気がしれないわ。さすが千穂が匂うと言った女だな」
「え、そこ臭さ関係なくない?夏だからしょうがないじゃん。誰だって汗はかくもんなんだよ」
「そういう意味じゃねーから。噛み合わねーなー」