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魔法使いの娘  作者: 青井するめ
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講堂


 ざわめきが、ネスカールを出迎えた。

 中庭から北側に開いた入り口を潜ったところが、講堂だった。多くの人々が、すでに壁際に整列して、ネスカールのことを待っていた。広い空間だった。アーチ状の梁が頭上で交錯して、高い石の天井を支えていた。この広間だけで、小さな家がひとつかふたつは入ってしまいそうだ。壁に穿たれた窓は小さく、薄暗かった。壁のあちこちに松明が据えられ、生臭い煙を出しながら、講堂の内部を照らしていた。薄暗いだけでなく、ひどく寒々しく感じられた。石の壁が、暖気をことごとく吸い取って、離してくれないようだった。

 ネスカールは、一団の中に並ばされた。あたりにいるのは、自分と同世代の少年少女ばかり。どことなく落ち着かない様子で、あちこちに視線をさまよわせている。彼ら、彼女らもまた新入生なのだろう。

 その周りには、年かさの集団がいた。年齢は、こちらより少し上の青年から、皺だらけの老人まで様々だ。彼らが院生か、教導師なのだろう。いかにも魔法使いらしい、丈の長いローブを着ていた。

 あちこちから視線を感じた。付近の子たちは物珍しげに、横目でちらちらとこちらを伺い、時折小声でささやきあっている。遠くの大人は、眼をすがめ、あるいはにらむようにして、ネスカールを注視していた。

 もううんざり、とネスカールは思った。まさかこの粗末な風体が気にかかるというわけでもあるまい。子供たちの大半は、きちんと調えられた髪に、襟のほつれていない服や、羅紗の肩掛け、胴衣などをつけていたが、ネスカールのように村だしの百姓娘同然の恰好も、少なからず見受けられたからである。実際のところ、年齢以外に、この集団に共通するものはないといえそうだった。髪の毛は確かに銀髪が多かったが、金髪あり、目の覚めるような赤毛あり、褐色あり、黒髪あり、といった感じで、北から南まで多くの国々から集められた子供たちというのがおおよそ察せられるのだった。 

 不意に、ざわめきが収まった。教導師たちの集団から、ひとりの女性が進み出て、講壇へと上がった。学院長だった。

 学院長は口を開いた。その声は魔法で増幅されて、講堂内に殷々と響きわたった。

「それではみなさん。まずは今年もまた、この魔法学院に新たなる学童を迎え入れたことを、喜び申し上げましょう。わたしは、学院長のデイル・ロッサール。みなさまに魔法の力と術を教え、そして、ともに学ぶものです。この学院には二百の学生、百二十の院生、三十五の教導師がいます。みなさんはまず、初等科一回生として学ぶことになるでしょう。慣れないこと、戸惑うこと、たくさんあると思います。もし聞きたいこと、知りたいことがあれば、遠慮なく、教導師か、みなさんの先輩にあたる学生、そして寮長のアインハイルに訊ねなさい。知りたいと願うことは、魔法使いにとってとても大切なことです」

 学院長はいったん言葉を切り、咳払いをしてから、「しかし学院内には、多くのルールがあります。ここでひとつひとつ述べることはしませんが、ここでは全てに適用される、三つの大ルールを述べるにとどめましょう。

 ひとつ、許可なく人に魔法をかけてはならない。

 ひとつ、許可なく学院の外に出てはならない。

 ひとつ、許可なく学院の地下に行ってはならない。

 この他にある細々としたルールは、おいおい皆さんも分かってくると思います。これらのルールを破った場合、程度によって、自室での謹慎や、反省室送り、そして学院追放もありうる、といったことを、心に留めておいてください」

 追放、の言葉を聞いたとたん、ネスカールの胸がはねた。じっとりと首の後ろに汗をかき、聞こえているはずの言葉がうまく理解できなくなった。

 追放。母は追放された、と大叔母は言っていた。いったいここで何をやって、そんなことになったのだろう? ふと顔を上げると、今度は壇上のデイル学院長が、こちらを見下ろしているのに気づいた。その厳しい表情は、明らかにただの一新入生に向ける以上のものを感じさせた。ネスカールはあわてて目をそらした。

 学院長が言葉を続けている。「では、新入生の皆さんは、学生寮へと向かってください。このあとは新入生歓迎の夕食会がありますが、長旅で疲れている方も多いかと思います。夕食会の前に荷物を紐解き、余裕があれば湯を使うとよいでしょう。

 では。解散。後ほどまた会いましょう」

 学院長がそう言い終わると同時、アインハイルが進み出て、新入生たちに手をあげた。「では、新入生はこちらに。私についてきてください」


 ネスカールたちは一列になって、アインハイルのあとに続いた。

 講堂の後ろ側にある扉から、暗く狭い廊下を通って、赤絨毯の敷かれた広間へ。そこからまた別の廊下に入って、階段を上り、角を曲がり、また階段を登り、角を曲がり……

 この広い館の中で、自分たちがどこへいるのか、ネスカールにはすっかり分からなくなった。屋敷には全体的に窓が少なく、おまけに窓自体が小さいこともあって、あまり外の光が射し込まない。外はすでに日暮れを過ぎ、廊下はますます暗く、自分の足下さえ覚束ない有り様だった。

 仕方なしにネスカールは、魔法の視力を使って暗闇を見通した。するとあたりはだいぶ見えるようになったが、同時に前後をゆく学生たちの状態も分かるようになった。

 学生たちは二種類いた。ひとつは、暗闇に眼をしばたたかせ、前をゆく子の背中を見ながら及び腰で歩くもの。もうひとつは、ネスカールと同じく、魔法の力で暗闇を払い、周りを観察するもの。

 すぐ前の生徒と、眼があった。長身の女の子で、ネスカールより頭半分高かった。彼女はネスカールに、複雑な表情で笑いかけると、片目をつぶって見せた。

 どうやら、とネスカールは思った。この暗い廊下は、学生たちを選別するためにあるらしい。多少なりとも魔法の力を扱えるのか、それともまだ無理なのか。

 そんなことを考えている間に、ようやくにして廊下は終わり、天井の高い部屋に出た。

 先ほどまでとは打って変わって、明るく暖かい部屋だった。壁際に据え付けられた暖炉から、燃え盛る炎が広い部屋を暖めていた。よく見ると、暖炉の奥には火蜥蜴がとぐろを巻いて鎮座していた。薪もないのに火がよく燃えているのはこれが原因だった。

 暖炉の前には絨毯がしかれ、大きなテーブルと、いくつかの椅子があった。粗末な木の椅子ではなく、表面に刺繍が施され、詰め物の入った背もたれつきの椅子だ。

 天井までの高さは二十フィートほどもあろうか。壁には細長く大きな窓がとられていた。昼間であれば、この部屋はかなり明るいはずだ。

 ここまで生徒たちを先導してきたアインハイルが、こちらを向いて両手を広げた。

「さあみなさん。ここがあなたたちの住まいとなる学徒寮です。このロビーを中心に、右が男子寮、左が女子寮となっています。当然ですが、男子は女子寮に、女子は男子寮に入れません。もちろん、今までも侵入を試みたものはいましたが……」

 アインハイルは言葉を切った。「まあ、その人たちがどうなったかは、みなさんの想像にお任せします」

 笑い声が、生徒たちから漏れた。

「改めまして。わたしはアインハイル。寮長としてみなさんの生活全般を請け負うものです。まずは、あなたたち全員の部屋割りを決めねばなりませんね」

 アインハイルは、腰に下げた袋から鍵束を取り出した。

「一回生に割り当てられるのは、ぜんぶで八部屋。女子生徒が十人、男子が七人だったかな。では、鍵に部屋を選んでもらいましょう」

 鍵の束を外して、ぱっと宙に放つと、それが何かに引かれたように各自の生徒のもとに飛び去った。ネスカールのもとにも、ひとつの鍵が飛んできて驚きながらもそれを受け止めた。小さな鍵には、蛇の紋章が描かれていた。

「その鍵に従って、部屋に向かってください。二人部屋だから、同室のものとはこれからずっと一緒に生活することになります。仲良くするとよいでしょう。

 しばらく休んだ後は、夕食兼、新入生歓迎会があります。そのときにはまた迎えに来ますから、それまでゆっくりと休んでいてください。では、またのちほど」

 それだけ言い終えると、アインハイルの姿は風を受けたろうそくの火のように消えた。生徒たちがざわめくなか、ネスカールは手の中の鍵を握りしめて、どちらの方角へ行けばいいのか考えていた。


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