第3高校の不良面子
黒色の携帯を耳に付けたまま、あたしと千穂を交互に何度も見る男。
口をぽかんと開けたこの男もまた、途轍もなく綺麗な顔をしている。髪はミルクティーブラウン色でふわふわ。そして何故か大人っぽい。
昨日から、今まで見たこともない美形が次々と現れる。
「朝からやるじゃねーか千穂!」
ニッ、と白い歯を見せて携帯をパチンと閉じて終い、駆け寄ってくる男。
煙草を吸い始めた千穂の肩をゆさゆさと揺さぶっている。
駄目だ、ついていけん。
「……旭、うるさい」
「だーって千穂が女連れ込んでっからよー」
「連れ込んだんじゃねえ」
「あっはは、朝から盛んだねー」
やばい、本当についていけん。
「心っち、まーた怒っちゃうね」
「だからうるせえ」
肩をバシバシと叩かれて本当に嫌な顔をしている千穂。顔を逸らして不機嫌そうに煙草を灰皿に押し付けている。
あたしはそんな二人から顔を逸らしてiPhoneを取り出した。
時刻をみれば本当に朝だ。がっつり寝ちゃっていた事がよくわかった。8時過ぎって事は生徒がもう登校して来る時間だろう。
「でもさー、あんま入れちゃ駄目よここは。バレちゃ厄介だかんな。しかもこの子…」
そこまで言って、あたしをじっと見る男。顔は笑顔だけど、どうも目は笑っていない様に見える。
「どう見ても他校だよな」
きっと、あたしの制服を見てそう言ってるんだろうけど。今日から一応転校するって事になってる訳で。
「あたしも今日からこの学校の生徒」
「…へえー」
顎に長い指を置いて、じっくりとあたしを観察してくる
「ところでそれはなに?」
そう言って不思議そうな顔をして、指をさす。その先にはあたしの持っているiPhone。
そこで、あたしはゴクンと息を飲んだ
ざわざわと胸が騒ぐ。
昨日、軽く考えていた事が現実。それに気付いた瞬間だった
「……こ、れは」
iPhoneだよ。あなたがさっき使っていた携帯の進化したもの。
それを知らないって事は、やはりあたしは―――
「なにそれ、ゲームか何か?」
「―――あたしやっぱり魔法使いなんだわ!!!」
「………は?」
あたしの事をひいた目で見た後、人の顔に指差して、千穂へと視線を向けている。
「この子千穂の仲間?変わった子?」
それってあたしにも、千穂にも失礼じゃないか…?
「本当だよ、ドラえもん的な感じなのあたし!」
「…うん、やっぱそうだ。それとドラえもんは魔法使いじゃありません」
「いや、本当に……!」
「わーった、わーったから。ちょっと黙ってようか」
そう言ってあたしを黙らせて、千穂の耳元に顔を近付けヒソヒソ話をしようとしている。
「女連れ込んでると思ったら似たもの同士で交信でもしてたのか?」
「……………。」
聞こえてますから。意外と声の音量大きいから。
でも、あたし本当に
今10年前の世界にいるんだ。
何故そんな事が起こっているのかはわからないけど、
だけどもしかしたら――――。
「あー、ドラちゃん」
さっきまでヒソヒソ話をしていた茶髪と男が手をくいくいと曲げて雑にあたしを呼ぶ。
しかもさっき否定した癖に、ドラちゃんって。
「なに」
「なにじゃなくてよ、多分もう少しで面倒な奴来んのよ。だから今の内にここから出て行った方がいいと思うよ」
「面倒な奴?」
首を捻ってみると、額に手を置いてやれやれといった形でわざとらしく溜息を吐く。
「ここはね、俺ら第3の特定の奴らの隠れ場みたいな場所な訳よ」
「隠れ場…」
「そ。あんま知られちゃったら乗り込まれるじゃん?わかる?」
「わからない」
乗り込まれるって、何故?誰に?
昨日喧嘩していた人達にって事かな?
「千穂の事は知ってんだろ?みんなこいつの事狙ってっからよ、だからここに常に潜んでる訳よ」
「そんな言い方やめろ。別に俺は普通に外に…」
「話こじれっからお前は黙ってろって」
途中で入って来た千穂は、お叱りを受けて顔を歪めている。
「…でも昨日外にいたよ」
外って言っても学校内だったけど、確か他校の生徒が乗り込んで来ていたのか喧嘩してた。
「………お前、出たのか?」
あたしの言葉に、顔色を変えた目の前の男は無表情で千穂へと振り向く。
「源がゆず達預かってくれって言ってきた」
「…第2の奴ら来たか?」
「……弱いのなら来た。」
「ったくよー。お前の能天気さには毎度呆れさせられるわ」
二人の会話を聞いて、あたしは疑問に感じていた。
何故、千穂は狙われるのだろうかと。
だけど、そこでふとヤクザのおっちゃんの言葉が頭に過った。
『学校しきって頭になる奴らもいねーし、平和だよなー』
『そう考えたら俺らの時代、すごかったよなー。あの人とか』
ヤクザのおっちゃんが高校生だったのは、ちょうど10年前でまさに今と同じ。
この頃は不良のレベルが凄かったって事なのかな。
よくわかんないけど、強いから狙われるって事なのかな?
「…あ、やべ。来ちまったよ」
そう言って、ドアの方を見て口元を覆っている茶髪の男。
そんな声にあたしも視線を向けると、ドアに付いている小さな窓にオレンジの物体が見えた。
「………ん?」
勢いよくドアを開くと、その物体が何なのか解った。パリパリの髪の毛だ。
「ったく朝から苛々半端ねえっつの」
口から出て来た第一声が、誰に言っているのかさっぱりわからない言葉。
この怠そうな声、そしてこの顔。今日は派手な髪にカチューシャをしてオールバック。
正しく昨日お好み焼き屋さんで会った性格の悪いヤンキー。
部屋の入り口をわざと塞ぐように、茶髪の男がドアに手をかけている。
「朝から喧嘩ふっかけられたのかよ」
「朝からそんなラリってる奴がいてたまるか。つーか聞けってオヤジ、今日アニメやってなかったぞ」
「へー」
突っ込みどころが満載すぎて、困っちまうな。
茶髪の男の制服の内ポッケからジッポを取り出しているオレンジ。
自分のズボンのポッケから煙草を取り出して人差し指でポンポンと叩いて出てきた一本を口に咥えている。
「つーか、どけよオヤジ」
「…お前俺が面倒な事がいっちゃん嫌いなの知ってんだろー?」
「あ?」
「とりあえず、あれだ。朝飯でも買って来い」
「…ふ、ふふふ」
二人の会話を遮るように部屋に響いた笑い声。
可笑しくて仕方がなくなかってしまったあたしは、肩を揺らして笑った。
だってオヤジって…ふふ。オヤジって。
だけどそのせいで、オレンジが暴走したのか茶髪の男を押して中に入り込んで来た。
そして目と目が合う。
「…ああっ?!」
あたしの顔を見るなり、これでもかって程眉に皺を寄せるオレンジ。
そしてドスドスと歩いて来て、迫力のある顔を近付けて来る。
「……あちゃー」
隣からは、茶髪男のそんな溜息混じりの声が聞こえてくる。
顔をそっちに向けようとすると、耳がキーンと響いて痛くなった。
「てんめここで何してんだよゴラ、ああっ?!」
オレンジが舌を巻いて怒鳴るから。
「やだ、顔近い。唾飛ぶから」
両手を前に出して防御をつくると、オレンジは口元をヒクヒクとさせている。
「どういう事だ!千穂、旭!!なんでここにこのキチガイがいんだよ!!」
矛先は千穂とオヤジへと変わる。
朝からキンキン煩い男だな。
「俺が寝ようとしたら、もういた」
「…あ?」
千穂の答えた言葉に、煩いオレンジは再びあたしへと目を向ける。
そして。
「いたいいたいいたいいたい」
「てめー野宿しろっつっただろーが!何厚かましくここに来てんだよキチガイ!!」
首根を掴まれ、追い出されようとしている。暴れるが、細い割に力が強い。
「ひっどい!!昨日の恩を忘れたのか?!」
「あ?んなの知らねーよ」
「あたしの魔法で痛めつけてやるぞ!いいのか!」
「……………。」
オレンジはわざとらしく「はーーー…」と長い溜息を吐いて、やれやれと言わんばかりに首を横に振る。
「ち、ちょっと…」
「ラリってる奴は相手にしないと決めてんだよ」
む、むっかつくな~。
失礼な目の前の男にイラッとしていると、茶髪のオヤジが口元を緩めながらやって来る。
あたしの頭の後ろにあるドアに手を置いて、目を細めて笑う。
「へえ~、源とも知り合いだった訳ね。」
あたしに放ったと思われる言葉。だけど侵害だ。この男とは知り合いとまではいかない。
「やめろてめー、気分わりぃー。こんな変な奴知らね」
「いやーびっくりびっくり。千穂と一緒に寝てたのもびっくりしたけど」
「…………は?」
「んなっ……!!」
オヤジがいらぬ事を口走るから慌てて口元をおさえる
オレンジは顔を引き攣らせながら、部屋の中にスタスタと入っていく。そしてソファーにぽかんと座っていた千穂の顔を覗き込んで何かを言っている。
後を追って聞き耳をたてるあたしとオヤジ。
「お前、前々から思ってたけどまじ女の趣味悪いよな。素でひくわ」
「…ん?女?」
「おらよ、あれはねーぞ。お前ならもっと他いんだろうがよ。」
そう言ってあたしを顎で指すオレンジ。
あのさ、聞こえてますよ。
「あいつ、何か匂うから」
「んあっ?!何だよあいつまさか臭いってか?いいとこねーなー、ぷはは」
うそだろ、あたし臭かったのか!
くんくんと手を上げて脇を臭おうとすると、隣のオヤジに止められた。真顔で首を横振っている
「違う。なんか、わかんねーけど」
小さくそう呟いた千穂は、あたしをギロリと綺麗な瞳でじっと見つめる。
「…………な…なにさ!」
ドキン、と跳ねる胸。
やはりそんな綺麗な顔に見つめられるのは心臓が持たない。
そんなあたしの肩に、腕を回すオヤジ。
「似たもの同士の匂いっつー奴?変な子だもんねー、ドラちゃんも」
「ド、ドラちゃん言うな!オヤジめ!」
「お?言うねー」
オヤジと言われたのが気に食わなかったのか、回した手をぎゅうぎゅうと力をいれてあたしの肩を痛めつけようとしてくる。
「だ、だってオヤジなんでしょ!」
オヤジの手をペチンと叩いて、サササと素早く距離を取る。
「んだよ、誰だよ教えたの。源かー?」
教えたも何も、そう呼ばれてたじゃないか。
オヤジはオレンジ頭の源の方に顔を向けるも、千穂と何やらコソコソと話しているので諦めてあたしへと向き直した。
「ん、まー。確かにお前よりも3つも上だけどよ、でもオヤジだなんて侵害だわ。あの源の野郎がたまに馬鹿にして言ってきやがるけどよ」
ん?
「……ん?3つ?」
「あ?20だもんよ俺」
「…………は?」
頭がフリーズだ。ハタチ?
ハタチってなんだ?だだだって学生なんじゃないの?
「……なにその反応」
「えっ?!まさか先生?!」
「………は?誰が?」
やばい!全然噛み合わない!!
目の前の男の正体がわからなくて、頭がプチパニック。
「まさか知らなかった?俺、ダブり魔。」
衝撃事実に目を丸くさせて驚いていると、すぐ近くからコソコソと声が聞こえてくる。
「ダブり魔って、胸張って言う事じゃねーよなー」
「…かっこ悪い」
「だよな。恥ずかしくて俺だったらありえねー」
あたしにもこの二人の会話が聞こえているということは勿論この人にも聞こえている訳で。
「んー、とりあえず黙ろうか」
隣からは殺気の様なものが見える。笑顔で手までコキコキさせちゃっている。
「ま、まあ、オヤジにも事情があんだよね!」
「オヤジ言うな」
「…えと、旭くん…だっけ?」
「それでよろしい。」
さっき見えた殺気はシュルシュルと消え去って、今度は少しドキッとするような爽やかな笑顔を浮かべた。
その表情から少しばかし目を細めて、千穂と源の方へ向く。
「…………?」
何か想いが込められているような、そんな顔。