大切なモノ
俺には、双子の兄貴がいた。
小、中は勿論、高校まで兄貴の優と同じ所を選んだ。俺は、何処でも良かった。
高校一年の、春。
「律、入学早々寝てばっかだな」
机に俯せになって寝ていた俺に、話しかける優。
顔を上げれば、俺と同じ顔が笑う。
「良い子ぶってんじゃねーよ、気色悪ぃな」
「ははは、形ついてんぞ」
そう言って俺の額を指差す。
俺はムッとして、キャップを深くかぶり直した。
目の前のこいつは、顔は同じなのに、癖毛だけは似なかった。
俺だけ、ムカつくくらいクルクルしてやんの。
「そういや知ってっか?」
俺の前の席に腰を降ろし、珍しく興奮気味で話す優。
俺は頬杖をついて、「んあ?」と適当に返す。
「片桐千穂がこの第3に入ったんだってよ」
片桐……聞いた事が、あるような。
「へえー」
「俺も予想してたんだけどよー。おまけにあの今西源と瀧本旭もここに入ったみたいだしよ。面白くなってきたじゃねーの」
そうか?
俺には、さっぱりわかんねーが。
他の奴らなんて興味ねえ。
俺が信用してんのは、優しかいない。
「…やんのか?そいつらと」
そう尋ねてみると、優はにやりと口端を上げて笑う。
こいつのこの顔、何度見てもゾクッとする。
「さあ、どうだろうな」
「お前なら、やれんじゃねーの」
こいつが強いのは誰よりも真近で見てきた俺は解っている。
俺だって、喧嘩で勝てた事がない。
「どうかね。片桐は、俺が中学の時に手こずった永田に瞬殺で勝ったらしいからな」
「へえー、面白そうじゃねーか」
「お前はまだ早いな」
そんな事聞かされりゃー血が騒ぐじゃねーかよ。
手をコキコキコキと鳴らす俺に、優は「本当、馬鹿だな」と呆れる。
「それに、お前はむやみやたらと喧嘩しすぎなんだよ」
「相手が弱ぇから話しになんねーけどな」
喧嘩が好きなくせに、俺の事は心配する。
変な奴だ、優は。
それでも俺は、そんな優の心配を他所に喧嘩を繰り返す。
売られなくても、自分の機嫌次第。
二年と三年も落ちぶれちゃってるこの第3。期待されている1年だって、対した事はねえ。
片桐……だっけ。
あいつ、そんなに強いんだろうか。
「……おっと、」
「あ?」
「すまないね、よそ見してたわ」
昼を周った頃、廊下を歩いていた俺の肩にぶつかる男。
年上か。
「…チッ」
舌打ちをした俺に、嬉しそうな顔をする。
ふらっと歩いて行く男は、「いや~、本当楽しみだわ。期待期待」と言いながら去っていった。
気味の悪い男だ。
「…律」
「あ?…おう」
再び廊下を歩いていると、後ろから優に肩を叩かれた。
俺の、指を暫くじっと見た後、ゆっくりと口を開く。
「お前さっき瀧本と話してなかったか…?」
「…瀧本?」
「瀧本旭。前に話したろ」
あーあ。そういえば、言ってたような。
「へえ、あれが。一年?だっけ」
「それが、一年を何回も繰り返して、今19だってよ」
「…ネタじゃねーか」
「それより、お前またやったな」
急に話を変えたと思ったら、視線は再び俺の指へ移動する。
「……別にいいだろ」
「指輪に血ぃつけまくってよー。暴れんのも程々にな」
「お前に言われたかねえ」
指に三つ光るリング。
確かに、血で赤く染まっている。
「それで殴られたら痛ぇーなー、きっと」
お前の眉尻についている安全ピンよりかマシだろ。
全然痛くねーって言ってよく、気分で開けてるみたいだけど。
「いいんだよ、気にいってっし。綺麗に相手の鼻を曲げれるし」
「あーマジ、イカレてるわ」
「お前よりかマシな」
容赦しねーのはどっちだよ。
いつも、小学生の頃からそうだ。人の相手を横取りして片付けてしまう。
優が本気になれば、さっきの19歳の男も、片桐もやれんじゃないかと俺は思う。
「そういや、テッペン争いみたいな事が起こるらしいな。興味はねーけど」
そう言って笑うと、優は苦笑して赤茶色の髪を後ろに流す。
「楽しみっちゃ楽しみだな。お前もいるし心強ぇな。あー、でも片桐も今西がいるか」
「あ?」
「今西源。片桐の右腕みたいな奴」
「……へえ」
「なんだ?興味湧いたか?」
別に、湧いてはいない。
俺は、売られたら買うだけ。
むしゃくしゃしたら、殴るだけ。
暫く経ったある日。
優がふらっと何処かへ消えたので、一人でブラブラと食堂の方へ歩いていた。
「………あ。」
「………あ?」
そこで、見た事のある男と遭遇。
軽いパーマに、無駄な色気を放つ薄気味悪い男。
そいつが俺を指差して、駆け寄って来る。
「おー、猪崎兄弟じゃん」
「オヤジじゃん」
「言うねー」
目を細めて笑う、確か瀧本。
笑顔が怖いと思ったのは初めてかもしれない。
「…つーか、何か用かよ」
「いや、前から気になってよ!一匹狼…あ、二匹か!ずっと二人じゃん?」
「だから、何だよ」
「俺でも、お前の事知ってる訳よ。結構。」
「…………。」
「だから、ずっと二人じゃなくてさ、」
俺に、笑顔を振りまく瀧本。
だけど、俺は用はない。会話なんて、する必要がない。
興味がない。
「…………。」
言葉を続けようとした瀧本を置いて、歩き出す。
ズボンのポッケに手を突っ込んで、煙草を取り出そうとしていると、後ろから「おいー、それはねーわー」と声がする。
「……だりー…」
「俺らと仲良くしようよ」
俺の横に並んで、歩幅まで合わせてくる。
「拒否」
何が、仲良くだ。
俺は今までずっと優と二人だけだったんだ。
お前なんか、要らね。
「千穂達も歓迎すると思うからよー」
「千穂……?」
「おら、あれが」
そう言って、右手の方向に指を差す瀧本。
視線を向けると、
「………、…」
あきらかにオーラが違う男が、そこに居た。
「お前さ、悪魔の実が食えんだったら何にする?」
「…グミ。」
「あ?グミってなんだよ」
「それこの間食べた」
「嘘ついてんじゃねーぞボケ」
…………。
会話は、聞かなかった事にする。
とにかく、
「片桐って奴はあの…栗色の髪の男だろ」
「そうそう、その隣の派手なオレンジが源ね」
片桐…。
なんつー威圧感を持った男だ。
見てるだけで、不思議な気分になる。
「……!」
「あ、こっちに気がついたな」
こちらの視線に気付いたのか、顔を向ける片桐。
じ、とその瞳にとらえられると、中々離せなくなる。
「…………、」
「おい千穂ー!猪崎兄弟の片割れだぞー!」
隣の瀧本が、手をぶんぶんと振ってそう叫ぶ。
それにギョッとした俺は、片桐から目を逸らした。
「あー?噂のキャップ兄弟かよー」
「…キャップ?」
近付いて来るオレンジと、片桐。
片桐は俺を見ながら、不思議そうに首を傾げている。
「つ、つーか、俺はお前らなんかと話す気ねーんだよ!」
俺の肩に手を回そうとする馴れ馴れしい瀧本。その瀧本の手を払い、歩き出す。
「つれねーなー…」
後ろからそんな声がしたが、構わない。
何を考えているのかさえ解らないお前らと、誰がつるむか。
煙草を一本取り出し、優の所へ向かう。
「ゴホッ……、まじかよ!」
優にさっき合った事を話すと、噎せながら驚いた。
白い煙が宙に舞う。
俺達の足は、学校から出ていた。
「ああ、瀧本と片桐…あと、煩そうなオレンジ」
そう口にして、小さくなった煙草を地面へ落とす。
「 そうか、瀧本旭と片桐千穂達がつるんだのか」
「ん、そんな感じじゃね」
「で、お前も誘われたと?」
振り向くと、口端を上げて笑う優。
俺は、フッと鼻で笑う。
俺に声なんかかけて、何を考えてんのか解らねえ。
「いいじゃねーか。お前も」
「あ?」
「案外、楽しいかもな?」
「…馬鹿言うな」
「だって俺がいなかったらお前一人じゃねーか」
「お前もだろ」
何を今更。
今までずっとそうだったのに。
目を細めて笑う、優。
俺は、優の言葉を鼻で笑って流した。
一人になる事はないと思っていた。
優が居なくなるなんて、考えてもいなかった。
隣に歩き、再び煙草を取り出す。
「……チ、」
「ふー…いいタイミングじゃん」
煙草に火をつけたばかりなのに。
そう思って、セブンスターの空箱をくしゃりと潰して、
「誰かと思えば猪崎兄弟じゃーん」
投げつけた。目の前の、この男に。
交わした金髪剃り込み男は、口元に弧を描く。
その顔が気に食わなかった俺は、その男に殴りかかった。
よくある喧嘩。
黒のTシャツに、ジャージ姿の男。
「俺がいる事、忘れてね?」
こんや奴、優がやれば一発だ。
「暴れたな……」
「お前がだろ?指、血まみれじゃねーか」
地面に蹲る男に、吸っていた煙草を投げつける優。
歩き出す、俺たち。
「このリング、気にいってたのによー」
「付けなきゃいい話じゃん」
「指が寂しいだろ」
そう言うと、口を大きく開けて笑われた。
そう言う優だって…。
「そういや、さっきの男どっかで見た事あんだよなー…」
「あ?そういや、珍しく手応えあったな」
「でも思い出せねーわ」
暫く経つと、忘れていた。
喧嘩なんて日常茶飯事で、誰とやったかとか、いちいち覚えていなかった。
――ある日、朝起きると優の姿がなかった。
何でか解らないけど、胸騒ぎがした俺は、キャップだけを被って慌てて家を出た。
遠くで、バイクで何処かへ向かっている。
さっき家を出た所だったのか。
何処へ行ったか解らない優を追うため、俺もバイクに跨った。
スピードなんか気にせず、追いかけた。
優が向かった場所は、
――東港。海がキラキラと光る、少し冷えたその場所。
「おい、優……っ!!」
なんで、こんな場所に。
そう思って、声をかけながら近付く。
俺に気が付いた優は振り返り、目を大きく見開く。
「なんで…律が…」
バイクを止める俺に、律の手が伸びる。
「あ?わかんねーけど追っかけて来た」
「馬鹿な奴だ、お前は」
腕をグッと握る優。
どうも、様子がおかしい。
「なんで来たんだよ。」
「…お前…もしかして喧嘩か?」
「…………」
わざわざこんな場所に来て、俺に馬鹿とは。
意味わかんねえ。
「何一人で突っ走ってんだよ!俺に声かけろや!」
「……ああ、悪かった。でも、俺は……」
「あ?」
「…お前、今日は何も無しか」
「…あ?」
優の視線は、俺の指に。
そうだ。慌てて飛び出したから。
「じゃ、俺のひとつやるよ」
人差し指に付いているイビツな形の2つのリング。それを1つ俺に渡す。
「要らねーよ、こんな趣味悪ぃの」
「はは、そう言うな」
返そうとした時、バイクの音がした。
それが、一台ではなく。
ズラズラと。
その中に、見た事のある金髪の剃り込み男が居た。
そして、そいつの肩をポンと叩く、白い髪の…冷たい瞳をした男が、居た。
二人対大人数。
勝ち目は、なかったのか。
それなのに、俺は馬鹿で。気合いだけは、無駄にあって。
呆気なく、終わった。
殴られ、蹴られ、踏まれ、押さえつけられ。
「………くそ…、」
敗北感が、悔しかった。
俺だって殴った。何人か、ヤった。
……くっそう。
「――――律…!!!」
そうだ、優。
優は……………。
「……な、……」
俺の、目の前で。
優は、白髪の男に、
「―……律!!りつっ…!!」
―――刺された。
俺に伸ばした手。
全然、届かなかった。
助けてやれなかった。
涙が溢れ、顔がぐしゃぐしゃになって視界が滲む。
歪んだ視界の中、見えたのは優が海に落とされた光景。
「あああああああああああ!!!」
そのままバッドで殴られた俺は、意識を失った。
その後、優の捜索が行われた。
刺され、海にまで落とされ、
それなのに、遺体さえ帰って来ない。
「うらぁ!!あああああ!!!」
「――い、猪崎だ!逃げろ!」
それから暫く経っても、俺は暴れ
暴れて、暴れて、暴れて。
誰かれ構わず、殴った。
……すると、誰も優の名を出す者が居なくなった。
「……やめとけ」
「んだてめー!ぶっ殺すぞゴラ!」
血まみれの俺の腕を浮む、男。
その顔は無表情。
「やめとけ」
「……っ…片桐…」
そんな手を振り払い、腕を振り上げる。
ぶん殴ってやろうと思った。
だけど、俺の拳は片桐千穂の手の中。
「やめとけ」
「…俺は…弱い…」
こうやって、すんなりと受け止められる。
弱いから、守れなかった。
「 俺は、わかってる」
「ああ?!お前なんかがっ、俺の何をわかってるっつんだよ!!」
「お前は強い。だから、来い。俺に、ついて来い」
………………………
…………………………………
そこまで話すと、りっちゃんは目を細めて笑った。
あたしは、
ぼろぼろと涙を零すだけで、何も言葉が出なかった。
いつも笑顔を向けてくれたりっちゃん。
そんなりっちゃんに、そんな事があった。
手が、震える。唇が、震える。
「……泣くな、奈実」
「…うう…っ、ごめ……」
あたしが、泣いてごめん。
「俺、大切な奴を守れるようになりてんだ…」
「うん……っ」
「もう、こんな思いをしねーように」
「うん…っ…、千穂だって、旭くんだって、源だって、あたしだってりっちゃんが大切だから…」
「…………」
「同じ気持ちだから…!」
あたし達しかいないこの場所。
あたしの涙をりっちゃんが拭ってくれ、笑う。
「奈実が居てくれて、よかった。話せて、よかった。」
「あたしも、聞けてよかったよ…!」
「なんか…不思議」
「……え…」
「奈実は不思議な力を持ってるな」
「不思議…?」
「…ちょっと、癒される」
そう言って、自分の人差し指を唇にちゅっと付ける。
キラリ、と光るリング。
「その指輪……」
「ああ、優に貰ったやつ」
そう言えば、りっちゃんの指にはひとつしか付いていない。
そっか。今は、その指輪だけ。
キラリ、と光るシルバーリング。
確かに、少しイビツな形。
「……あれ……」
「…ん?どうした?」
「ちょっと、見せて」
りっちゃんの指をぎゅっと握ると、ビクッと肩を震わせる。
顔を赤くさせて、アタフタするりっちゃん。
「…な……奈実…?」
「あたし、見た事があるような…」
「――…え、いや、これは優が作った奴だから…」
だけどやっぱり、見た事あるような。
綺麗な円を描いていないこのシルバーリング。
どこでだろう。
なんで見た事あるんだろう。
「……あっ!あ!あ!あ!」
「…え?」
「違うかもしれないけど!来て!」
涙を拭った後、りっちゃんの手を引いて隠れ場所へ向かう。
中に入ったあたしは、目を見開く千穂達の間をすり抜けて、
バッグを手にとった。
それを、慌てて漁る。
「なあ、どうしたんだ?奈実」
「あ、あった…!これ!」
ここに来た、あの初日の日。
源達と別れた後、あたしは公園へ向かった。
その時、飛び出して来た男の人が落として行ったモノ。
シルバーリングが着いた、ネックレス。
警察に届けようと思っていて、ずっと忘れていたモノ。
「……これ………」
それを見ると、りっちゃんの瞳は大きく揺らいだ。
これはりっちゃんの双子の兄、優くんのモノだと間違いなさそうだ。




