名門の娘
鍵の言う通りに従って進んだ部屋は、廊下の一番奥だった。
廊下に窓はなく、広間の明かりが届かないここはひどく暗かったが、部屋を間違えることはなかった。鍵と、部屋の扉につけられた蛇の紋章が、同じようにぼんやりと光っていたからだ。
「あなたも、同じ部屋?」
後ろからの声に振り向くと、長身の少女が立っていた。
ネスカールと同じ、蛇の鍵を持っていた。少女を見て、ネスカールは、あっと思った。先ほど、寮に来るまでの暗い廊下で、ネスカールのすぐ前を歩いていた女の子だった。
「たぶん」
「なら、これからずっと一緒なわけね。仲良くしましょう。まずは部屋に落ち着いてから、だけど」
少女は鍵を、扉の前にさっとかざした。
扉がまるで頭を垂れるかのように、音もなく開いた。内側から白々とした光があふれ、ネスカールの眼を焼いた。
部屋は狭く、そして明るかった。天井近くに、光の固まりが浮いていた。その光によって室内は照らされていた。床も天井も、黒ずんだ板張りだった。正面に窓があり、青味がかかった硝子がはめられて、夕暮れ時の明りを室内に通していた。部屋に置いてあるのは、簡素なベッドと机、木のチェストがふたつずつ。
ネスカールは天井を見上げた。どうやって光をあそこの場にとどめているんだろう? ロビーの暖炉にいた火蜥蜴もそうだが、こうした精霊は気まぐれで、目を離すとすぐにいなくなってしまうのに。
「荷物はないの?」
不思議そうに、少女が聞いてきた。
雪のように白い銀髪が、背中を流れていた。背は高く、全体的な雰囲気がどこかあの学院長を思わせた。着ているのは灰色のローブで、汚れやほつれは全くない。持っているのは小さな革の鞄だけで、他に荷物はなさそうだった。
ネスカールは肩をすくめた。「これだけ」
「え? だって……」
いったいどう説明したらいいものか考え、うまく思い浮かばず、とりあえずネスカールはベッドに腰を下ろし、言った。「あなたたちと違って、持って来なければならないものがあるわけじゃないから」
これは失敗だった。こんなひがむようなことを言う必要はない。口の中に、苦いものを感じた。ネスカールは顔を伏せ、言葉を失った。
少女はそっと、ネスカールの隣に腰を下ろした。そして言った。
「わたしは、ロッサールのアーロッテ。あなたは?」
「シフ村のネスカール」
ネスカールはそう答えていた。ついで、「ロッサールって? ああ……もしかして」
「ええと」
少女ははにかんだ。大人びた顔立ちが、そのときだけ歳相応になった。「知ってると思うけど、一門の名前よ。学院長と同じ。わたしは、彼女の姪なの」
「へえ」
ネスカールのいらえは、いかにも間が抜けていた。「わたし、兄弟とか姉妹とか、そもそも親戚がいないし。うらやましいな」
「そう?」
アーロッテは首を傾げた。「でも、あなたのお母さんは……」
「母はいないの」
咄嗟に、また妙なことを答えてしまっていた。アーロッテが口をつぐんだ。ネスカールの頭に血が上り、汗がこめかみから吹き出してきた。早口でこう言った。「つまり、会ったこともないの。母とは。子供のころから……どこか行っちゃったから……」
言葉が途中で途切れた。部屋の外、どこか遠くの建物から、鐘の音が聞こえてくる。
アーロッテが立ち上がった。「……もう夕食の時間みたい。行きましょうか?」
「……うん」
ネスカールは肯き、手を差し出した。
アーロッテはその手を取り、ふたりは手をつないで、寮の部屋を出た。