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吹き飛んだ扉。不穏さに反してその向こうには緑の木々が延々と連なる。
誰かがドサリと扉の向こうで倒れるのが見えた。
王子を庇いながらも恐怖でしばらく動けないでいた。
扉のあったところに近付いて何が起きているのか様子を見たい。顔を出してこの目で確かめたい。でも、ここから動いたら殺されそうな気もする。
何分経ったか分からない。永遠にも感じた。
もう剣を交える音も聞こえない。時々誰かが確認するような叫ぶような声が聞こえるだけだ。
ザッと土を踏みしめる音が近付いてきて体に余計に力が入った。
こんなことになるなら、ナイフくらい持たせてもらえば良かった。
延々見える緑の中に、突如として違う色彩が混じり込む。
黒髪と金に近い色。そして、王家の護衛とは違う色の騎士服。
「怪我はないか?」
ペネロペはしばらくその声と意味が認識できなかった。
だって、ここには絶対にいないと思っている人だったからだ。
王子がペネロペの肩を何度か激しく叩いてやっと我に返った。
馬車を覗き込んでいるのは、小姑公爵と公爵家で見たことのある護衛だ。
なぜ、硬い表情で別れの挨拶を告げたはずの公爵がここに? しかも公爵家の護衛まで?
そんな疑問が頭の中で巡ると同時に、両手を広げて王子を庇うようにしていた体勢から一気に気が抜けてダランと手が下がる。
「捕らえたか」
「えぇ、何人か。しかし、殿下。これほど危険な目に遭わせるとは、王家の騎士たちはなっていないのではないでしょうか」
「離宮へのルートは複数出して攪乱していたが、これほど苦戦するとは思わなかった」
「鍛え直してください」
動けない私の頭上で王子とオルグレン公爵のそんな会話が飛び交う。
さすがは王族だ。声も震えておらず、襲撃があったと知らなければ普段通りにしか見えないだろう。
「それにしても、なぜ殿下は妹に庇われたままなのですか?」
「彼女が庇ってくれたからだが」
「すぐ退いてください。なんと情けない。しかも扉まで敵の接近を許すとは」
「私も意外だったよ。馬車の扉が破壊された時に庇ってもらえたなんて」
「メロディ、立てるか」
公爵は王家の護衛達の人目があるせいか、ペネロペをメロディとして扱った。
震える手をついて立ち上がろうとして、足に力が入らず無理だった。
王子が手を貸す前に公爵は馬車に乗り込んできて、ペネロペの体を難なく抱え上げる。王子は苦笑いをしてすくっと立ち上がった。
ここでも、下級貴族でしかないペネロペと王族の差を見せつけられた気がした。でも、公爵の体温を感じてペネロペはやっと安心した。王子の体温は背中に感じていたのだが、そこは考えないようにする。
「どうせ離宮行きは中止でしょう?」
「あぁ、こんなに早く襲撃されてはな」
「囮はまだ走らせるのでしょうから、別の襲撃がある場合はそちらで備えてください。妹は連れて帰ります」
「君が庇ってくれたことは忘れない」
ペネロペの知らないところで、いろいろと対策は取られていたらしい。
王子はひらりと手を振って穏やかな笑みを浮かべると、すぐに馬車から下りて騎士たちに指示を出している。先ほどまで膝の上で手を震わせていた人には見えない。
凄いな。
ペネロペは恐怖が薄れて余裕がでてきて素直に感心した。こちらは腰が抜けて立てないし手の震えが止まらないのに。いや、この手は力を入れ過ぎて痺れているのかもしれない。
そんな風に感心していると、小姑公爵に抱えられたまま馬に乗せられた。
「帰るぞ」
「え、いいんですか?」
「いいも悪いも。立て続けにあんな目に遭わせておいてもう付き合う義務はないだろう」
「命から貞操まで狙われるかもって最初に言ってたじゃないですか」
危険があるからこそ、借金を返せるほどのあのお金をもらえるのだ。
王位争いをちょっとばかりペネロペは舐めていたが、高位貴族ならこのくらい分かっていてああ言ったのではないだろうか。
公爵はペネロペと同じ馬に乗る前に苦し気な表情をした。
それが答えだった。
「これほど苦戦するとは思わなかった」
「後ろから追いかけて来たんですか?」
「お前の出発後に別ルートですぐに合流するようにしていた」
やっぱり王族も高位貴族も怖い。これは、貧乏子爵令嬢だったペネロペの知らない世界だ。物語の中にしかあると思わなかった、王位争いで実の兄弟の殺し合いなんて。
夜会の時は殺意までは感じなかった。でも、今回は明確に殺意を感じる。
ペネロペは道に飛び散った血を見ないようにしながら、視線が高くなる馬上で前を向いた。
同じ馬に乗った公爵の手がペネロペの横を回って手綱を握る。
公爵はあの夜会の時も今日もちゃんと怒って苦しんでくれた。王子は精神が鋼か何かでできているのだろう。国のことを考える人は特殊だ。
「今日で終わりますかね……こんなこと」
「何人か確保したから、自白させるか後ろを洗えば第一王子の所業だと必ず分かる」
「それなら良かったです。あれが王にならないなら」
私は大きく息を吐いた。
怖かった。
貧乏に苦しんでいる時の比ではないくらい怖かった。恐怖のピークは助かった後で襲ってくるのかもしれない。
震えに気付いているだろう公爵はしばらく無言だった。
「……デザートをたくさん用意させる」
なんだ、そのペネロペが食い意地が張っているかのような言い方は。
社交シーズンに入ってからは太ってドレスが入らなくならないように制限されていたけれども。
思わずペネロペは吹き出した。
「彼女と一緒に食べたいですが、お熱ですか?」
「……気にするだろうと思って伝えていなかったが、高熱が続いていて下がらない」
やっと震えが止まりかけていたのに、また足から悪寒がせり上がってきた。
ペネロペは死ななかったんだからメロディだって大丈夫だろう。メロディのフリをしていると自分とメロディの境が時々分からなくなる。これも、その一環だろうか。
「きっと大丈夫だ」
怖い。
なぜだろう、祖父母が死ぬ時はこんなに怖くなかった。
どうしてメロディが死ぬかもしれないと思っただけでこんなに怖いのだろう。
彼女はペネロペが目にした唯一綺麗なものだったからだろうか。
神様でも何でもいいから、メロディは死なせないでほしい。ペネロペは今日本当に頑張ったのだから、メロディを死なせないでほしい。
喉がカラカラに乾いていた。渇きを潤そうと唾を飲み込んで、ペネロペは激しくむせた。




