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いつもお読みいただきありがとうございます!

 そこからは怒涛の流れだ。

 両親に説明して魔術契約書にサインする。弟は学園にいるので、適当に呼び出してサインをさせるとのことだった。


 ペネロペはその日のうちに身一つでドーソン子爵邸を離れ、オルグレン公爵邸に連れて行かれた。表向きには、ペネロペ・ドーソンは隣国で仕事が見つかって出国したことになっている。


 そしてまたもや怒涛の流れだ。メロディ・オルグレン本人は風邪で、移るといけないと会わせてもらえぬまま、怒涛の教育地獄が始まった。


 高位貴族の令嬢には当たり前の教育だろうが、ペネロペは学園にも通えていない貧乏子爵令嬢である。いくらメロディが病弱で少しは教育内容が加減されているとはいえ、毎日頭が破裂しそうになった。仕事でしていた刺繍だけは及第点だったが、それ以外は徹底的に毎日何時間でも勉強させられる。


 そして一番厳しいのが、公爵であるジルベールだ。忙しいはずなのに、ふらりと現れてペネロペの教育の進捗を確認しにくる、まるで嫌味な小姑だ。


「音を立て過ぎだ」

「うっ、はい」

「肘をそんなに上げるな」

「はい」

「そんな悪魔の形相で食事をするな」


 夕食には必ず現れて毎日この調子だ。しかも習ったばかりの外国語でネチネチ言われることもある。


「メロディはそんな笑い方はしない」

「ご本人と会えたら早いのですけれども」

「それはできない。メロディは微熱が続いている」


 病弱すぎではないだろうか。

 ここに来てからずっとメロディ・オルグレンと会わせてもらえていない。なのに、メロディの癖は叩き込まれる。絶対に見て真似た方が早いと思う。


 しかし、感動することも多い。夕食は魔王で小姑ジルベールが一緒なのでなかなか味が分からないが、子爵家の食卓とは料理が雲泥の差だ。着るものだって手触りが全く違う。紅茶一つ、出てくる食器一つとっても子爵家とは全く違うのだ。これが格の違いというものかとペネロペは震えるほど感動した。怖い。元の生活に戻れるのかが怖い。


 マナーに小姑ジルベールの及第点が出ると、今度はレックス第二王子と引き合わされた。ジルベールの重箱の隅をつつくようなチェックに合格するまでにマナーだけで数カ月である。さらに外国語だのなんだの、先は長い。


「へぇ、私の目から見てもよく似ているよ」

「ありがとうございます」

「メロディは病弱で学園には在籍しているが全く通えていないし、夜会にもほとんど出ていない。騙せる」


 金髪碧眼のお綺麗な王子様はペネロペの擬態に感心したようだった。この身代わり計画はレックス第二王子も知っているのだ。知った上でペネロペを婚約者として扱う。

 今も、公爵家の庭で婚約者と親睦を深めているように傍からは見えるだろう。


 王子と演技するためにいろいろと雑談をしていると、視線を感じた。

 見上げて、二階のとある部屋のカーテンに隠れるように長く色素の薄いふわふわした栗毛が見えた。

ペネロペはすぐに分かった、あれはメロディ・オルグレンだ。だって、ペネロペの金髪は公爵邸に来た次の日にすぐあの色に染められたのだ。自分の顔でも髪色が変わると別人に見えるのが不思議だ。


 第二王子が目の前にいるため、ずっとその部屋を見続けるわけにもいかず部屋の位置だけ覚えてすぐに顔を目の前に戻した。


「君は病弱だったが、最近になって元気になったということで社交を一緒にこなしてもらう」

「学園はどうしますか」

「学園は定期的にレポートを送ることで単位取得の話がついているし、長くいるとバレるかもしれないから通わなくていいだろう。兄もいるし、接触は少ない方がいい」


 残念。学園に通ってみたかったのに。

 女で跡継ぎじゃないからって行かせてもらえなかったから。もちろん、身代わりの分際で行かない方がいいのは分かっている。


「何か学びたいことがあるのかい?」


 残念そうな声を出してしまったペネロペに王子は問いかけてくる。穏やかで優しそうに見える王子だが、王太子になると決めているのだから意志は強いのだろう。


「いえ。ただ、学園生活に憧れがあったのです」

「大半の貴族はなんとなくの惰性で学園に通っているだけだ。人脈を広げるのが一番だな。熱心に勉強に励むのは一握りだけ」

「えぇ、それでも憧れます。手に入らなかったものですから余計に」


 休憩中にクラスメイトとおしゃべりするとか、あの人かっこいいって少し騒ぐとか、そういう浮ついた願望だ。だって、貧乏で借金を返すために仕事と家事ばっかりの現実だったもの。夢を見てしまうのは仕方がないし、夢を見るくらいは自由だ。


「この件が解決したら留学してみるのもいいんじゃないだろうか。公爵家だって協力してくれる」

「……はい、考えてみます」


 そんなことでペネロペの喪失感は埋められない。

 弟は男で、跡継ぎだからと借金があっても無理をしてでも学園に通わせてもらえる。男に生まれたというただそれだけのことで。ペネロペだって行きたかったが「通いたいか?」すら両親から聞いてもらえなかった。家計が苦しいことは知っているから我儘にもなれない。


 女って損じゃない? 女であるだけでどうしてこんなに我慢しないといけないのか。

 もちろん、弟だって大変なのは分かっている。貧乏な実家を継がなければいけないんだから。でも、ペネロペがこれをやりきったら弟も楽になる。


 それに、目の前のキラキラした王子は国を背負おうとしている人だ。兄が酷い性格の持ち主であるせいで。彼だってやるせないだろう。


 ペネロペの家族は祖父の作った借金で苦しんでいる。せめて、両親の作った借金なら納得できたのに。なんで私たちは、私たちの責任じゃないのにこんなに苦労しなくちゃいけないんだろう。いつまで祖父の尻拭いをしなきゃいけないんだろう。

 こんな気持ちを目の前の王子も抱えているのかもしれない。そう考えて、学園のことはそれ以上言わなかった。国のことを考えている王子に、学園での青春云々の話はくだらないだろうと思ったからだ。


 それよりもペネロペの頭にあるのは、さっき見えた栗毛の女の子だ。彼女は明らかに庭でお茶会をするペネロペと王子を見ていた。


 そこから数日様子を見た。夜中に使用人が見回りをする時間を突きとめたところで行動を開始する。

 ジルベールにはより良い演技のためにメロディに会わせて欲しいと何度も訴えたが、王子も似ていると判断したなら大丈夫だ、メロディは起き上がれないくらいに体調不良だとやはり会わせてもらえない。

 

 でも、ペネロペは見たのだ。しっかりメロディは起き上がっていた。

 こうなれば実力行使である。あちらがこちらを気にしているように、ペネロペだってずぅっとメロディのことが気になっていたのだ。死んでいて会えないならまだしも、生きておられるなら会いたいじゃないか。だって起きてからずっとメロディとして振舞うために勉強しているのだ。起きている間、ずっとメロディのことを考えていると言ってもいい。もう、これは恋に近い。


 健康以外は全部持っているメロディと、健康以外は大して持っていないペネロペ。特にお金。そんな二人の人生がおかしなところで交錯している。

 それに、ペネロペは貧乏で働きっぱなしで友達というものがいなかった。公爵家でメロディと少しでも話せるかと思っていたら、毎日来るのは小姑で魔王のジルベールだけ。さすがに限界である。同い年くらいの女の子が同じ家にいるなら話がしたい。


 ペネロペは夜中に部屋から抜け出した。まだ日付は変わっていないくらいの時間だ。

 そして素早く歩いてメロディの部屋の隣の部屋に滑り込む。


 ここが空き部屋というか、何かの保管庫なのは突きとめてある。重要書類ではないから鍵はかかっていない。

 その部屋に滑り込んでからすぐに窓を開けてバルコニーに出る。隣の部屋のバルコニーまで飛び移ればいいのだ、簡単である。木に登って飛び移ることも考えたが、ちょうどいい木がメロディの部屋付近に生えていないのだ。


 バルコニーの柵に足をかけ、難なく隣に飛び移った。

 ペネロペは田舎出身なだけにお転婆なのだ。こういう遊びは嫌というほど幼い頃にやった。


 メロディが庭をのぞいていた部屋のバルコニーに着地して、慎重に立ち上がる。窓を叩いて暗殺者と誤解されないようにしてから、部屋に入れてもらわないと。悲鳴でもあげられたら、ジルベールにどう罰せられるか。


 そこでペネロペは初めて気付いた。カーテンが閉め切られておらず、ベッドの上で半身を起こした少女が驚いたようにこちらを見ていることに。月明りに照らされた彼女とばっちりと目が合った。


「わぁ、天使だ」


 ふんわりした栗毛に青い目をいっぱいに見開いた美少女。

 ペネロペは思わずそう呟くと、彼女に向かって静かにするように合図した。

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