新しい街と伝説
――ブルンブルンブルンー…~~♪
じりじりと暑い空の下。
大きなエンジン音と、それと同時に洋楽を鳴らすバイクが、あたしのチェックのスカートを揺らしてすれ違って行く。
目を丸くさせて後ろを振り返ると、遠くにはバイクに二人乗りをした若い男達。
それを見てバイクでも音楽流せれるんだ、なんて思って前を向き直した。
「やっぱ都会ー!」
そんな言葉を口にして、軽やかに歩く。
久しぶりに見た派手派手なヤンキーと、初めて来た都会の街。
さっきからあり得ないくらいの数のコンビニがある。
「ありゃ?」
気が付けば、地面のコンクリートにシミをつくっている。
右手に持っていたアイスバーがポタポタと垂れていることに気が付くと、棒の下からぺろりと舐めて、棒を滑らせて口の中に全部突っ込んだ。
あー、手がベタベタする。
早くヤクザのおっちゃんのところに着かないかな。
白の半袖のカッターシャツ。
緩く結んだ薄ピンク色のネクタイ。
紺色のチェックのミニスカート。
黒のハイソックス。
……今日まで通っていた学校の制服。
生温い風に靡く明るめのブラウンの髪。そこからちらつかせる左耳に一つ付いてる小さなピアス。
悪戯が好きで、前の学校では教頭とよく喧嘩した。
教頭のやつめ、あたしが1年の時に愛妻弁当を食べた事をずっと根に持って、引っ張ってた。
今日で最後だったのに、顔を綻ばせてやんの。
……あ。
ふと顔を上げて其処を見てみれば、教頭の憎たらしい顔がパッと消えた。
「あ……!ぼろーい…」
足を止め、呟く。
目的地に到着したはいいけれど、予想していたのと随分と違って呆気にとられてしまった。
カフェって聞いていたから、綺麗なのだと勝手に思っていたけど。これってカフェなのかな。昔ながらの喫茶店って感じ。
それよりも、薄暗いんだけどやってるのかな?
カチャリと音を立てて、中を覗き込む。
瞳に写ったのは、スキンヘッドの人が恐面のお兄さん達とギャハギャハと笑っている姿。
カウンターには、珈琲じゃなくて黄色い液体。
昼間っからビール。
「バ、バーなのかここは!」
思わず突っ込むと、中にいた怖い兄さん達が揃いも揃ってあたしをじっと睨むように見る。
……え!
変な汗がだらだらと流れてくる。
固まるあたしに、真顔だったスキンヘッドの男が目尻を下げて笑顔を見せた。
「ひっさしぶりだなー、奈実!」
「あっ…!ヤクザのおっちゃん?」
中に入ってスキンヘッドのおっちゃんの元へ駆け寄る。
五年ぶりだから、遠くからだとわかんなかった。
「いやー、大きくなったなー。可愛くなったじゃねえの」
「おっちゃんも相変わらずピカピカじゃねえの」
にっと笑うと、頭にこつんと拳を落とされた。ほんと、相変わらずだ。
「まだおっちゃんじゃねーよ。こう見えても26なんだよな」
老けてるなー、もう。
「そうだね若かったね、老けてるだけだよね」
「お、とりあえず黙ろうか。」
ヤクザのおっちゃんはそう言ってあたしの腕を引っ張って、怖い人達の隣に座らせた。
顔は笑ってるけど、目は笑ってない。
「なんだよ、雅樹。お前いつヤクザになったんだよ」
隣のオールバックの兄さんがビールを飲みながら、ヤクザのおっちゃんに笑っている。
「ヤクザじゃねーっつの。こいつが昔っから勝手に呼ぶだけ」
「いたいいたいいたいいたい」
頭をぎゅうぎゅうと押してくるから、あたしは顔を歪めた。
だって、見た目ヤクザだもん。
小さい頃からおばあちゃんにあいつはヤクザだよ、って聞かされていたし。
意外と座り心地のいいこの椅子に深く座って、辺りを見渡してみた。
外面だけじゃなくて、内面も結構ぼろい。
「…奈実」
「んー…?」
天井に向けていた顔をふい、と前に戻す
さっきまでおちゃらけて笑ってたヤクザのおっちゃんは、眉を下げてあたしを見ている
「……残念だったな。ばばあ」
「…あ、…うん」
「ばばあみたいには甘やかさねーけどよ、俺がお前の面倒見てやるからな」
おっちゃんが言ってるばばあとは、あたしのおばあちゃんの事。
ずっと、一人であたしを育ててくれたおばあちゃん。
怒ると怖いけど、凄く優しかったおばあちゃんは「ちょっくら天国にでも行ってくるわ」と言って旅立ってしまった。
それで、従兄弟のヤクザおっちゃんの所で住むことになったんだ。
「お前手ぇ出すんじゃねーよ?ひゃひゃひゃ」
「いやー、姉ちゃん可愛いから心配だ」
隣にいるおっちゃんの知り合いのこれまたヤクザっぽい人達が変な笑い声を出してあたしの肩をバシバシと叩く。
「誰がこんなガキに手ぇ出すんだよ。まだ16かなんかだろ」
「なにおう。17だ、ばーか!」
「同じようなもんだろうが」そう言いながらグラスに手を伸ばすおっちゃん。
冷蔵庫を開けて、パックのオレンジジュースをそのグラスに移して、あたしの前に出してくれた。
「わーい!」
にっ、と笑っておっちゃんの手をぎゅっと握る。
ギョッとしたおっちゃんは奇妙な声をあげ、隣にいる兄ちゃん達はヒューッと言って笑う。
「うわ、ベトッてしてる!んだこれ」
「さっきねー、アイス溶けちゃったんだー。おしぼりー!」
手を差し出すと、あたしの顔に向かっておしぼりを投げてきた。
ちょっぴり痛かったけど袋を破って、べたついていた手を拭く。
「…そういえば、ばばあがお前は手ぇつけらんねーとか言ってたわ」
「おー、なんのことかな」
溜め息を吐くおっちゃんに拭いて丸めたおしぼりを渡す。
前の学校は真面目な人しかいなくて、あたし浮いていたからな。
こっちの学校は、どうなんだろう。
「あ、そう言えばね!あたしヤンキー見たよ!さっき!バイクに二人乗りしてた!」
もたれた身体を起こして、オレンジジュースの入ったグラスを両手でぎゅっと握る
「へぇー…」
「音楽とかバンバン流してたよ」
「あー…。最近多いな。でも今の時代はいきがってる奴多いけど、ナヨナヨだよな」
おっちゃんの声に、便乗して隣からも声がする。
「あー、そうだなー。第2と第3なんて今じゃ普通だもんな」
「ギャル男っつーの?ああいうのが多いよな」
「学校しきって頭になる奴らもいねーし、平和だよなー」
「そう考えたら俺らの時代、すごかったよなー。あの人とか」
「や、あれは人間じゃなかったもんなー」
「もはや、今じゃ考えらんねーわ!」
わ、なんだなんだ。
勝手に盛り上がっちゃってるじゃないの。
「あ、やっぱヤクザのおっちゃんも荒れてたんだね。さぞ有名だったろう」
あたしの頭の片隅にある記憶を思い返せば、おっちゃんの高校生の時はもうイケイケって感じだった。
髪は生えてたし、ピアスじゃらじゃらさせてたし。
「俺なんて、全然だったぞ。まーったく、目立ちもしねーし。あの人に憧れてかっこつけてただけだな」
「え?!目立たなかったとかまじか!」
あれで目立たないとか、嘘でしょ。
「俺らん時代は、それはもう荒れててなー…今や伝説になってる人が仕切ってたんだけどよ」
なんだ、伝説って。
ここは笑うところかな。
「あー、あの人今何してんだろうなー…」
「確かに気になるなー…」
「俺は死んだって聞いたぜ?結局俺らって顔も見れずに高校生活終わったよなー…」
いや、この人達まじだ。
笑いそうになるのを誤魔化すようにオレンジジュースを飲んだら、ごほごほと咳き込んでしまった。
周りは、ひいた目で見てくる。
「とりあえず、おっちゃんは目立たない生活を送ってたわけね。うん」
「…お前、上あがったら?」
視線を右端にある階段へ向けるおっちゃん。
この上があたしが今日から住む部屋になる。
「そうだねー、カバン邪魔だと思ってたところなんだ」
膝の上に置いていた学校カバン。何気に重い。
「なんだ?勉強道具でも入れてんのか?他の荷物は一昨日に全部届いてあるぞ」
「あ、そうなんだ!ちなみに勉強道具は入ってないけどね」
このカバンの中身は、化粧ポーチに手鏡に財布にスケジュール帳とiPhoneの充電器にアイロン。
今の時代、寝坊した日は休み時間にアイロンで髪を真っ直ぐにしちゃうのよ。
「そういや奈実の通う高校は杉浦の第3高校だったな」
「あ、確か第3だったかなー」
この地区は人口が多いみたいで、第1、第2、第3、第4と高校が昔からあるらしい。
前の高校の事を考えると、すごいなって思う。前の学校は田舎だっただけに生徒は少なかったな。
「今は普通に第3に入れちゃうもんなー。俺も昔入りたかったわ。」
「へぇー…」
「それにリフォームされて、すげー綺麗になってるわ。」
「そうなんだ、ちょっくら行ってみよっかな」
「は?何しに」
「え?挨拶に。」
オレンジジュースを飲み干して、空になったグラスを置く
するとおっちゃんは「こいつまじ馬鹿だわ」とか言って笑った。
冗談じゃなくて、まじで行くもんね。今から見に行っちゃうもんね。
「学校に挨拶して来るだけだもんね」
「変なことやらかすなよ?」
「しないってばー。ヤクザのおっちゃんこそ、ちゃんと営業しなよ?」
椅子を後ろに引き、カバンを肩にかけて立ち上がる
「部屋は見に行かなくてもいいのかー?」
「んー、楽しみは後にとって置く!てか、すぐに帰って来るから!」
そう言って、店を出た。
わくわくさせながら、第3高校目指して走った
……引き寄せられるように。
新しい街並み。
都会ってあまり好きでは
なかったし、
本当は、他に頼る人もいた。
前の家でも、暮らすことは出来た。
だけど何故だろ。
ここに来たら退屈な日々から
抜け出せる気がした
ここに来なきゃ駄目な気がしたんだ
iPhoneのマップで見てみれば、確かにこの辺り。
うーん、と首を捻りながら歩く。人が一人もいないから、道も聞けない。
マップでは、ここを真っ直ぐ行けばつく。
一歩。
一歩。
「……いった…」
歩いていると急に頭がガンッと殴られたように痛んだ。
偏頭痛だろうか。
また一歩、また一歩も足を踏み出すにつれて、痛みは増す
……なんなの、これ。
こめかみを指で抑えて、目を細めながら歩く。
ズキズキする。
「あー、もう。なにこれ…」
頭痛に腹が立って、足を止めた。
すると、視界がぼやける。
iPhoneから目を離して、ゆっくりと顔を見上げる
そこにはぼやけて見える、第3高校。
その瞬間、意識が途絶えた。
バタ、と身体を崩して倒れこんだ。
目を覚ました時には、絶対にあり得ないもの。
夢みたいな、現実ではあり得ないことがあたしの身に起こる