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いつもお読みいただきありがとうございます!

 いつも窓から入っていたメロディの部屋に堂々と扉から入るのは、おかしなことにかなりの違和感があった。普通は扉から入るものなのに。


 可愛いピンク色の壁紙が一面に張られた明るい部屋に小姑公爵の後について入って、ペネロペは違和感の正体の輪郭が見えてきた。


 それはベッドの上で身を起こしているやややつれたメロディが視界に入った瞬間により鮮明になる。いつも月明りで見ていた部屋を明るい中で見たからではない。ペネロペの姿を認めてすぐに満面の笑顔になったメロディを見て、だ。


「お兄様、やっと会わせてくれましたね!」

「これでいいだろう。とにかくスープを飲め。これ以上痩せたら……」


 久しぶりにメロディの姿を見て、ペネロペはもっと心が弾むのだと思っていた。

 でも実際は重い鉛が喉の奥に落ちただけだった。


 小姑公爵がメロディに食事を摂るように念押しして、ペネロペに「余計なことはするな」とひと睨みしてから出て行く。忙しいのだろう。


 ペネロペはメロディが二日ぶりに食事するらしいのをぼんやり眺めた。そしてメロディ付きの侍女が食器を持って下がるのを待って、レックス第二王子の手紙を差し出す。


「渡すのが遅くなってごめんなさい」

「お兄様にバレてここに来れなくされたんでしょう? それに、今は夜会のシーズンだもの。私の代わりに夜会に出てくれていたのは分かっているの」


 メロディは手紙をすぐに開けるのかと思ったら、枕元に丁寧に置いてすぐにペネロペに体の向きと視線を戻す。


「私のことは気にせずに手紙を読んでください」

「ううん、後でいいの。だって、私はあなたに会いたかったんだから」


 メロディに笑顔を向けられて、目を逸らしたくなってしまった。


 自分が彼女のことを哀れんでいたことが分かったから。

家柄もお金も美しさも何もかも持っているのに、健康だけは持っていない可哀想な公爵令嬢。


「お兄様も皆も、私を可哀想な何もできない病弱な子って扱うの。でも、あなたは私を対等に扱ってくれたから。バルコニーに会いに来てくれるあなたと会えなくなって気付いたんだけどね」


 それは誤解だ。

 ペネロペがなぜメロディにあそこまで興味を持ち、見回りの目をかいくぐってバルコニーからジャンプまでして会いたかったのか今、分かった。


 彼女が可哀想だったからだ。

 自分よりも遥かに恵まれているはずの令嬢が、健康だけを持っていない。部屋に押し込められて息をして生きているだけの彼女が可哀想だった。


 その哀れみが、メロディにとっては対等の行動に見えただけだ。

 ペネロペのような貧乏子爵令嬢が、可哀想という同情心だけで公爵令嬢であるメロディを自分と同じ目線で見ていたなんて。もちろん、それがなければとても対等にはなれないが。


 ペネロペは自分のことを恵まれなくて可哀想とは思っていた。祖父の借金で貧しい子爵家に生まれて、同年代の令嬢よりも不幸だと。

 

 自分で自分を哀れむのは別にいい。

 でも、ペネロペは他人に「貧乏なのね。可哀想に」と哀れまれるのは本当に嫌だった。メロディもそれが嫌なのだろう。それをまさかのペネロペ自身がメロディにやっていたなんて。


 身代わりなんて引き受けなければ、ペネロペはこんな傲慢な自分に気付かなかった。

 紛れもなく、ペネロペは最初からメロディに嫉妬していた。そして実際にメロディをこの目で見て可哀想だと思った。可哀想だと思ったからこそ会いに行った。嫉妬だけだったら決して会いにはいかなかったのに。


 でも、メロディは全然可哀想な人じゃなかった。

 あの日、初めて姿を認識したメロディはつまらなそうで生気がなかった。生きている意味がなさそうで可哀想だった。

 でも、今は、彼女はちゃんと意志を持っている。ハンガーストライキまでして何かを成し得る意志を。そんな彼女に、ペネロペはまた弟に向けるような嫉妬をしなければいけない。


 嫉妬している自分は醜くて嫌いだ。


 メロディとの久しぶりの会話は、彼女がお腹いっぱいで眠くなって大あくびをしたことで終わった。

 何を喋ったかあまり覚えていないが、反応が鈍くてもペネロペが夜会で疲れていると認識されたらしい。


「また会いに来てくれる?」


 その言葉に頷いた。

 メロディを最初は天使だと思った。まだ、彼女は天使だ。私の心が真っ黒なだけで。


 部屋に戻ると、しばらくして小姑公爵がやってきた。忙しいのにご苦労なことである。


「公爵様は正しかったんですね」


 メロディの様子を聞かれて答え、今度は夜中に忍び込むのではなく日中に会う時間を指定すると言う彼に向かって口を開いた。


 彼は正しかった。

 天使に近付いて苦しんだのはペネロペだった。自分がこんなに醜いなんて、天使に近付かなければ知らないで済んだのに。


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