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棘の蜜  作者: かすみ
第1章
2/23

それはそれは長い夢


ふと、目を開く。





横たわっていたあたしは、制服についた砂をパンパンと払ってゆっくりと立ち上がる





「…くっそー、いてて」





まだくらくらとする頭をかいて、顔を歪める





なんなんだ、さっきの頭痛は。





そしてこんなとこで倒れてたあたしってどうよ。





辺りを見渡して、人が通らなかったのか確認してみる。





「あれー?さっきこんなに木生えてたっけ?」





ぼけてんのかな、あたし。それかどっかに頭を打ったのか?





そんなことよりも、





目の前に見えるのは、第3高校と思われる建物。





あれ?確かあの親父、綺麗だとかなんとか言ってなかったっけ?





え、なに?あの人まさかボケかましてきてたの?






普通に、ボロいんですけど。


どう見たって綺麗には見えない第3高校へと足を進める





間近で見れば見るほど、ボロいといいますか、正門近くの壁には落書きなんてまである。





柵に手を触れ、中を覗きこんでみる。





そこには………ずらりと並んだ原付や単車たち。






あれ……?







「てめーこら。ぜってぇーぶっ殺す!!」





「おめぇーら早く押さえつけろ!こいつが一人でこんなとこにいんのは滅多にねえ」






ええええっ??!






目の前で繰り広げられていた光景に、唖然とした。





だって、





派手な頭をした不良達が鉄パイプをぶんぶん振ってる。





しかも、その男は目にも止まらぬ早さでぶっ飛んで、後ろに止めて置いたバイクに頭から突っ込んだ





次々にバタバタと倒れて行く不良達。





地面には痛々しい血の痕。






「……嘘…でしょ……?」





思わず、口からそんな言葉が漏れていた。





だって、ありえない。





男一人で、7、8人はいる不良達を次々に倒していくんだから。


栗色の髪の背の高い男。





細身に見えるのに、倍くらいある不良をいとも簡単に倒してしまった。





後ろ姿しか、見えないけれど……凄い。





ごくりと息を飲むあたしは、その男から目が離せない。





「わーったって…!もう、来ねえから、来ねえからよお」





倒れこんで泣きついている男の金色の髪をぐいと掴んで、そのまま地面に叩きつける






……っ…、いったぁ……!






そんな光景にゾッとするあたしは、目をぎゅっと閉じた。






……なにこれ、ヤクザのおっちゃん!!つーかあのハゲ!





今はナヨナヨしてて喧嘩とかないみたいな事言ってたよね?!





どうみて、あれがナヨッてるの!!






どう見たってあれは………






「やだーー血ーーやだーー!」





「兄ちゃの嘘つきーー!」





そりゃ小さい子供だって、ギャーギャー喚くよ。






……って、はい?子供?



なんであんな危ないとこに、子供がいるんだあああああ!??





ガシャン、と音をたてて柵に顔をめり込ませる






うううと唸って倒れこんでいる男達。





その真ん中には栗色の髪の男が手についた血を制服の袖に拭いている





で、問題はここだ。





その男の腰にしがみついている小さな男の子と女の子。






「やばいぞ、頭がついていかないぞ」





一度大きく深呼吸してみて、そしてまた目を向ける





だけどやっぱり、見間違いではない。






「アーイースはーー?」





「ゆずも!ゆずもアイス食べるー!」





男の腰をびっくりするくらい揺さぶってアイスをねだってる子供たち。






……ああ、なんてことだ。






片手で顔を覆って、大げさによたついてみる。






指の隙間からちらりと見ると、






「………ああっ…!」





倒れこんでいた一人の男が、鉄パイプに手を伸ばしているのが見えた


心臓がドクンと跳ねた。





鉄パイプを手に持った男は、子供達もいるというのに後ろから殴りかかろうとしている






―――やばい…っ!!






「…後ろっ!後ろ見て!!」






男に向かって無我夢中で叫ぶ。





あたしの心臓はバクバクと騒いでいた。





それはもう、一瞬だった。





栗色の髪の男は、後ろから殴りかかる男を蹴り飛ばした





ちゃんと子供達から離れて。






ガラン、と音をたてて豪快に倒れこむ男。





それを見てホッと息を撫で下ろした



ふわりと靡く栗色の綺麗にセットされた髪。





ちらりと横顔が見えて、ドキッと胸が跳ねた






白い肌に、綺麗な瞳に高い鼻。






それはもう、見たことがないくらいの綺麗に整った顔。







自分の心臓がこんなにも落ち着かないくらいだ。






「………ん」





頬についた血を指で拭い、柵に捕まるあたしの方へと振り返る





その男と、ばっちりと視線が絡まった






「………っ……!」






落ち着け。






落ち着け、あたし。






真正面から見た彼はあまりに綺麗すぎて、あたしは言葉を失った。

あたしから目を逸らさない綺麗な男。





距離で言えば、そんなに近くはないのに、凄い威圧感。





だけど、その男は子供達によって体勢を崩される





「あの姉ちゃん、千穂の知り合いなのか?」





「ゆずはねー、アイス食べるの!」





また揺さ振られ、身体が動いている。されるがままだ。






いや、なんという光景なの……。






そのまま揺さ振られながら歩き出す美形男と子供達。






「知らねえ」






うわ!しゃ、喋った……!





ってそりゃ喋るよね。落ち着け、落ち着つこうか、あたし。





「えー!アイス駄目なのー?」





て、てかなんなんだあの目がくりくりなキュートな女の子は…!




幼稚園児くらいかな?とにかくなんて可愛いの……!






「や、アイスの方じゃねえ」





「やーだーー!ゆずアイス食べるー!」


「おお、アイスな」





「ゆずはアイス食べるよーー。千穂のぶぅわぁくぁぁぁ」





あ、でも全然噛み合ってない。





美形男も首根を押さえて立ち止まり困っている。たじたじだな。





もう一人の小さな男の子は腕を頭に回して、その光景を横目に鼻で笑ってる






あの三人は、きょうだいかなんかなのかな?






なんだかそれがおかしくてぼんやり見ていると、いつの間にか近くまで来ていた美形男と子供達が柵に手をかけた






焦ったあたしはすぐにそこから離れて距離をとる


正門を出て、歩き出して行く三人。





距離をとっていたあたしは口をぽかんと開けて見ていた。





すると、不意に振り返った美形男。





無表情でじっと、あたしを見ている






見つめられると顔が噴火してしまいそうで、ごっくんと息を飲んだ。





「アイス。」





「…え?はい?」





よくわからない単語をあたしに向かっていうもんだから思わず聞き返してしまった。





耳の後ろに手を当てて。





美形男は眉をぴくりと寄せているが、わざとやった訳ではない。動揺しているだけなんだ、決して馬鹿にした訳ではない。





「アイス。いるだろ、ゆず」





「うん!!」





あれ?ゆず?





小さい女の子、ゆずちゃんは大きく頭を振って満面の笑みで頷いている。





謎なのは、何故顔をゆずちゃんに向けずにあたしに向けているかだ。





「早くしろ。ゆずがいるって言ってる」





「えっと………はい?」

さんさんと照りつける太陽。





大きな白いベンチに座る四人の影。





やっぱ夏は、アイスにかぎるよねー。





本日、二本目のアイス。





「ゆずね、ゆずね、ミカンの味も好きなの」





にへらと可愛い笑みをあたしに向けるゆずちゃん。





いやもう、可愛すぎて抱きしめたい衝動を抑えるのに必死だ。さっきから何度下唇を噛み締めているか。





……と、そんなことより。





今あたしは、何故か美形男に子供達と一緒にアイスを奢ってもらって、ムシャムシャと食べている。





「あたしのミカンだよ」





そう言ってゆずちゃんにミカンのアイスを向けると小さな口であむっと食べた





「むふふー。おいしー」





むふふっておい。きゅんじゃねーか、おい。





というかそちらの二人は何故無言なのか。





どう考えたって、気まずいでしょうが。


学校のすぐ側にある酒屋の前にある白いベンチ。





ゆずちゃんの声がして顔を右に向ける度、心臓がやられる。





その隣の隣に座る美形男が目に写ってしまうと、より危険だ。





カチカチ、と音をたてて煙草に火をつけている。





白い煙が空を舞うと、隣のこれまた可愛い男の子が「うげっ」と言って鼻をつまんでいる





「姉ちゃん、俺と場所変わってよ」





「えー駄目ー。ゆずの隣だもん。葉は駄目!」





あ、やべえ。なにこれ、超やべえ。





萌え萌えメーターがMAXまで達しそうだ。





というかこの男の子は(よう)くんと言うのか。かわええ。





葉くんは「とう!」と言ってベンチを下りて端に座っていたあたしの横にちょこんと座る





そのせいでさっきより美形男と距離が縮まってしまった。





「ねーねー。お姉ちゃんの名前なんて言うのー?」





「わ!ちょっ、な、奈実です!奈実と申します!!」





目をくりくりさせて、顔を覗きこんでくるゆずちゃん。





焦って後ろに倒れこみそうになった

「なみちゃんって言うの。かわいいね」





「まさしくわたくしのセリフであります!!」





その綺麗でぷりぷりのお肌を噛みつきそうになる。





それは出来ないから、我慢する為に鼻を膨らませて勢いよく酸素を得ようとした。





が、煙草の煙をもろ吸ってしまい、ゴホゴホとむせた。





「なみちゃん、大丈夫?」





だいぶ歳の離れた女の子に心配されるあたし。





あはは~、と笑ってると制服のスカートにポタ、と雫が落ちた





「ああ!」





「ミカンのアイス、溶けてるよ!」






一度ならず、二度までも。





慌てたあたしは急いで口の中に放り込んだ。




そのせいで鼻の上がキーンと痛くなった





目を瞑って、ふらふらと両手をゆずちゃんの方へ向けて痛さを訴える





すると、ガシッと掴まれた手首。





「ええ……?!!」





慌てて目を開ければ、ゆずちゃんの隣にいる美形男があたしの手首をぎゅっと掴んでいた


美形男があたしの手を引いて、自分へと近づける





頭がフリーズしたあたしは、ぽかんと口を開けた間抜け面。





美形男は、何を思ったのかあたしの指をその綺麗な唇に付けた






……は……?






ちゅっと、音を立てて離れる唇。





「…あめ」





だけど再び、あたしの指に唇を付けた。





フリーズしていた頭はフル回転して、そしてぼんっと爆発した。





唇から覗かせた舌を見えた時、「ひいいぃぃ!」と変な声を出して、これはやばいと思い手を勢いよく引っ込めた






一体、何を考えてるんだこの美形は…!!!






「顔、赤い」





「………っう!」





心臓の音が騒がしくて、頭がパニックに陥っているあたしは、急いでベンチから降りた





不思議そうにあたしを見つめてくる。もはやこやつは人間ではないとあたしの頭にインプットさせた。





「しゃっせえしゃっした!!!」





もはや何語かわからないそんな言葉を残して、あたしは逃亡した。





いや、あたし的には失礼しましたと言いたかったんだ。


あの場が耐えきれず、逃亡したあたしはどうやら無我夢中で走っていたらしい。





なんちゅー危ない男だ。





心臓がいくつあっても足りない気がする。





それにしてもあんな美形がこの世の中に本当に存在するんだな。びっくりだよ。





前の学校は栄光の架け橋男子が多かった。これはあたしの考えたネーミングで、意味は、眉毛が繋がってるやつのこと。





とにかく見慣れてなさすぎて、もう頭が大変だ。






「……あれ…?」





これって、来る時に通った道だよね?






さっきの男のせいで周り見ていなかったけど、明らかに何か変。





コンビニの数も、減ってる気がするし。




あんなところに、ゲーセンなんてなかったような気がする。





道、迷ったのかな…?

キョロキョロと辺りを見渡す。





いや、確かにこの道を真っ直ぐ来た筈だ。





「……おかしいな」





なんだろ。変に胸がもやっとする。





なんだか不安になる。





そうだ。早く、ヤクザのおっちゃんのところに戻ろう。





おっちゃんにもすぐ帰るって言ったし、それに新しい部屋も早く見たい。





そう思って足を進めた。





ヤクザのおっちゃんの、自称カフェのMasa's cafe。





そう、この場所が一時間程前までいたカフェ。







……そう、この場所が。










「どうして……お好み焼き屋さんなの…?」







だって、ここにおっちゃんのカフェがある筈なのに。


ん、とりあえず落ち着こうか。





ほれ、息を思い切り吸い込んで、思い切り吐く。





「はああああああふうううううう」





そして目をぎゅっと瞑って、カッと開いた






だけどやっぱり、目の前にはお好み焼き屋さん。





あたしがいなくなった間に何があったんだ、一体。





もしかして、あの店は変身出来るのか?!





や、落ち着け。胸に手を置いて、落ち着け。





そうだ、iPhoneがある。ヤクザのおっちゃんに電話してみよう。





「………………。」








―――――圏外。







何故だ?何故圏外なんだ?





まさか、止まってる?このタイミングで?いや、でも毎月ちゃんと払っている筈。






あたし絶対頭がおかしい。あれだ、都会に慣れてないからだ。





時差はないけど、田舎から来たから時差ボケ的な症状が起こっているんだわ、きっと。


「あっははー……はは」





新しい街にきて、それなりにやって行けると思っていた。






――――計算外だった。






ヤクザのおっちゃんの店がなくなって、古ぼけたお好み焼き屋に変身している。





「…道、迷ってない筈なんだけど」





頭をぽりぽりとかいて、にへらと笑う。




あ、やべ。さっき右手にアイスが垂れてべたついてたんだった。





あーあ、髪にまでべたつきを与えてしまった。





それと……、あの美形の……。






「…って何を思い出してるんだあたしいいいいぃぃぃっ!!!」






道端で頭を抱えて叫ぶあたしを、通る人達は変な目で見ている





また髪を触ってしまったあたしは激しく落ち込んだ。




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