最期はあなたと
しんとした冬の朝、古い駅舎からひっそりと出てきた一人の女性、涼子は、白く煙る息を吐きながら、わずかに微笑んでいた。
50代半ばの彼女の顔には、それまでの生き方が刻まれてはいたが、その微笑みにはどこか若さが宿っていた。
涼子は昔からこの駅を使っていた。若い頃から幾度となく。
今回はいつもとは違う、特別な理由があった。
『あの人に会いに行こう』
心の中でそうつぶやくと、涼子は一歩一歩、ゆっくりと駅から離れ、町へと向かった。
町は雪化粧に包まれ、まるでおとぎ話の世界のようだった。
道行く人は、皆何かを急ぐように歩いていたが、涼子はその風景をじっくりと味わうように歩いていた。いつもとは違う道を。
「思えばこの町も、変わってしまったわね……」
かつての賑わいが、今は静けさに包まれている。
その風景を見つめながら、涼子の心には遠い日の思い出がよみがえっていた。
若い頃、彼女はこの町で出会った。彼と。
涼子の心の中に、彼との甘く切ない記憶がよみがえる。
眩しいものを見るように、眦と口許に笑みが浮かぶ。
『あなたと過ごした日々が、今でも私の心を温めてくれているのね』
ふと、立ち止まり、彼女は手の中に握りしめた手紙を見つめた。それは、彼からの最後の手紙だった。病に侵された彼が、最期の力を振り絞って書いたものだった。
彼がこの町で待っていると、涼子に伝えていた。
涼子が向かったのは、彼と最後に別れた場所。小さな湖畔のカフェだった。
かつては二人がよく訪れた場所で、今は老朽化が進んでいるが、そのカフェにはまだ二人の思い出が色濃く残っていた。
カフェの扉を押し開けると、ベルが控えめに鳴った。
中にはほとんど人がいなかったが、涼子はそのまま奥の席へと向かった。
彼との思い出の席が、まだそこにはあった。
「懐かしいわね、ここで何度もお茶を飲んだわ……」
涼子は、彼がいつも座っていた椅子にそっと座った。そして、手紙を開くと、彼の文字が流れるように目の前に広がった。
「涼子へ。最後に会いたい場所は、あの湖畔のカフェだよ。君との思い出をもう一度味わいたいんだ」
涼子は、耳元で彼の声がささやくように感じた。
涼子は、しばらく味わったあと、カフェを出て、湖畔へと足を進めた。
雪が静かに降り続け、湖面には薄氷が張っていた。
かつて彼と手をつないで歩いた道を、今度は一人で歩く涼子の足取りは、ゆっくりと、しかししっかりと進んでいた。
『この道を、二人で何度も歩いたわね……』
彼との思い出が、まるで昨日のことのように鮮明に思い出される。
涼子は、彼がいつも語っていた夢や、二人の将来についての話を心に浮かべながら歩き続けた。
やがて、湖畔のベンチが見えてきた。
そのベンチは、涼子と彼が最後に一緒に座った場所であり、二人の特別な場所でもあった。
涼子は、そこに座り、じっと湖を見つめた。
「あなた、今もここにいるのね……」
涼子は微笑みそうつぶやきながら、手紙を再び見つめた。
彼がこの場所で待っていると書いた手紙。
涼子は、彼との日々を思い返しながら、ゆっくりと目を閉じた。彼と過ごした時間は短かったが、その思い出は彼女の心に深く刻まれていた。
『もしも、あの時、もっと時間があったなら……』
彼との別れ際に交わした言葉、彼の笑顔、そして彼の温もりが、今でも涼子の心に生き続けていた。
彼との再会を夢見ていた涼子は、彼が残した言葉を胸に、今ここまで会いに来た。
「最後の時は、あなたと一緒にいたい」
涼子の心は、彼とまた会いたいと強く望んでいた。
その願いが、まるで現実のように感じられる瞬間があった。
その日、湖畔には美しい夕焼けが広がり、空は赤く染まっていた。涼子はその景色を見ながら、静かに微笑んだ。
彼と再び巡り会うことを願っていた彼女の心には、何か特別なものが宿っていた。
「最期はあなたと……」
そうつぶやいた涼子は、静かに目を閉じた。彼との再会を夢見て、彼女の心は平穏な眠りに包まれていた。
その後、町の人々は語り継いだ。湖畔で涼子が最期を迎えたその日、空に美しい光が差し込み、まるで二人が再び巡り会ったかのようだったと。
そして、古びた湖畔のカフェには今も涼子と彼の愛が、訪れる人々に静かな幸せを届けているという。それはまるで、おとぎ話のように語り継がれていく物語だった。
二人の関係も、何もかも、グレーな設定なので、読み味はぼんやりとなってしまってます。
でも、これはこれで良いかと思ったので、あまり作り込まず、想像にお任せすることにしました。