いいレディーになる為に
「……痛いぞ」
学校に着いたあたしは、隠れ場所の窓の外を眺めながらぽつりと呟く。
左肩を押さえ苦い顔をするあたし。
肩が痛むのは、千穂に何度も頭をぶつけられたせいだ。
目が覚めた千穂に訴えてやろうと思ったのに、気が付けば何処かへ消えてしまって居ない。
窓に手を触れて、空を見てみる。
快晴で今日もいい天気。この陽射しが眠さを煽ってくる。
「おいブス!あれ見せろ!続き!」
源の声に振り返ると、手をくいくいと曲げてくる。
あれとは、勿論iPhoneの事。
「元気だね~、源」
「んなのいいから早く見せろ。暇そうにしてんだろうが」
「じゃーあたし寝るから、勝手に見てて」
「ざけんなボケ。あんな面白いんだぞ?お前も見るに決まってんだろ」
「勘弁してくれ」
ほれほれ、とiPhoneを渡そうとするのに、頑なに共有を求めてくる。
一人で見た方が、集中出来るんじゃないか。
ふと視線を変えると、りっちゃんはソファーで気持ちよさそうに眠っている。
ああ、あたしも寝たい。
「よし、寝る」
「寝たらその顔面落書きしてやる」
「レディーの顔になんて事を…!」
この男の事だから、本当にやってきそうだ。そんな風に思っていると、源は何か思いついた様な顔をして、口端を上げる。
「い~いこと、かっんがえた~」
どこかから持ってきたマジック。
きゅぽっと音をたててキャップを取ると、ソファーに眠るりっちゃんの額に近付ける
「わ、源最悪だ!」
りっちゃんの額に丸を6つ書いている源。
「似てんじゃねーか、クリリン。髪もクリリンだしよー、ぷははっ」
「源、ありえな……ふふ」
あ、笑っちゃった。
しーらない。あたしは知らないぞ。
ここに居ては、あたしも源の餌食になりかねない。
「あたし、千穂捜しに行こうっと」
ふら~と、隠れ場所を出る。
直ぐに源に気付かれてドアを勢いよく開けたけど、全速力で逃げてやった。
少し離れた所で足を止める。
壁に手をつきながら階段を下り、何気なく歩く。
「千穂、何処行ったのかな…」
旭くんは検討がついているけど。
千穂が一人でふらっと居なくなる事って珍しいから。
足を止めた場所は校舎裏。
近くに食堂はあるけど、こっちに来たのは初めてだ。
よく見てみれば、花壇なんてある。
少しテンションが上がったあたしは、鼻歌を歌いながら足を進める。
「……あれっ?」
視線の先、距離は離れているけれどあそこに居るのは、
………千穂だ。
こんな所でなにしてるんだろう。日向ぼっこかな…?
千穂を見つけた事が嬉しくて、駆け足になる。
だけど、足にブレーキがかかった。
「ほら、ねぇ見て千穂!」
「ん。」
「美味しそうでしょ?食べてね」
「ああ」
…あ、心っちと一緒だったんだ。
無意識に、校舎の影に身体を隠す。
「び…っくりした…」
ぽつりと呟き、額に浮かび上がってきた汗を拭う。
胸がドキドキと高鳴っていく。
視線を再び千穂達に向ければ、思わす息を飲んでしまう。
可愛い。
心っち、本当に罪並みに可愛い。
千穂に笑いかける心っちは、綺麗にラッピングされたモノを渡している。
お菓子だろうか。
……女の子らしいな。うん、あたしとは正反対だ。
じ、と見過ぎていたせいか、千穂が振り返ろうとしている。
「やば」
焦ったあたしは、見つかる前に影に隠れてそのまま逃げた。
「千穂…?どうしたの?」
「……奈実がいた」
息を切らして走ったあたしは、ゆっくりとペースを落として呼吸を整える。
額に手の甲を置いて、ふらふらと隠れ場所を目指して歩く。
「……………。」
ふと、さっきの千穂と心っちの光景が頭に浮かぶ。
千穂の顔はよく見えなかったけど、デレデレしちゃってたんだろうな。
あんな可愛い子が彼女なんて鼻が高いな、千穂め。
「あたしとは……真逆」
さらさらな長い髪はウェーブがかかっていて、スタイルだって良くて、女の子らしくて。
無駄な肉とかなさそう。
「何が?」
「…うおっ!!」
「何してんの、こんな所で」
振り返ると、不思議そうな顔をしている旭くん。
毎度の事だけど、急に現れるのをやめていただきたい。
顔を覗き込んできたかと思えば、あたしの頬を指で突ついてくる。
「痛いぞ」
「いやー、やけに間抜けな顔をしてたもんで」
「間抜けって失礼な」
「ん?どうかした?」
横に並ぶ旭くんは、わざわざあたしの肩に肘を置いてくる。
千穂のせいで左肩が痛いのに、右肩まで痛めるつもりか。
それに微かに女モノの香水が鼻を擽ってくる。
ささっと距離をとったあたしは、ぽつりと呟く。
「…別に。レディーらしくなりたいなと切実に思ってただけ」
「ぶはっ」
な、何だと?
「何笑ってんの!!」
「いやー、超面白くて」
いいもんね!いいもんね!
いじけたあたしは頬に空気を入れ、ドスドスと廊下を歩く。
横からは、旭くんの笑い声。
「ははは、ドラ奈実最高~」
「ふんだふんだ」
「よしよし、じゃー俺がプロデュースしてやろう」
「なにっ?!」
足を止めて振り向くと、親指を立てる旭くん。
「ドラ奈実も元はいいと思うし、磨けば可愛くなるさ」
「…ほ、本当だな?」
「はは、やり甲斐ありそうだなー」
「お願いしゃっす!旭くん!」
「とりあえず、もっと可愛らしく言って」
「…お願いね、ふふ、旭くん」
「………………。」
ひくなよ、おい。
「化粧品は持ってるよな?」と聞かれ、すかさず親指を立てると、今すぐ取りに行って近くの空き教室に集合との指示を受けた。
駆け足で隠れ場所へ化粧ポーチを取りに行ったあたし。
ドアを開けると、口喧嘩をしていたりっちゃんと源。
そのせいか、あたしの存在に気付いていない。
りっちゃんも源もマジックだらけ。お互い、顔やらカッターシャツやらについてしまっている。
目を覚ましたりっちゃんが源にキレたんだろうけど。
……源ってば、小学校低学年だな。
いかん、いかん。
あたしは化粧ポーチを取りに来たのだった。
なんてったって、あのレディーに詳しい旭くんのプロデュースだ。
ワクワクすっぞ。
先程解散した場所へ戻ると、ちょうどそこに旭くんもやって来た。
「カーラーと香水貰って来たぞ」
「なにっ?!誰に?」
「んー、おんなのこ?」
「それはわかってるよ!!」
「細かい事は気にしない。ほらほら中に入った入った」
肩を押され、薄暗い教室の中に入って行く。
パチンと電気をつけた、適当に椅子を持ってくる。
「メイクは俺出来ないから、俺の言った色使って」
「アイアイサー!」
右手を額に当てると、その手を掴まれて退けられる。
「早く眉毛書いて、綺麗に」
「あ、はい、すいません」
眉毛を書いた後、グラデーションにアイシャドウを被せ、ラインを引いてマスカラをする。
最後には、薄ピンク色のグロス。
これでも前の学校では(する事がなくて)毎日メイクしてたんだ。
メイクが完成すると、あたしを見て何度も瞬きをする旭くん。
「…まじか、ドラ奈実。俺はてっきりドラ奈実は、化粧なんて出来ないと思ってた。初日に見たあれは悪夢だと思った。や、あれは酷かった」
「あんたの発言のが酷いわ」
初日は確かにメイクしていたけど、あの時は落とさずそのまま寝ちゃったからヨレヨレになっていただけで。
悪夢は言い過ぎだろコノヤロ。そんな事思われてたなんてショックだコノヤロ。
片手で顔を覆ってわざとらしく溜息を吐く旭くん。
「じゃー次は髪ね。」
そう言われ髪を巻き、旭くんがポニーテールしてくれる。
それから顎に指を置き、「スカートをもうちょっと上げた方がいいねー」とオヤジ発言を受け、腰に巻いて短くしてみた。
仕上げに甘い香りの香水を付けられ、わざとらしく鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅ぐ。
「こらこら、エロオヤジ」
そんな旭くんを押すと、コクコクと頭を上下に振っている。
「…変わるものだな、うん。流石、俺!!」
「う、上手く行ったかい?」
「もはや君は、一時間前のドラ奈実じゃない。進化したのだ」
「旭くんのお陰であります!」
「まだ色気というもんが全くないが、良しとしよう。徐々に、っつーことで」
「はいであります!これからもプロデュースよろしく!」
「おお、俺と一緒に大人の階段登ろう」
「よーし、戻ろ」
「ちょーーっと、急に無視すんのよそうよ」
化粧ポーチを片手に、旭くんと隠れ場所に戻る。
たまにはこうやって、レディーらしい事をするのも楽しい。
最近は日焼け止めも面倒っちくて多々サボってた。髪だって、りっちゃんにヘアアイロンあげてから使ってなくて毛先が跳ねたりしていた。
…みんなといるとどうも気が緩んじゃうんだよな。
千穂には化粧しなくていいと言われたしね。
「……なーんだよ」
自分の彼女はめちゃめちゃ綺麗なクセしてさ。
「なんだなんだ?急にふて腐れて」
おまけに、今日だって肩に何度も頭痛までくらってさ。
「…って思い出したら痛くなってきた!うおっ!」
肩の事を忘れていて痛さが消えていたのに、思い出してしまって再び痛む。
「なにこの子。ないわ。まじないわ」
隠れ場所のドアの前までやって来た。
隣の旭くんは、ひいた目であたしを見ている。
そんな彼に気にせず、ドアを開けると相変わらず騒がしい。
りっちゃんと源が、まだ言い争いをしている。
しかも、戻って来ている千穂が何故かそこにいる。
二人の間に挟まれている。明らかに巻き込まれている。
そんな三人は、気配を感じとったのか、ふとこちらへ振り向いた。
「どうしたよ、源と律」
隣からは旭くんの呆れた声。きっと二人のマジックだらけの顔を見て驚いたのだろう。
だけど、そんな声を無視してりっちゃんがあたしの元へ駆け寄って来る
「奈実か?!何があったんだ?」
「ん?」
あたしの両肩を押さえるりっちゃん。
それを見て隣の旭くんは、ニヤニヤと笑う。
「どうだ?ドラ奈実可愛くなったろ」
「旭がやったのか?雰囲気違うからビックリした」
「俺はお前がクリリンになってる事にもビックリしてるけどな」
りっちゃんの反応に、頭を掻いて笑うあたし。
そんなあたしに、近付く源。
「何洒落こんでんだよ気色悪ぃーな」
うるさいよ!マジックだらけのアンタには言われたかねーよ!
「えー…?そんな事言っていつもと違うドラ奈実に見惚れたんじゃねーの?」
ちょい待て、旭くん。変な事を口走らないでほしい。
「あん?誰がこんなブスに見惚れんだよ。ありえねーっつんだよ。な?千穂」
おいコラ、千穂にまで振る……
「………………、」
「………………。」
……………え。
目の前の千穂は、目を見開いて固まっている。
その千穂の瞳に吸い込まれるあたしは、声が喉の奥に詰まる。
「どうした?奈実」
りっちゃんが不思議そうな表情を浮かべて、顔を覗き込んでくる。
……わからない。
わからない、けど。
千穂から、目が離せない。
「………奈実、」
数秒後、口を開いた千穂。
それに肩をビクリと揺らすあたし。
「………来い」
……え?来いって?
「ええっ?!」
突然、千穂に腕を掴まれてグイグイと引っ張られる。
皆からの視線を無視して、隠れ場所を出て行く。
「千穂っ?なに?」
なんなんだ、一体。
訳がわからないのに、鼓動だけは速くなる。
目に映るのは、千穂の背中。揺れる綺麗な栗色の髪。
長い廊下を越えて、ひと気の少ない薄暗い階段の前で足を止める。
「……………。」
「ち、千穂く~ん。どうしちゃったんだ~い?あたし何かしたか~い?」
振り向いてくれない千穂に、ヘラっとした声で投げ掛ける。
だけど、辺りは静か。言葉が中々返ってこない。
「ちょっと、千穂」
何か怒ってるの?
そう不安になって、足を一歩前に出す。
すると、無表情の千穂の顔が見えた。
「……奈実」
「な、なに」
目が合うと、そのまま身体を向けて、低い声を出す。
「化粧、しなくていいって言った」
「……え?」
「なんでしてんの」
そして無表情から眉にシワが寄っている表情へと変わる。
「…なんで?ん~?なんで?」
ポリポリと人差し指で頬を掻き、苦笑してみる。
だけど、千穂の眉は寄るばかり。
「……変、でしょうか」
俯き加減になって、声が小さくなってしまう。
お前みたいなキャラの女が急に洒落こんじゃねーよ!的な感じなのでしょうか。
「……見られたくねえ」
「…え?」
顔を上げると、視線を変える千穂。
「だから、見られたくねえ」
「ん?どういう事?」
「そういうの、なんかむかつく。甘い匂いするし」
「…だって香水つけてるもん」
「つけなくていい」
目の前には、口を歪めている千穂。
そして、ぽかんと口を開けているあたし。
「そんなに酷いかな、あたしの顔」
「…わかってねえ」
「え?なになに?もしかして褒められてる?」
「……………。」
何かよくわからないが、もう怒ってはなさそう。
それにしてもつくづく謎な人間だ。
「あっはは、千穂に見てもらいたかったからさ~、怒ってた時ちょっとビックリしたよ~」
「……俺に?」
「あ、…や、あっはは」
思わず口からぽろっと出てしまった。
何を言っているのだ、あたし。
恥ずかしいじゃないか。
よし、逃亡だ!!
「怒ってない」
「えっ?」
「……似合ってる」
振り向くと、千穂と目が合う。
息を飲むあたしは、フイッと目を逸らした。
「な、なんてったって旭くんプロデュースだもんね」
なんだろ、変な気持ち。
怒ってたかと思えば、次は『似合ってる』とか真顔で言ってのける。
……やっぱり千穂って、
「………奈実」
「恐い!不思議!!」
「………は?」
「摩訶不思議アドベンチャー!」
「……意味わかんね」
あんたの方がな!
じっと不思議そうにあたしの顔を見て、髪を掻く千穂。
髪から離れた手は、今度はあたしへと伸びる。
目の前まで来ると、その手をペチンとはたき落としてやった。
「そうだ千穂!あたしの肩を痛めつけた癖に!まだ何かする気か!」
「…いて…」
自分の手を摩って、もう一度「いて」と言う千穂。
叩く力が強かったかな、と少し心配になる。
「ち、千穂が急に手を伸ばしてくるから悪いんだからね!」
「殴ろうとなんかしてない」
いつも突拍子すぎるんだ。
こっちの身にもなってくれ。
「禁止、はい禁止」
「触ろうとしただけ」
「あー…恐い。この人恐いよ」
「なんで」
「なんでじゃございませんよ、あーた」
「………。」
このままだと危険だ、と察知したあたしはその場から逃亡した。
階段を下り、長い廊下を駆け抜ける。
少しした所で立ち止まり、振り返って見た。
よし、千穂は追いかけて来てないみたいだ。
…それにしても。
『……似合ってる』
本当になんだったんだろう。
化粧しなくていいって言った癖に、そんな事を平気で言ってくる。
そして、それに鼓動が速くなる自分がいた。
「あー、ダメダメ。あれは最早人間じゃないんだわ」
そうぽつりと呟くあたし。
その前にはちらほらと生徒がいる。
今は授業が終わって休み時間なんだろうか。
あたしも早く戻ろう。
そう思って、俯き加減で足を進める。
「…まじ?もうすぐ一年かよ」
「ああ、近くなると暴れそうで恐くね?去年はやばかったよなー」
「だよな~…でも最近大人しくねーか?このまま日が経ってくれっといいんだけど」
近くから、不良っぽい男子生徒の声がする。
なんの話をしているのかは、よく解らないけど。
金色の派手な髪に目を奪われる。
「相方がいた頃はまじ半端なか…」
「ちょっ…!それは禁句だろーがよ!」
あ、金色がアタフタと頭振ってる。面白い。
「こんな会話してんのバレたら猪崎だけじゃなくて片桐達まで出てくんぞ…っ!」




