鍛錬
「あなたの下で訓練をさせてください」
真面目な目付きで涼葉は俺に問いかけてきた。なぜ俺に?助けただけだぞ、本気なのか?という考えが俺の頭によぎる。
「…はあ。お前の親御さんはどうする?いきなりそんな行動に移すと心配するだろう」
矢継ぎ早ではあるが、思った事を質問した。すると、涼葉は俯いて小さく喋り出す。涼葉の雰囲気から聞いてはいけない事を聞いてしまったような、そんな気がした。
「死んだんです」
「は…?」
衝撃の事実が涼葉の口から告げられ俺は目を丸くする。唖然としていると、涼葉は続きを喋り出した。
「母はアビスから逃げる際に追いつかれて殺されて、父はアビスとの戦争に赴き戦死しました。妹もさっき潰されて死にました。うちには大切な家族も、帰る場所もないのに、アビスに対する復讐心だけはあるんです。うちは、失った家族の為とこれから失いたくない人達の為に強くなりたい。その覚悟があってあなたに言っているんです。」
涼葉は悔しさに飲まれそうになりながら、そして必死に冷静さを保ちつつ、歯を食いしばって俺に説明してくる。
衝撃の事実と覚悟が伝えられ、俺は開いた口が塞がらなかった。俺はこれほど困っている人間を見捨てるほど鬼畜では無い。考えは一つだ。
「…わかった。俺に着いてこい、だが今日から厳しい道になるがそれでもいいか?」
「もちろんです」
俺の問いに即座に答え、相当な覚悟がある事が改めて伝わった。
「よし、着いてこい。」
涼葉に手招きをし、俺の家に案内する。道中、涼葉はまだ精神的にやられているのか話しかけられる事は無かった。
「そこら辺に座ってくれ。好きに過ごして構わん」
涼葉はゆっくりとした足取りで家の中に入り、リビングに1つ置いてあった大きなソファーの隅に座る。それを確認して俺はキッチンに向かった。2つのコップを用意し暖かいココアと、俺が飲むコーヒーを作ってそれぞれに入れる。
2つコップを持ってリビングに戻ると、涼葉はソファーに座りながら少し俯き気味だった。
「はい、ココアだ。とりあえず飲んで話をしようか」
「あ、ありがとうございます」
ココアを飲ませ少し和んだタイミングで話を切り出すことにした。
「まず、俺と訓練をする上で聞いておきたいことがある。お前の異能はなんだ?それ次第でメニューを考える」
「えっと、うちの異能は万物生成です。基本なんでも作れますが、作るものの複雑さによって生成の時間が前後します。あと、簡単な事象であれば生成も可能です」
涼葉は指先に水を生成しながら自分の異能を語った。それを聞いた俺は驚き、考え込む。想像以上に強すぎる異能だが、涼葉はまだ分かっていないところが多いと見抜く。
「なるほどな、単刀直入に言うがお前の異能は相当強い。だが、自分自身分かっていないところもあるだろう。」
俺が言った事をまるで図星かのように目を見開いて聞いていた。涼葉は気を取り直し、改めて俺の話を聞く姿勢を取る。
「その反応、当たりってとこか。俺が思いついた訓練内容を何個か言うぞ。そこ紙とペン用意しといたから、メモして大切に保管しとけよ」
そう言って涼葉にメモの準備をさせた。俺は訓練の内容とコツを教える。そして涼葉のメモが終わるのを見た俺は涼葉に声をかけた。
「とりあえず、訓練は明日からだから今日は休め。部屋は好きな所を使え」
「え?良いんですか?」
「もちろんだ。そこら辺にほっぽり投げて訓練の時だけこっち来いなんて残虐な事はしない」
涼葉はかなり驚いていたが、俺も一人間として見捨てる訳にはいかないと感じていた。全力で感謝を告げようとした涼葉を制止させ、幾つか部屋のある場所に案内する。
「飯の時間になったら呼ぶ。お前は休んでてくれ」
「あ、ありがとうございます!」
俺は涼葉にそう言って夕飯の準備を始める事にした。冷蔵庫から具材を取り出し、カレーを作る事にする。少し時間が経ち、夕飯ができて涼葉を呼ぶ事にした。
夕飯を涼葉と一緒に食べ、風呂も入らせ、涼葉を少し早めに寝かせる。そして迎えた翌日、用意されていた朝ご飯を食べて、涼葉は言われた通りの時間に地下にある訓練場へと集合した。
「おはよう。とりあえず何でもいいからお前のできる強い物を創り出して適当に撃ってくれ」
「え、でもこの家に傷が付きますよ」
「んなもんどうでもいい。お前の実力を見たい」
俺はそう声をかけ、異能に集中するよう促す。涼葉は決心がついたのか、手に異能を創り出していた。萎んだり大きくなったりを繰り返しやがて手のひらから太陽のような、オレンジ色の光弾が出現する。
「撃っていいんですかこれ!!」
「おう、良いぞ。撃て」
涼葉は困惑しながらも創り出した光弾を壁に向けて投げた。壁に触れた瞬間、轟音と共に爆発が起きる。爆煙がたち込む中、涼葉は汗だくの状態で俺に視線を送った。
「はあ…はあ…これが、うちの出来る最大です…」
「ふむ、面白いな。伸び代しかないな」
顎に手を当て、関心する。ゆっくり歩いて涼葉に近づいていき、異能の出し方のコツを教える事にした。
「あのな、お前は無駄に力みすぎだ。実際、その攻撃のみで今限界だろう。」
涼葉は力みすぎを指摘された事に驚く。恐らく分かってはいたものの、実行に移せなかった所を当てられて図星なのだろう。
「え、なんで分かったんですか!」
目を光らせ、俺に聞いてくる。まるで子供のようだと思ったが、意に介さず答えることにした。
「見たら分かる。腕と肩が張ってる」
指で腕と肩を指し、力を抜いて改めて撃つよう指示をする。言われた通りに力を抜き、もう一度異能を創り出す。さっきとは段違いのスピードでどんどん光弾が出来ていき、既に発射体制になった。
「すごい!全然疲れてません!」
「こっち見なくていいわ。いいぞ、撃ってみろ」
俺の指示と同時に光弾を発射し、壁に直撃すると少し前と打って変わって、威力も桁違いな爆発になっていた。
「さっきと全然違いますね!ありがとうございます!」
「いやいや、お前が飲み込み早いからすぐ実践出来てるんだぞ。あともうひとつ良いか」
涼葉はもう1つと言われ、曇りなき眼で俺を見ている。そんなに重要な事では無いなとも思いつつ、俺は改めて口を開いた。
「まあ、訓練には関係ないかもしれんが。俺は人間関係で堅っ苦しいのが大っ嫌いだからよ、お前今から敬語使っちゃだめな」
俺のその言葉でかなり困惑し、本当にいいのかのような表情を浮かべていた。
「えっと、わかりま」
「敬語はだめだぞ。わかったでいいからな」
俺は敬語を使おうとした涼葉の顔の前に手を広げ静止させる。どうやらゴツゴツとした俺の手に驚いたらしい。
「わ、わかった!」
「聞き分けが早くて助かる。」
反射的に頭を撫でかけたがコンプラ的にアウトだと思い、手を引いた。だが、涼葉は俺の意図を察したのか俺の手に頭を近づける。
「あれ?撫でてくれるかと思いま…思ったんだけど」
上目遣いで懇願され、断る気も起きずそのまま涼葉の頭を撫でた。とてもサラサラとしていて、羽毛のような触り心地がする。
涼葉は満足げな顔をしていたが、何分か撫でて俺が限界を感じ始めて手を離そうとするとがしっと腕を掴まれてしまう。
「まだやってー!」
そう言われ、俺は恥じらいを我慢しつつ涼葉が満足するまで頭を撫で続けた。