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天使の思い出に~私はニセモノの公爵令嬢~  作者: 頼爾@11/29「軍人王女の武器商人」発売


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いつもお読みいただきありがとうございます!

「ペネロペさん、お茶にしましょう。ケーキが焼き上がったわよ」

「すぐに行きます」


 実家に手紙を書いていたが、子爵夫人の呼びかけで慌てて立ち上がる。

 ペネロペは現在、隣国に留学していた。


 メロディの葬儀が終わり、第一王子の処罰が決まってペネロペはもう身代わりをする必要がなくなってお役御免になったからだ。

 隣国への留学を提案してくれたのは、なんとあの第二王子だ。

 ペネロペがポロッと学園に憧れがあると零したのを覚えていてくれたらしい。あの王子は人を人として見ていないのに、妙なことを覚えているものだ。


 すぐに実家に戻る気にもなれず、かといってオルグレン公爵邸に居座るわけにもいかない。公爵はメロディがいなくなって寂しいのか、ペネロペに好きなだけ居てもいいと言ってくれたがそんな図々しいことはできない。


 公爵だっていつまでも独身でいられないのだし……メイドか何かで働かせてもらおうかとも考えたが、やはりオルグレン公爵邸にはメロディの思い出が多すぎる。それに、万が一ではあるが公爵邸に出入りする客人に似ていると思われてペネロペの身代わりが今更バレても困る。自意識過剰だとは分かっているが、念には念を入れたい。


 メロディとは一年も一緒に過ごさなかったのに、誰かがこの世界からいなくなる・見えなくなるのはこんなに悲しく寂しいのかと驚いたものだ。公爵邸にいると葬儀の後でもついまたバルコニーに行ってしまいそうになった。そこで格好悪くても男性パートを踊ったらメロディが笑ってくれている気がした。


 オルグレン公爵邸は、ペネロペに身代わりを強要した場所でも、マナーを厳しく躾けられた家でもない。天使に出会った場所なのだ。


「留学の口利きか、それともいい令息でも紹介しようか? 君だって適齢期だ。身代わりでマナーも勉強も頑張ったのだし嫡男でも紹介できるけど」


 複雑な心情を抱えたペネロペに、再び公爵邸を訪れた第二王子はそう言った。彼が王太子に指名される目前のことだった。

 実家の借金がなくなったことをきちんと確認してから、ペネロペは留学を選んだ。だって、結婚したらおちおち外国なんて行けないだろうから。それに、やっぱり第二王子の言葉の端には人を人と思っていない響きが感じられた。王位争いが終わり王太子が決定したほとぼりが冷めるまでは隣国にいたいと思ってしまったのだ。


 元々借金があって結婚なんて考えていなかった。今更すぐに結婚を考えろと言われても無理がある。実家に戻ってもきっとそんな話が降って来るだろうから、留学して実家にも戻らないでおいた。



 しかし、第二王子は留学どころか結婚相手までセットにしていたようだ。


「もうすぐペネロペさんの留学期間も終わりね。寂しくなるわ」

「ありがとうございます」


 おっとりと微笑む子爵夫人に寂しげに見えるよう笑みを返す。


 ペネロペは隣国の女学校というところに一年行かせてもらった。生徒には下級貴族が多くマナーを厳しく教えており、女学校を卒業していると教師や家庭教師などの就職がとても有利になるのだ。

留学期間自体は一年半だ。半年で語学を叩きこみ、一年間女学校に通って学園生活を楽しんだ。隣国の言葉は自国と似ている部分も多く、メロディの身代わりの時にも勉強していたので支障はなかった。


 住まいは寮ではなく、ランズロー子爵家が所有するタウンハウスである。

 ランズロー子爵家は第二王子を支持していた貴族の親戚が嫁いでいる家なのだそうで、今回他国からやって来たペネロペを受け入れてくれたのだ。ペネロペは家の借金のために働いていて、就学の機会を逃してしまったということになっている。ほぼ事実だ。自国には女学校がないのでむしろ助かった。

 ランズロー子爵家は大変裕福で、ボランティアのような感覚でペネロペのような学生を毎年何人か世話していた。女学校の奨学金制度にも関係している家なのだそうだ。


「帰国したらどうするの? 何なら、もっとうちにいてくれていいのよ?」


 ペネロペはどうやら、ランズロー子爵夫人に気に入られたようだ。

 メロディの身代わりをしていたおかげで、留学前からマナーはかなりのものだったし、詰め込んだだけに見えた教育だって女学校でかなり役に立った。学校の授業についていけず勉強ばかり、とはならずにちゃんと憧れの学校生活も謳歌できたのだ。


 ランズロー子爵夫人のこの言葉は、嫡男の嫁になる気はないかという意味が含まれている。

 女学校の卒業パーティーではパートナーがいないペネロペをランズロー子爵令息がエスコートしてくれたのだ。


「実家のことが気になりますし、弟が婚約したようなのでまずは顔を見せてこようかと」

「あなたを雇いたいと言っているお家もたくさんあるのだし、いつでも実家だと思って帰って来て」


 ランズロー子爵家の嫡男と年の離れた小さな双子のお守りもしたせいだろうか。子爵夫人にはとんでもなく気に入られてしまったし、レオン・ランズロー子爵令息もとてもいい人だ。

 隣国では婚約者を早くから決めることはないようで、ペネロペと同じ十六歳になるレオン・ランズロー子爵令息にもまだ婚約者はいない。今ちょうど探しているらしい。おそらく、第二王子はこのことを把握していたのだろう。


 レオン・ランズロー子爵令息は寡黙だけれどいい人だと思う。

 彼と結婚したら将来はランズロー子爵夫人だ。

 ペネロペの苦手な高位貴族でも王族でもない。ランズロー子爵家は裕福だから、実家の様に内職も何かの身代わりをする必要もない。嫁ぎ先としては百点満点。貧乏子爵令嬢だったペネロペには身に余るお話だ。


 でも、どうしても思い出してしまう。メロディが第二王子を想っていたあの視線を。

 ペネロペはどうやってもレオン・ランズロー子爵令息にそんな目を向けられないのだ。端くれだとしても貴族の結婚にそんなものは必要ないと分かっている。


 レオン・ランズロー子爵令息に嘘でも恋ができたら良かったのに。淡い想いでも打算的なものでもいい。

 現ランズロー子爵夫人にも気に入られて、下の双子たちにも懐かれて何の不満もない。子爵家に嫁いでしまえば一般的に言うならば幸せになれるだろう。


 メロディは十六歳で天使になってしまった。

 彼女を想うと、なぜかペネロペはただの安寧を選ぶ気にはなれなかった。安寧よりも、無様でも男性パートをバルコニーで踊った時の方が明らかにペネロペは生きていた気がした。世界が鮮やかだった気がした。


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