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小姑公爵が夜会についてレックス王子を激しく問い詰めた結果、第一王子の件は彼自身の予測できない思い付きに近い単独行動だったと判明した。
私を案内してくれた赤毛の侍女は殴られて気を失った状態で見つかり、事態を知ったレックス王子は演技には見えないほど目を見開いて驚いていた。
あれが演技であるならば、私はこれから先の人生をずっと人間不信で過ごさないといけないところだ。
しかし、さすがは王位を狙う第二王子だった。
私に対して一瞬心配を見せたものの、それほど深い申し訳なさは見せなかった。
驚いてからすぐに冷静になって計算を始めたようで「外出の際は必ず護衛をつけるようにしてもらうとして……申し訳ないが伯爵家の夜会には出られるか」と聞いてきたのだ。
小姑公爵はその態度に対して「あんな目にあったのにそんなことを言うとは何事か」と酷く怒っていたが、私は失望も何もしなかった。むしろ、メロディ自身のことでもないのに怒る公爵が意外だった。
王宮での夜会が終わって数日間、侍女たちが代わる代わる私を一人にさせないように側についてくれた。眠る時もだ。
夜会から帰って来てうなされていたのを聞いた公爵の指示らしい。メロディ並みに過保護である。
レックス王子が裏切っていなかっただけでいいじゃないか。
彼は王位を狙っているのだから、私に対して「今年最後の夜会に出られるか」なんて聞かなくても良かったのだ。命令すればいい。彼だってハニートラップ紛いのことだの、毒を盛られるだのしているのだろう。日常的に嫌味だって言われているはずだ。
レックス王子にとって私はメロディの代わりで、メロディでさえも駒のようなものだ。
それでも手ひどく道具扱いすることなく、ある程度尊重してくれている。メロディに手紙だって書いてくれているから悪い人じゃない。
でも、圧倒的にレックス王子とは対等じゃない。私はもちろんのこと、メロディでさえ婚約者なのに対等じゃない。
レックス王子は目の前の私やペネロペではなく、国を見ている。だから愛だのなんだの、今回のことで私が傷ついているかいないのかなどどうでもいいのだ。国のためなら、婚約者の女の子が傷ついてもそれほど心配しない。彼は同じタイプの人と婚約した方がいい。
こんなことを数日で考えられるようになったとは、自分でも大人になったものだ。人はそれを諦めと呼ぶのかもしれない。
さて、目の前のメロディに意識を戻す。
小姑公爵がメロディに会ってもいいと言ってくれたので、二つ返事で会うことにしたのだ。当たり前のことだが、メロディに第一王子の所業など伝えない。口が裂けても言えないし、なによりメロディなら耐えられないだろう。私だったから股間を蹴りあげられたのだ。
思い出すと少し震えるが、それでも私はよくやった。
「私もいつか夜会で踊ってみたいわ。お城の夜会ってすっごく素敵なんでしょう? お城はお庭しか行ったことがなくって」
「そうですね、見たこともない食べ物がいっぱいあって、絨毯の赤が眩しくて、いろんな方の色とりどりのドレスがどんどん目に飛び込んできます。ダンスはお得意ですか?」
足の引っ張り合いや陰口の話は野暮なのでしない。綺麗な面だけを切り取って話す。あの夜会はドレスの色が目に痛かったし、人が多くてさまざまな臭いが混じっていた。
第二王子の隣で笑みをキープしながら挨拶をさばくのだけで精いっぱいだったから、病弱なメロディがあの会場に入っただけで酸欠と貧血になるに違いない。
「うーん、練習ではできるんだけれど。ほら、見てて」
メロディは立ち上がると、一人で簡単にステップを踏み始める。
始めの頃の私とは違って数段動きは滑らかだった。一緒に復習としてステップを踏むが、五分もしないうちにメロディは息切れした。
慌てて彼女をイスに座らせる。
「ふふ、嫌になっちゃう……すぐに疲れちゃうんだから」
これまでは座って話すだけだったから、メロディの体力がここまでないとは気付かなかった。バルコニーからジャンプだのダンスだのは、この体力ではできないだろう。
今更ながらに気づく。
体だけでなく、長袖からのぞくメロディの腕は折れそうなほど細い。
メロディは座ってもなかなか息が整わなかった。
はぁはぁという荒い息遣いを聞きながら、口には出さないが得も言われぬ不安に襲われた。第一王子の時よりもずっと足から冷たさが這い上がってくる不安だ。
もしかして、メロディはもうすぐ死んでしまうのではないだろうか。
夜に会っていた時も、ハンガーストライキの時も気づかなかった。いや、無意識で直視せずに気づかないようにしていたかもしれない。
元気に見えるのにこんなに細くて、若いのにほんのちょっとの運動で息を切らして辛そうで。
外に出ないメロディの肌は抜けるように白いから、今にも消えそうに儚くも見える。
思わず、テーブルの上のメロディの手を握った。彼女が存在するのか確かめたくて。
「ちょっとずつ元気になって体力をつけていけば、夜会で踊れますよ」
「……いつか、踊りたいなぁ」
メロディの表情ですぐに分かる。彼女はレックス王子と踊りたいのだ。他の誰でもない彼と。
私のこともメロディのことも対等に見ていない彼と。もしかしたら彼にとって私たちは愛玩動物以下かもしれない、そんな気が唐突にした。
言ってしまいたい。
メロディが夜会でのような目に遭っても、きっとレックス王子は小姑公爵の様に怒ってはくれない。自分より上の相手に、権力者に突っかかってはくれない。
小姑公爵のあれは間違いなく愛情だった。でも、レックス王子は違う。彼は利用する。
「私が男性側のステップを覚えるので、一緒にちょっとずつ練習しましょう」
メロディのあまりの細さと体力のなさを見たくなくて、そんな気休めしか言えない。それでも、メロディは咳き込みながら嬉しそうに笑ってくれた。
社交シーズン中に参加する最後の伯爵邸での夜会を何事もなく何とか終えると、レックス王子はわざわざ離宮に行く計画を立てていた。
病気が治って社交シーズンを頑張ってくれた婚約者をねぎらいたい、と私を盛大に餌にして。
第一王子は頭を打って死んではいなかった。
ただ、栗色の髪の使用人を見つけてはクビにしようとしているようで、国王は彼の行動を問題視し始めたようだった。ミスをした栗色の髪の侍女を激しく打ち据えることもあったようだ。明らかにメロディへの八つ当たりだ。
その隙をレックス王子が逃すはずはなかった。
「休暇と称して泊りがけで離れた離宮に行くことにしたよ。焦っている兄は君と一緒だと知ったら必ず何か仕掛けてくるだろう。ここで一気に終わらせる。全員のためにもそれがいい。護衛はつけるけど、危ない目に遭うかもしれないのは今回で最後にしよう」
離宮への旅行が近付く中で、メロディの体調は季節が変わる前だからか再び悪化していた。
少し風邪を引いただけかと思っていたのに、離宮に出発する前に見た小姑公爵の表情は酷く固かった。




