気付きました
『―――……誰も…来てくれない…』
あの頃の、中学の頃の事が頭に過る。
ひとりで、小さなベンチに体育座りをして一夜を過ごした日の事。
あたしには、おばあちゃん以外他に誰も居なかったから。
「――――危ねっ…」
「………えっ…?!」
ぼーっとその場で突っ立ったままだったせいで、突然公園から猛スピードで飛び出して来た自転車に驚いた。危うく衝突する所だった。
キキィ、と音を立ててブレーキをかける男。深くキャップを被っていて顔はよく見えない。
「…そんな所にいんな。つーかその公園には入るなよ」
「え……」
ぽかんと口を開いていると、男はすぐに自転車に跨って去って行った。
入るなって…?
そのまま後ろへ振り返り、公園の中を覗くと単車がズラリと並んでいた。
…そういう事か!
あたしは言われた通り公園に入らず、違う方向へと足を進めた
公園が無理なら他に限られている。お金のかからない場所。
向かう先は―――
「……ん?」
チャリン、と足元で音がする。目線を下ろすと、光るシルバーのリングが付いたネックレス。
屈んでそれを手に取ると首を傾げた。
さっきの男の人が落としたものなんだろうか。
そんな事を考えながら、カバンの内ポケットに締まった。別の日に、警察にでも届けよう。
それから向かった先は、薄暗い静かな場所。
今日の昼に来た、第3高校。
柵に手をかけて、うんしょうんしょと登って中へ侵入する。
こんな簡単に入れるとは喜ばしい。だけど、荒らされたりしないのかなー…?
…や、もう荒らされたも同然だよね。
落書きは凄いし、窓もガムテープ貼りまくってボロボロ。
校舎へと進み、長い廊下を歩きながらキョロキョロと辺りを見渡す。
暗いこの場所で活躍するのがジャッジャジャーン。
「アイフォ~~~~ン!」
そう言いながらポッケから出したiPhoneを天に向けて上げる。
うん。使う時がきた。アプリの懐中電灯。
光を頼りに、眠れそうな場所を探す。残念ながら保健室の鍵は閉まっていた。
そしてあたしは見つけてしまった。
学校にある筈がないすんばらしい部屋を――。
そして、知ってしまう事になるんだ。
ウイイイイィィィィン。
「うっはー、天国ぅー」
あたしの身体に冷たい風を届けてくれるクーラー。
ピピ、とリモコンで温度を上げるとソファーの上に放り投げた。このソファーもまた、肌触りが良くて気持ちがいい。
あたしはなんていい場所を見つけてしまったんだ。
ここがなんの教室なのかはわからないが、第3高校の素敵さに感動した。
ボロいと貶してごめんよ。都会をなめてたわあたし。
都会には、こんな部屋みたいな素敵なものがあるなんて。
辺りを見渡せば、小さな冷蔵庫やテレビに、ゲームまである。あたしの持ってるものより一つ古いプレステ。
他に目に写るのは、白い壁に貼られたアイドルのカレンダー。
「わ、懐かしー」
誰が貼ったのかわからないが、あたしが小学校一年の頃に流行ってたアイドル。綺麗な衣装で着飾ったアイドルは満面の笑みをあたしに向けている。
そういえば、ヤクザのおっちゃんが昔好きだったような。おっちゃんが高校生の時。
ふと、目線を下にさげると年月を表しているカレンダー。
「………ん。」
ちょうど、今から10年前のものだ。
だけどどうしてわざわざ10年も前のカレンダーを……。
あれ?なんだろう。この胸の違和感。
「…さっすがに、ねえ?」
再びカレンダーに目を向けて苦笑してみる。
「……まさかね」
少しの間を空けてから、コテンと首を傾げてみる。
アイドル好きな人間が貼ったとも考えられる。だけど、これは偶然なのか。
よく頭を捻って考えてみれば、どうもヤクザのおっちゃんのカフェを出た辺りからおかしい。
……もしかしてあの、倒れた事と何か関係あったりするのかな?
だって、目が冷めたら変わってた。
おっちゃんの言動は、全て違ってる。不良達は派手に暴れていたし、学校はボロいし。
ん、ちょっと待て待て。落ちつけ。
だってそう考えるとあたし、10年前にタイムスリップしてるみたいじゃん。
うん、ないない。あんなの漫画や映画だけの話。
だけど、そうだと考えると納得がいく……かもしれない。
都会の新しい生活ではなく、凄い所に来ちゃった事になる。
「…ふふ、ふふふ」
なんだろ。
そんな有り得ない事が、何故かこの時は可笑しくてしかたがなかった。
ヤクザのおっちゃんはあたしと暮らす事を凄く楽しみにしていたと思うけど、胸が騒いじゃっている。
だってあたし、今まで普通の人間だと思ってたけど凄い力を持ってるんだわきっと。こんな有り得ない事が起こるんだから、もしかして魔法使いだったりするんじゃないの?
よく前の学校の教頭に「お前は人間ではない」って言われてたけど。教頭はわかってたんだな。ほんと、憎い男よ。
いかんいかん。暴走し始めている。
「それにしても、都会は10年前でもこんないい部屋があるんだね。わ、ラッキー!ダッツだーー!」
何故か興奮した17歳の乙女は、部屋を物色し始めた。
こんな時にワクワクしているのは、きっとあのファンキーなおばあちゃんに育てられたからだろう。
そしてあたしは見つけた。ステッカーが貼られた冷蔵庫から普段お目にかかれなかったハーゲンダッツアイスを…!!
冷凍庫を閉めて、ソファーに座って胡座をかいてハーゲンダッツを食べる。口いっぱいに広がる香り。
「ん~っ、しあわせ~!」
贅沢を満喫した後、あたしは呑気にそのままソファーで眠ってしまった。
我ながら、もう少し深く考えるべきだったと思う。
そして、カフェで言っていたおっちゃん達の話をしっかりと聞いておくべきだった。
―――――――…
時間が経って冷えた部屋。
だけど、何故か温もりを感じて寝心地がいい。
どっくん、どっくんと耳元で心臓の音がする。
「………ん…?」
重い瞼を開けたあたしの視界に入ってきたのは、広い引き締まった胸。
そして何故かあたしの背中に回されている手。
パチパチと何度も瞬きをして、目線を上げると見えたのは整った見覚えのある顔。
「ええっ……?!」
驚いたあたしは、男の胸を勢いよく押した。だけどその拍子にあたしがソファーから落ちてしまった。
「…ん、ねむ」
目を擦りながら身体を起こし、あたしの顔を見る男。
この男は昨日、学校の門の前で出会った美形男。確か、千穂って名前の。
「な…なにしてんの?!」
動揺を隠せないあたしは、お尻歩きをして距離をとる
千穂はというと綺麗な栗色の髪を掻き、首を傾げている。
「……寝てたから、俺も寝た」
「ええっ?それ答えになってなくない?」
「寒かった…」
「クーラー付けっぱなしで寝ちゃってたんだあたし……ってそうじゃなくて!」
さっきから尋常じゃないくらい心臓がバクバクと煩い。平然でいられるのがおかしいんだけどね。
目の前にいる美形の男、千穂は髪をぽりぽりと掻いて小さく「ふわ」と欠伸をしている。
欠伸しているのにこんなに綺麗に見えるのは反則。
「いやいやその前に…!」
訳がわからないこの男にもっと追求を…
しようとしたが、それ以上言葉を続ける事は出来なかった。
「…あーもう朝からそりゃねえって。俺がピチピチっつってもね?カナちゃん。わかる、ねえわかる?」
突然、この部屋のドアが開いて誰かが入って来たせいで。