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棘の蜜  作者: かすみ
第1章
3/23

飛び込みました

「どうすっかなー…。」





頬に空気を入れて、辺りを見渡してみる。





すこし離れているけど、あれって公衆電話だ。





iPhoneが圏外だから、あれでおっちゃんに電話してみるか。






公衆電話まで駆け寄ると、iPhoneの電話帳を開いて、おっちゃんの電話番号を入力する





受話器を耳につけると、おっちゃんではなく、女の人の声がした。






――この電話番号は現在使われておりません。






そんな言葉を聞いて、あたしはもう一度同じことを繰り返す





だけど、おっちゃんの電話番号は現在使われてないという。






「……どういうこと?」






受話器を置いて、とぼとぼと歩く。






どこにもないヤクザのおっちゃんのカフェを探すのに途方に暮れる





気がつけば、太陽は見えなくなっていた。


だけど最終的に足が向かう場所は、お好み焼き屋さん。





ごくりと息を飲んでから、その古いドアを開ける





「おー、いらっしゃい」





中から、にこにこと笑う愛想のいいおじさんが見えた





丸坊主でちょび髭の生えた40歳くらいの中年男性。





も、もしや





「ヤクザのおっちゃん、一瞬にして老けたのか?!」





「お、どうしたよ。お客さん」





丸坊主のおっちゃんの元へ駆け寄って、至近距離でじっと見る





顔を近付けすぎていたせいか、丸坊主のおっちゃんは額から汗を浮かばせて固まっていた。





「す、すいません。あまりにも知り合いに似ていたもんで、つい」





頭の部分が。





「そ、そうかい。とりあえず、空いてる席に座っておくれよ」





苦笑して、席に案内されるあたし。





ちょうどお腹が空いていたところだし、大人しく座ってみた。





お冷とおしぼりを持って来て、離れて行く丸坊主のおっちゃん。





あたしはおしぼりで手を拭いて、水をゴクゴクと飲んでから、辺りを見渡してみた





…普通の、お好み焼き屋さん。





壁にはお好み焼きや焼きそば、お酒などのイラストの紙が貼られている。





後は、子供連れのお客さん。


「あれ飲むー!クリームソーダ!」





「ゆずも飲ーむー!クリームクリーム!」






………ん?






すぐ近くから聞こえてくるそんな子供達の声にギョッとして、テーブルに手をついて立ち上がる





もしや、もしやと思ってあたしの一つ前の席を見てみると、葉くんとゆずちゃんがちょこんと座っている。





その向かいに座るのが…





「えええっ?!」





オレンジ頭の髪の毛をパリパリくらいに固めている男。





あの栗色の髪の美形男では、ない。






「ああ?お前らざけんじゃねーよ。つーか手ぇ伸ばしてんじゃねーぞコラ。鉄板にジューすんぞ、ジュー」






ちょっと、おい待て。





やばくねーか、これ。つーかやばくねーか。





葉くんとゆずちゃんのピンチではないか……!




あの舌をまわして話す男、可愛い二人を拉致したのか!!





あの美形男は一体何をしてるんだ!可愛い可愛い兄妹がこんな怖い男にさらわれてるではないか…!






どうする。





考えろあたし。

深呼吸をして、自分の席から離れる





足を一歩一歩動かせて、子供達の救出に向かう





「お前らあれだぞ、この鉄板はなー第2の奴らの顔面をジューする為にあんだ。」





な、なんて事を子供達に言ってるんだ…!





まさに悪魔だ!子供達を脅す悪魔だ!!





「だからお前らが触っちゃー駄目だろうが」





「当たり前だろコンニャロー!!!」





「………………は?」





「………………え?」






オレンジ頭の男の前に出でみたはいいけれど、





なんなんだ、この眩しい生き物は…!





さっきの美形な男といい、この男もなんという整った顔をしてるんだ。





「……んだ、てめー」





ぽかんと口を開けて間抜け面している場合ではない。





下から上へと上がった眉を潜めてあたしを見ているこの男をどうにかしなくちゃいけない。





「あーー!なみちゃんだー!」





「わ、姉ちゃんが戻ってきた!」





「葉くん、ゆずちゃん!そんな呑気な事を言っている場合じゃないよ!!」






今、あなたたちは窮地に立たされているのよ!


すかさず葉くんとゆずちゃんをガバッと抱きしめるあたし。





ゆずちゃんは呑気に「わーい!きゃはは」と笑ってあたしにしがみついている。





「なにしてんだ、てめー」





だけど低い声がして、パッと顔を男の方へ向けた。





や、やはり綺麗な顔をしている…!





鼻にはピカリとピアスが光っていて、耳には幾つものピアス。





そして、気崩された制服。





「……ん?その制服どっかで見た事があるような…」





「あ?てめー第3知らねーのかよ。頭ラリってんじゃねーの」





「あ、そっか!あんたも第3高校なんだ………ってえええええ?!」





「ゆず、葉。この女なんだ?」





びっくりしすぎて目を尋常じゃないくらい開いているあたしを、顎で指すこの男。





第3ということは、あの美形ともお知り合いで、葉くんとゆずちゃんともどうやらお知り合いだったらしい。





「ゆずとねー、アイス食べたよ!ミカンのね、アイスくれたの」





「姉ちゃん急に走り出すから千穂と俺ら探してたんだよ!」





「それではわたくしは失礼いたします!」


知り合いとわかったのなら、あたしはもう用はない。





自分の案内されたテーブルに戻って、メニューを見つめるだけだ。





そう思って去ろうとしたのに、何故か腕を掴まれている。





眉に皺を寄せているこの無駄にイケメンな不良に。





「お前、今千穂つったよな?」





「いえ、あたしは言ってません。」





低い声に、的確な答えを返す。




すると、掴まれれている手が強くなった。





「葉、こいつ千穂の知り合いか?」





鋭い瞳は、お冷をゴクゴクと飲んで氷をガリガリと食べている葉くんに向けられた。





「んー、兄ちゃが来るまで千穂、姉ちゃんを探してたよ」





千穂って、あの恐ろしい美形男だよね。





それよりも、さっきも言っていたけれどあれからあたしのことを捜してくれていたなんて。





驚きだ。





「千穂が?」





「うん。だからそうだってば。千穂、姉ちゃんが隠れんぼし始めたと勘違いしてたもん」





「理解できねんだけど」





あたしも理解できねんだけど。





もしや、葉くんとゆずちゃんはあたしがどこかに隠れてると思ったのか?





「もーいいかーい?」ってひたすらあたしを呼んでくれてたの…?





「ごめん!こんなにも健気なのにっ!!!」





男の手をぶんっと振り払って、葉くんとゆずちゃんにガバッと再び抱きつく





「…っあっち!」





「あ、やべ」


勢い余って男の手を払ったせいか、男はちょいとばかり鉄板に指を当ててしまったようだ。





「ぜってぇーぶっ殺す!」





「子供達の前でそんな事言っちゃやーよ」





そう言って、てへっと笑ってみる。ほら、てへぺろって言葉だって流行ったじゃないか。この際だからぺろっと舌でも出してみようかな。





ふふふ、と一人笑っていると、額に血管を出して顔を近付けて来ていたこの男は大人しく椅子に座り直した





「…………やべえ。こいつの頭まじラリってる。ゆず、こいつと話すんじゃねーぞ。絶対だぞ」





「なんでー?ねー?なみちゃんいいよねー?」





「ばっ…こら、話すんじゃねーって、うつるから!」





この失礼な男は、ゆずちゃんの口元を慌てて手で覆っている





「ゆずちゃん、何もうつらないから安心してね」





「死ね、つーか黙れ。千穂と話したからって調子こいて俺にまで話しかけてくんじゃねえよ」





「調子のってないもん」





「だいたいあいつは、いつもああなんだ。こっちが迷惑するっつーのによー…外出るとやらかすしよまじで…」





テーブルをガンっと蹴り飛ばして、一人ブツブツと話し始める男。変な奴だ。


そして、今あたしは。





「ジュー、ジュー」





「ジュー、ジュー、ぶくぶく」





右隣にはゆずちゃん。その隣には葉くん。





その前の席に座るのは、頬杖をついて鉄板の端で焼いてるゲソの塩焼きを食べる男。





何故ここに座っているのかというと、ゆずちゃんに、ちっちゃい手で握られて断ることなんて出来なかったからだ。





そしてあたしは、ゆずちゃんと葉くんにお願いと言われて速攻頼んだクリームソーダを




ストローにちょんと乗せて、鉄板にジュージューさせてゆずちゃんと遊んでいる。





よかった。カバンの中にはこの間手渡しで貰った先月分のお給料の封筒を財布と一緒に入れておいて。





「お前やめろ。今すぐやめねーと鉄板にその顔面突っ込む事になんぞ」





小さくぶくぶくとしている物体を見て、脅してくる男。





顔面火傷は流石に嫌だから手を引っ込めて大人しくストローでクリームソーダをちゅーと吸い込む





「葉、ゲソ食え」





「うん。でも俺焼きそばが食べたい!焼きそば!」





「ゲソ食えよ」





「焼きそばーー焼きそばーー」





「ゆずも!ゆずも焼きそば食べるー!」


両手を上げて、それはもうとてつもなく可愛いゆずちゃんの口に





この男は、ふぅふぅと息をかけたゲソを突っ込んだ。





「ほら、うめーだろうがよ」





「焼き…焼き…焼きそばぁぁぁ」





口に入ったゲソの塩焼きをもぐもぐとさせながら、目に涙を溜めるゆずちゃん。





なんて卑劣なやろうなの、この男は…!





「ゆずちゃん、あたし焼きそば頼むから一緒に食べようね。後、お好み焼きも頼むから好きなの選んで」





「わ、焼きそば!おこ、おこのみやき!」





「やったー!姉ちゃん俺ね、エビとイカ入ってるのがいい!」





眩しい。目を輝かせるこの二人が眩しい。





「うん!エビでもイカでもいくらでも!!」





ご機嫌な二人が選んだ、焼きそばと魚介のお好み焼きをふたつ。




ついでに三人分のクリームソーダのおかわりも頼んだ。


「え、なんで食べてんの」





「うっせー。腹減ってんだよ死ねや」






鉄板の上で出来上がったお好み焼きに一番箸を動かすこいつに、思わず溜息が漏れた。





いつの間にか、焼きそばの追加までしちゃっている。





それよりも。





「気になってたんだけどさ、お兄ちゃんは?どこ行ったの?」





あの美形の男。昼間は一緒にいたのに。





こんな捻くれた男といるのは皮肉だろうに。





「口開くなっつってんだろうが」





あんたに、聞いてんじゃないのよ。





眉をぴくりと寄せて、隣に座るゆずちゃんの顔を覗き込む





「やめろ。俺の妹と目を合わすな」





「……………は?」





「……………あ?」





「…え、ゆずちゃんと葉くんってあの美形…千穂の兄妹じゃないの?」





「は?なに言ってんだ、こいつ」






だ、だって。こんなにも可愛い二人があんたの兄妹な訳がないではないか。





「そうだろう?」





「なにがだ、イカレ女。千穂には預かってもらってただけだっつの」





まじかよ!




なんという衝撃事実なんだ。


見事に綺麗に完食した後、早々と此処を去ろうとする憎きオレンジ。





可愛いゆずちゃんと葉くんは会計を済ませてもまだあたしにくっついてくれていて、制服のスカートをぎゅ、と握りしめている





「帰るぞ。つーかお前どこの学校だよ。その制服」





食後の一服を吸いながら、あたしに近付いてくるオレンジ。





「あー………あたし引越してきたから。第3高校に通うんだよね」





「うそだろおい。お前なんかが?やめろ。やめてくれ。くるな」





「は?行っても喋ってやらないもんね。つーか奢ってあげたんだからあたしを敬ってくれ」





「死ねよ。第一顔を合わすこともねーわ」





なにおおおおう?





その腰パンのだらし無いズボンを下までずり下げてやろうか。





さぞ、間抜けかろう。





「ははは!想像しただけでうけるんだけど」





「気色悪すぎんだろお前。見ろよこの鳥肌」





そういう男の手には、本当にブツブツと鳥肌が浮かびあがっている。


鳥肌を見せた後、煙草を地面に放り捨てて、ゆずちゃんと葉くんの手を引いてあたしの身体から離す。





そして去ろうとする男。





背を向けて歩き出す三人の姿をあたしは、じっと見つめる。





空は、もう真っ暗。





「………っ……」





心臓がバクバクと騒ぎ始める。





気が付けば足が駆け出していて、男の手を掴んでいた。





振り返って細い眉を寄せて睨む男。





「……ま…待って……」





「……んだよ」





胸がざわざわとする。不安なんだ。一人になるのが、怖いんだ。





だけど、本気で面倒臭そうな男の顔を見ると、勝手に手が離れた。





「……えっと…あたし…」





「…………あ?」





「一人になるの、怖くて…」





「さっさと家帰れ」





「……………」






だって






あたし、帰る家がない。


新しい街。何か変わると期待を込めてやって来た都会の街。





おっちゃんに連絡もつかない今、あたしは何処へ行けばいいのかわからない。





ひとりになる事が多かったから慣れているけど、何もわからない此処でひとりは不安なんだ。





「あははははははは」





「気色悪」





「わけわかんないけど笑える」





「ゆず、葉。こいつを見るのはやめろ。帰るぞ」





「ええ、ちょちょちょ…!」





ゆずちゃんと葉くんの手を無理矢理引いて、歩き出す男。焦ったあたしは慌てて手を伸ばす





「来んじゃねーよ。つかお前何か?もしかして俺のファンか?ストーカーか?俺はお前なんてお断りだぞ」





「あっはは、そのギャグ全然面白くない」





「……帰ろ」





「嘘です嘘!!いや、嘘じゃないけど!あたし今帰る所なくてっ…!」


両手を大袈裟に振ってみて、訴える。頼るのは、この男しかいない。





それなのにこの男はあたしを鋭く睨んで、顎で「ん、」とあたしから見て右の方を指す。そこには薄暗い公園がある。





「知るか。あっこで寝てろ」





カッチーーン。





ときたあたしは、男から顔を逸らして歩き出す。段々と鼻息が荒くなってきた。





もういい。あんたなんかに頼るか!





いいもんね、野宿してやるもんね。実際、中学の時よく家出して公園で三回くらい寝たし。





振り返って見ると、オレンジ頭の男は気にもせず歩いて家路を向かっている。ゆずちゃんだけはこっちを向いて小さな手をひらひらと振ってくれていたけど。






「………………。」





公園の前まで来ると、ふと足を止めた。


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