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死がメロディの部屋の扉を無作法にノックしたのは、ダンスの翌日ではなかった。
バルコニーで私が不器用なダンスを披露してから五日後、メロディはあっけなく本当に天使になってしまった。実はダンスをした翌日の夜からメロディは意識を失い、そのまま意識を取り戻すことはなかった。
続く高熱に体が耐え切れなかったのだろう。
でも、メロディの顔は穏やかだった。
医者の話では意識のある最後の瞬間に、ダンスの曲を少し口ずさんでいたようだ。
思っていたよりとても呆気なかった。そしてとても早かった。
うつるといけないと、ダンスをした日以降もバルコニー越しでしか意識のないメロディには会えなかった。
バルコニーで私は思わず神に祈っていた。メロディがせめて第二王子が来れるようになるまで生きていてくれますようにと。
第二王子は襲撃の後処理でとても忙しかった。第一王子を追い落とす準備が佳境に入っているのだろう。
結局、神は私の願いを聞き届けてはくれなかった。
今までだって神は私の方を見てくれたことはないのに、どうして頼って祈ってしまったんだろう。結局、死を感じて真っ先に祈るのは神だ。どんなに努力していたって見ていてくれることなんてないのに。
それか、神はメロディをさっさと連れて行きたかったのかもしれない。
私でも分かる、メロディは健康になっても貴族社会では生きていけなかっただろう。あるいは、とても苦労したはずだ。あんな悪意と見栄しかない世界、第二王子に利用されるだけの世界に、神はメロディを住まわせたくなかったのかもしれない。
レックス第二王子はメロディが亡くなってからやって来た。遅い。
「メロディ・オルグレンは、第一王子の手先の襲撃のせいで亡くなったことにしてくれないか」
第二王子の来訪を知らされ、私は初めて公爵の執務室というところに入れてもらった。
難しそうな本や書類がびっちりと棚に詰められている。
王子と公爵と私以外には誰もいない。
よほど重要な話が始まるのだと思ったら、王子はお悔やみの言葉を述べてすぐにそう告げた。
しばらく、王子が何と言ったのか分からなかった。
徐々に耳から頭にその内容が浸透してきて、同時に頭にざぁっと血が上りかけた。
「それはつまり……葬儀は、すぐに行ってもいいと?」
「あぁ、そうだ。そうしてくれれば、もう身代わりも必要ない。メロディもすぐにメロディ・オルグレンとして眠れる。オルグレン公爵のこれまでの協力に感謝する」
頭に上りかけた血が瞬時に下がっていく。
そうだ、私はメロディとして離宮へも一緒に向かおうとしたし取り調べも受けてしまった。
身代わりを立てていたのなら、私とメロディの整合性を今後も取らなければいけない。
第二王子の言うようにすればメロディは病弱だったから、という理由で今回いけるのだろうか。襲撃のショックと季節の変わり目の高熱あるいは他の流行病が重なって亡くなったということで。襲撃から十日は経っているから、そこから急に容態が悪化したとしてもいけるのだろう。
「捕らえた者から証言が取れた。これでメロディの死まで重なれば、貴族たちから非難が集中し兄を確実に追い詰められる」
「王宮での夜会の件は、公表なさいませんよね?」
公爵が鋭く切り返す。声がやけに刺々しかった。
私は彼の隣に座っていたが、視界の隅では公爵が膝の上で強く拳を握りしめていた。
「夜会で兄がメロディを襲いかけたことは公表しない」
そうか。あの件の罪にも問えばさらに第一王子を追い詰められるのか。でも、そうするとメロディは亡くなった後も陰で悪く言われるかもしれない。第一王子に襲われて傷物になったかもしれないとか、自殺したのではないかとか。
私は必死で自分とメロディの名誉を守った。それを公爵はきちんと確認してくれたのだ。
「今日をもって身代わりがいなくても支障はない」
第二王子は私の方をしっかりと見て、そう言った。
少し疲れが見えるものの、この前殺されかけた人には見えない。
メロディが亡くなって、さらに葬儀まで大々的に行うなら私はメロディの振りをする必要はないし、そもそもしてはいけない。
メロディの死は突然で、身代わりの終了も呆気なかった。予想よりもかなり早く終わったと言っていいだろう。
メロディが亡くなることなんて最近まで考えもしなかったが、公爵と王子は常に念頭に置いていたのだとやっと理解した。
メロディは最後まで第二王子の婚約者だった。第二王子の婚約者として亡くなったのだ。メロディはきっと喜ぶだろう。この王子のことが好きなんだから。
「これまでありがとう、ペネロペ・ドーソン。兄の処罰が決まるまでは念のため公爵邸にいてもらうようになるが、もう髪の色も戻していい。君の恐ろしいほどの献身と犠牲は忘れない」
久しぶりに自分の本来の名前をフルネームで呼ばれて、どうにも錆びついて聞こえた。まだメロディが亡くなったと実感できていないせいもあるだろう。
自分が今メロディとして演技しているのか、ペネロペ・ドーソンなのか、一瞬分からなくなる。
自分があんな天使みたいな女の子なわけないのに。
それに何よりも一番の違いは、私は第二王子のことが全く好きではない。
「殿下は必ず素晴らしい国王になってくださいね」
「君に蹴られそうだから引き続き頑張るよ」
「新しい婚約者様から浮気をしたら必ず蹴りに行きますから」
「肝に銘じておこう」
第二王子は立ち上がる。それに合わせて私も立ち上がったが、公爵は俯いたままだった。
珍しい、彼がこんなマナー違反をするなんて。
「いい、妹を亡くしたばかりだ。気にするな。公爵にも本当に感謝する。これで、やっとあの兄を引きずり下ろすことができる」
第二王子が手を振ったため、私だけが見送るために一緒に執務室の外まで出た。
「彼女は、仕方のない犠牲だった」
歩きながら王子はポツリと呟いた。
メロディの死のタイミングまで利用したことを言っているのだろう。
でも、ここでメロディの死は公表しておかないと葬儀はひっそり内輪のみで行わなければいけない。それはなんだか嫌だ。メロディは何も悪いことはしていないのに、隠されて限られた人にしか見送られないなんて。
メロディのことを最後まで可哀想な存在とみなされるのも嫌だった。
メロディは本当に王子のことが好きだったから、ずっと婚約者の座にいたくて身代わりさえも我儘を言って通したのに。
すべて、王子のためだったのに。感謝はして欲しいが、仕方ないなんて言って欲しくない。
「君にも犠牲を強いたな」
「私はお金のために引き受けただけです。これでお金が入りますので私のことはお気になさらず、立派な浮気をしない国王になってください。それに、きっとメロディも怒ってはいないでしょう」
「君は彼女を美化しすぎていないか」
メロディの悲しいまでの愛は王子には通じていないようだ。
男性から見たら執着なのかもしれない。でも、メロディは婚約者の座にいただけで王子に会いにこいなんて強制したわけでも、手紙を強要したわけでもない。
婚約者の座にいたのだって、王子もその方が都合が良かったくせに。メロディはただ、第二王子の婚約者として生きていたかったのだ。それに縋っていたかったのだ。
「君みたいにメロディの振りができる似通った子がいなければ……案外、彼女はもっと早くに亡くなっていたかもしれないな」
王子は悲し気に笑って帰って行った。
そうだったらいい。私といたことでメロディの最後が少しでも楽しくて、第二王子以外の世界も広げられたのなら。




