くれくれ
くれくれが誰の子供なのか、村の人間は誰も知らなかった。どれくらい前から村にいるのかもおぼろげだし、普段何をやっているのかも分からない。無表情で、とても無口なくれくれは自分の事を話さないし、村人達もくれくれに何かを尋ねたりしない。ただ別に何か悪さをする訳でもないから、村人たちがくれくれを特別嫌う事もなかったのだけど。そうして、とにかくなんだか、くれくれは村にいて、とにかくなんだか、生活していた。
そんなくれくれがある日、村の店にやって来て、湯のみを指差し「くれくれ、くれくれ」と言い始めた。普段、無口なくれくれがそんな事を言うのに店主は驚いたが、もちろん、無料でやる訳にはいかない。「駄目だ、駄目だ」と跳ね除けた。
その時は、変わった事もあるものだで済ました店主だが、それから数日が経ち驚愕する事になる。なんと、くれくれが欲しがった湯のみが、大層高価なものである事が分かってしまったのだ。
それだけなら、ただの偶然で済ませられるかもしれない。しかし、くれくれはそれからも高価な物を見抜いては、欲しがったのだった。
もしや、くれくれには高価なものを見抜く能力があるのか?
当然、そんな噂が流れた。
ところで、この村には病気の両親と、その二人を抱えながら健気に暮らす娘の一家があった。今日明日の生活も危ぶまれるような暮らしぶりで、可哀想に思いながらも、村の人たちは、誰もこの家を助けようとはしなかった。したくてもできない。村人達だってギリギリの生活をしていたからだ。助けられるのは、この村で唯一裕福な庄屋くらいのものだったが、庄屋はケチで有名で、娘の家を助けるはずもなかった。
そんな家にある日、くれくれがやって来た。そして、驚いた事に「くれくれ、くれくれ」と言い始めたのだ。
くれくれが指し示していたのは、何の変哲もない一つの岩石。人の顔くらいのサイズのもの。
村人達は首を傾げた。
ただの岩に見えるが、どうして、くれくれはこんなものを欲しがるのだ?
しかしやがて、くれくれが欲しがるのだから、何か価値のあるものなのだろう、という事になり、二三人が譲ってくれと申し出て、言い争いまで始めてしまった。そして、その騒ぎは徐々に大きくなっていき、遂には庄屋の耳にまで届いたのだった。
誰が買うのか相変わらずもめていたが、庄屋がそこにやって来て、「儂が買う」と言うとそれで決まりだった。誰も庄屋ほどの金額を出せるはずもなかったからだ。
そうして、庄屋は大金を出して、その岩を買い、にこにこ顔で帰っていたのだけど。もちろん、本人は大満足していたのだけど。やっぱり村人の何人かは思っていた。あれはただの岩なのじゃないか?
もちろん、誰もそんな事は言わない。庄屋は満足していたし、それになにより、貧乏なその家はそれで随分と助かったからだ。
ただ、ちょっと付け加えるのなら、いつもは無表情なくれくれが、その時は少し嬉しそうな顔をしていた。
バブル経済発生の話を書こうとか思って書き始めたら、いつの間にかにこんな内容になっていました。
朗読もあります。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21891303