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棘の蜜  作者: かすみ
第1章
23/23

大切なモノ

俺には、双子の兄貴がいた。






小、中は勿論、高校まで兄貴の優と同じ所を選んだ。俺は、何処でも良かった。






高校一年の、春。






「律、入学早々寝てばっかだな」





机に俯せになって寝ていた俺に、話しかける優。





顔を上げれば、俺と同じ顔が笑う。





「良い子ぶってんじゃねーよ、気色悪ぃな」





「ははは、形ついてんぞ」





そう言って俺の額を指差す。





俺はムッとして、キャップを深くかぶり直した。





目の前のこいつは、顔は同じなのに、癖毛だけは似なかった。





俺だけ、ムカつくくらいクルクルしてやんの。


「そういや知ってっか?」





俺の前の席に腰を降ろし、珍しく興奮気味で話す優。





俺は頬杖をついて、「んあ?」と適当に返す。





「片桐千穂がこの第3に入ったんだってよ」





片桐……聞いた事が、あるような。





「へえー」





「俺も予想してたんだけどよー。おまけにあの今西源と瀧本旭もここに入ったみたいだしよ。面白くなってきたじゃねーの」





そうか?





俺には、さっぱりわかんねーが。





他の奴らなんて興味ねえ。





俺が信用してんのは、優しかいない。



「…やんのか?そいつらと」





そう尋ねてみると、優はにやりと口端を上げて笑う。





こいつのこの顔、何度見てもゾクッとする。





「さあ、どうだろうな」





「お前なら、やれんじゃねーの」





こいつが強いのは誰よりも真近で見てきた俺は解っている。





俺だって、喧嘩で勝てた事がない。





「どうかね。片桐は、俺が中学の時に手こずった永田に瞬殺で勝ったらしいからな」





「へえー、面白そうじゃねーか」





「お前はまだ早いな」





そんな事聞かされりゃー血が騒ぐじゃねーかよ。





手をコキコキコキと鳴らす俺に、優は「本当、馬鹿だな」と呆れる。





「それに、お前はむやみやたらと喧嘩しすぎなんだよ」





「相手が弱ぇから話しになんねーけどな」





喧嘩が好きなくせに、俺の事は心配する。





変な奴だ、優は。



それでも俺は、そんな優の心配を他所に喧嘩を繰り返す。





売られなくても、自分の機嫌次第。





二年と三年も落ちぶれちゃってるこの第3。期待されている1年だって、対した事はねえ。





片桐……だっけ。





あいつ、そんなに強いんだろうか。





「……おっと、」




「あ?」





「すまないね、よそ見してたわ」





昼を周った頃、廊下を歩いていた俺の肩にぶつかる男。





年上か。





「…チッ」





舌打ちをした俺に、嬉しそうな顔をする。





ふらっと歩いて行く男は、「いや~、本当楽しみだわ。期待期待」と言いながら去っていった。





気味の悪い男だ。



「…律」





「あ?…おう」





再び廊下を歩いていると、後ろから優に肩を叩かれた。





俺の、指を暫くじっと見た後、ゆっくりと口を開く。





「お前さっき瀧本と話してなかったか…?」





「…瀧本?」





「瀧本旭。前に話したろ」





あーあ。そういえば、言ってたような。





「へえ、あれが。一年?だっけ」





「それが、一年を何回も繰り返して、今19だってよ」





「…ネタじゃねーか」





「それより、お前またやったな」





急に話を変えたと思ったら、視線は再び俺の指へ移動する。





「……別にいいだろ」





「指輪に血ぃつけまくってよー。暴れんのも程々にな」





「お前に言われたかねえ」


指に三つ光るリング。





確かに、血で赤く染まっている。





「それで殴られたら痛ぇーなー、きっと」





お前の眉尻についている安全ピンよりかマシだろ。





全然痛くねーって言ってよく、気分で開けてるみたいだけど。





「いいんだよ、気にいってっし。綺麗に相手の鼻を曲げれるし」





「あーマジ、イカレてるわ」





「お前よりかマシな」





容赦しねーのはどっちだよ。





いつも、小学生の頃からそうだ。人の相手を横取りして片付けてしまう。





優が本気になれば、さっきの19歳の男も、片桐もやれんじゃないかと俺は思う。





「そういや、テッペン争いみたいな事が起こるらしいな。興味はねーけど」





そう言って笑うと、優は苦笑して赤茶色の髪を後ろに流す。





「楽しみっちゃ楽しみだな。お前もいるし心強ぇな。あー、でも片桐も今西がいるか」





「あ?」





「今西源。片桐の右腕みたいな奴」





「……へえ」





「なんだ?興味湧いたか?」





別に、湧いてはいない。





俺は、売られたら買うだけ。





むしゃくしゃしたら、殴るだけ。



暫く経ったある日。





優がふらっと何処かへ消えたので、一人でブラブラと食堂の方へ歩いていた。





「………あ。」





「………あ?」





そこで、見た事のある男と遭遇。





軽いパーマに、無駄な色気を放つ薄気味悪い男。





そいつが俺を指差して、駆け寄って来る。





「おー、猪崎兄弟じゃん」





「オヤジじゃん」





「言うねー」





目を細めて笑う、確か瀧本。





笑顔が怖いと思ったのは初めてかもしれない。





「…つーか、何か用かよ」





「いや、前から気になってよ!一匹狼…あ、二匹か!ずっと二人じゃん?」





「だから、何だよ」





「俺でも、お前の事知ってる訳よ。結構。」





「…………。」





「だから、ずっと二人じゃなくてさ、」



俺に、笑顔を振りまく瀧本。





だけど、俺は用はない。会話なんて、する必要がない。





興味がない。





「…………。」





言葉を続けようとした瀧本を置いて、歩き出す。





ズボンのポッケに手を突っ込んで、煙草を取り出そうとしていると、後ろから「おいー、それはねーわー」と声がする。





「……だりー…」





「俺らと仲良くしようよ」





俺の横に並んで、歩幅まで合わせてくる。





「拒否」





何が、仲良くだ。





俺は今までずっと優と二人だけだったんだ。





お前なんか、要らね。





「千穂達も歓迎すると思うからよー」





「千穂……?」





「おら、あれが」





そう言って、右手の方向に指を差す瀧本。





視線を向けると、





「………、…」





あきらかにオーラが違う男が、そこに居た。


「お前さ、悪魔の実が食えんだったら何にする?」





「…グミ。」





「あ?グミってなんだよ」





「それこの間食べた」





「嘘ついてんじゃねーぞボケ」





…………。





会話は、聞かなかった事にする。





とにかく、





「片桐って奴はあの…栗色の髪の男だろ」





「そうそう、その隣の派手なオレンジが源ね」






片桐…。





なんつー威圧感を持った男だ。





見てるだけで、不思議な気分になる。





「……!」





「あ、こっちに気がついたな」





こちらの視線に気付いたのか、顔を向ける片桐。





じ、とその瞳にとらえられると、中々離せなくなる。





「…………、」





「おい千穂ー!猪崎兄弟の片割れだぞー!」





隣の瀧本が、手をぶんぶんと振ってそう叫ぶ。





それにギョッとした俺は、片桐から目を逸らした。





「あー?噂のキャップ兄弟かよー」





「…キャップ?」





近付いて来るオレンジと、片桐。





片桐は俺を見ながら、不思議そうに首を傾げている。





「つ、つーか、俺はお前らなんかと話す気ねーんだよ!」


俺の肩に手を回そうとする馴れ馴れしい瀧本。その瀧本の手を払い、歩き出す。





「つれねーなー…」





後ろからそんな声がしたが、構わない。





何を考えているのかさえ解らないお前らと、誰がつるむか。






煙草を一本取り出し、優の所へ向かう。





「ゴホッ……、まじかよ!」





優にさっき合った事を話すと、噎せながら驚いた。





白い煙が宙に舞う。





俺達の足は、学校から出ていた。





「ああ、瀧本と片桐…あと、煩そうなオレンジ」





そう口にして、小さくなった煙草を地面へ落とす。





「 そうか、瀧本旭と片桐千穂達がつるんだのか」





「ん、そんな感じじゃね」





「で、お前も誘われたと?」





振り向くと、口端を上げて笑う優。



俺は、フッと鼻で笑う。





俺に声なんかかけて、何を考えてんのか解らねえ。





「いいじゃねーか。お前も」





「あ?」





「案外、楽しいかもな?」





「…馬鹿言うな」





「だって俺がいなかったらお前一人じゃねーか」





「お前もだろ」





何を今更。





今までずっとそうだったのに。





目を細めて笑う、優。





俺は、優の言葉を鼻で笑って流した。





一人になる事はないと思っていた。





優が居なくなるなんて、考えてもいなかった。


隣に歩き、再び煙草を取り出す。





「……チ、」





「ふー…いいタイミングじゃん」





煙草に火をつけたばかりなのに。





そう思って、セブンスターの空箱をくしゃりと潰して、






「誰かと思えば猪崎兄弟じゃーん」






投げつけた。目の前の、この男に。





交わした金髪剃り込み男は、口元に弧を描く。





その顔が気に食わなかった俺は、その男に殴りかかった。





よくある喧嘩。





黒のTシャツに、ジャージ姿の男。






「俺がいる事、忘れてね?」





こんや奴、優がやれば一発だ。


「暴れたな……」





「お前がだろ?指、血まみれじゃねーか」





地面に蹲る男に、吸っていた煙草を投げつける優。





歩き出す、俺たち。





「このリング、気にいってたのによー」





「付けなきゃいい話じゃん」





「指が寂しいだろ」





そう言うと、口を大きく開けて笑われた。





そう言う優だって…。





「そういや、さっきの男どっかで見た事あんだよなー…」





「あ?そういや、珍しく手応えあったな」





「でも思い出せねーわ」


暫く経つと、忘れていた。





喧嘩なんて日常茶飯事で、誰とやったかとか、いちいち覚えていなかった。






――ある日、朝起きると優の姿がなかった。





何でか解らないけど、胸騒ぎがした俺は、キャップだけを被って慌てて家を出た。





遠くで、バイクで何処かへ向かっている。





さっき家を出た所だったのか。





何処へ行ったか解らない優を追うため、俺もバイクに跨った。





スピードなんか気にせず、追いかけた。






優が向かった場所は、







――東港。海がキラキラと光る、少し冷えたその場所。



「おい、優……っ!!」






なんで、こんな場所に。






そう思って、声をかけながら近付く。





俺に気が付いた優は振り返り、目を大きく見開く。






「なんで…律が…」





バイクを止める俺に、律の手が伸びる。





「あ?わかんねーけど追っかけて来た」





「馬鹿な奴だ、お前は」





腕をグッと握る優。





どうも、様子がおかしい。





「なんで来たんだよ。」





「…お前…もしかして喧嘩か?」





「…………」





わざわざこんな場所に来て、俺に馬鹿とは。





意味わかんねえ。


「何一人で突っ走ってんだよ!俺に声かけろや!」





「……ああ、悪かった。でも、俺は……」





「あ?」





「…お前、今日は何も無しか」





「…あ?」





優の視線は、俺の指に。





そうだ。慌てて飛び出したから。





「じゃ、俺のひとつやるよ」





人差し指に付いているイビツな形の2つのリング。それを1つ俺に渡す。





「要らねーよ、こんな趣味悪ぃの」





「はは、そう言うな」





返そうとした時、バイクの音がした。





それが、一台ではなく。





ズラズラと。





その中に、見た事のある金髪の剃り込み男が居た。





そして、そいつの肩をポンと叩く、白い髪の…冷たい瞳をした男が、居た。



二人対大人数。





勝ち目は、なかったのか。





それなのに、俺は馬鹿で。気合いだけは、無駄にあって。





呆気なく、終わった。





殴られ、蹴られ、踏まれ、押さえつけられ。






「………くそ…、」






敗北感が、悔しかった。





俺だって殴った。何人か、ヤった。






……くっそう。






「――――律…!!!」






そうだ、優。





優は……………。






「……な、……」



俺の、目の前で。






優は、白髪の男に、






「―……律!!りつっ…!!」







―――刺された。







俺に伸ばした手。





全然、届かなかった。





助けてやれなかった。






涙が溢れ、顔がぐしゃぐしゃになって視界が滲む。





歪んだ視界の中、見えたのは優が海に落とされた光景。






「あああああああああああ!!!」






そのままバッドで殴られた俺は、意識を失った。



その後、優の捜索が行われた。





刺され、海にまで落とされ、





それなのに、遺体さえ帰って来ない。






「うらぁ!!あああああ!!!」





「――い、猪崎だ!逃げろ!」





それから暫く経っても、俺は暴れ





暴れて、暴れて、暴れて。





誰かれ構わず、殴った。






……すると、誰も優の名を出す者が居なくなった。







「……やめとけ」





「んだてめー!ぶっ殺すぞゴラ!」



血まみれの俺の腕を浮む、男。





その顔は無表情。





「やめとけ」





「……っ…片桐…」





そんな手を振り払い、腕を振り上げる。





ぶん殴ってやろうと思った。





だけど、俺の拳は片桐千穂の手の中。





「やめとけ」





「…俺は…弱い…」





こうやって、すんなりと受け止められる。





弱いから、守れなかった。





「 俺は、わかってる」





「ああ?!お前なんかがっ、俺の何をわかってるっつんだよ!!」





「お前は強い。だから、来い。俺に、ついて来い」



………………………


…………………………………






そこまで話すと、りっちゃんは目を細めて笑った。





あたしは、





ぼろぼろと涙を零すだけで、何も言葉が出なかった。



いつも笑顔を向けてくれたりっちゃん。





そんなりっちゃんに、そんな事があった。





手が、震える。唇が、震える。






「……泣くな、奈実」





「…うう…っ、ごめ……」





あたしが、泣いてごめん。






「俺、大切な奴を守れるようになりてんだ…」





「うん……っ」





「もう、こんな思いをしねーように」





「うん…っ…、千穂だって、旭くんだって、源だって、あたしだってりっちゃんが大切だから…」





「…………」





「同じ気持ちだから…!」


あたし達しかいないこの場所。





あたしの涙をりっちゃんが拭ってくれ、笑う。





「奈実が居てくれて、よかった。話せて、よかった。」





「あたしも、聞けてよかったよ…!」





「なんか…不思議」





「……え…」





「奈実は不思議な力を持ってるな」





「不思議…?」





「…ちょっと、癒される」





そう言って、自分の人差し指を唇にちゅっと付ける。





キラリ、と光るリング。


「その指輪……」





「ああ、優に貰ったやつ」





そう言えば、りっちゃんの指にはひとつしか付いていない。





そっか。今は、その指輪だけ。





キラリ、と光るシルバーリング。





確かに、少しイビツな形。







「……あれ……」





「…ん?どうした?」





「ちょっと、見せて」





りっちゃんの指をぎゅっと握ると、ビクッと肩を震わせる。





顔を赤くさせて、アタフタするりっちゃん。





「…な……奈実…?」





「あたし、見た事があるような…」





「――…え、いや、これは優が作った奴だから…」



だけどやっぱり、見た事あるような。





綺麗な円を描いていないこのシルバーリング。





どこでだろう。





なんで見た事あるんだろう。






「……あっ!あ!あ!あ!」





「…え?」





「違うかもしれないけど!来て!」





涙を拭った後、りっちゃんの手を引いて隠れ場所へ向かう。





中に入ったあたしは、目を見開く千穂達の間をすり抜けて、





バッグを手にとった。





それを、慌てて漁る。





「なあ、どうしたんだ?奈実」





「あ、あった…!これ!」



ここに来た、あの初日の日。





源達と別れた後、あたしは公園へ向かった。





その時、飛び出して来た男の人が落として行ったモノ。





シルバーリングが着いた、ネックレス。





警察に届けようと思っていて、ずっと忘れていたモノ。







「……これ………」






それを見ると、りっちゃんの瞳は大きく揺らいだ。






これはりっちゃんの双子の兄、優くんのモノだと間違いなさそうだ。




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