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魔法使いの娘  作者: 青井するめ
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学院への道筋


 ふきっさらしの空の上は、さぞかし寒いだろうと、ネスカールは思っていた。

 実際はそうではなかった。ごつごつした竜の背には、鞍が取り付けられていて、そこにふたりが前後に並んで座れるようになっていた。竜を動かすのには、どうやらどんな言葉も必要ないらしかった。オズバンが手綱をつかみ、少し引いただけで、竜は本当に何事もなく、ぐいと腰を上げるような感じで、空を飛んでいたのだ。

 そして意外なほどに、竜の背は熱かった。

「飛竜の体には、火の炉があるんだ」

 オズバンの言葉は、風に吹き散らされて、とびとびにしか聞こえなかった。「飛竜は口から火を吐くことがない。そのかわり、体の中の熱を、飛ぶことに利用する。だからこんな熱いのさ」

 どういうことなのかさっぱり分からなかったが、とにかく竜が、飛ぶようにという言葉そのままに空を駆けていることは確かだった。

 もはやこの高さからは、ネスカールのいた村がどこなのかさえ、分からなくなっていた。眼下に広がっているのは、なだらかに続く丘陵と、雪をいただいた高山の峰々、空を切り取った水たまりのように点在する湖といった光景だった。太陽は、どうやらこちらの背後にあるから、この竜は西へ向かって飛んでいるようだった。

「このまま行けば」

オズバンが声を張り上げた。「夕方前には、学院につけるだろうぜ」

「そんな大声出さなくても聞こえるわ!」

 こちらもつい大声で答えてしまったが、オズバンが驚いたようにこちらを向いたのは、それだけが原因ではなかった。

「あんた、念話が使えるのか」

「いいえ。たまに、人の心の声が聞こえることはあるけれど」

「なんと。しかしそれは」

 オズバンの声はうめくようだった。「あんたの母親の話は聞いたことがある。学院始まって以来の天才だったってな」

「そんな有名人なのに、わたしはお母さんのこと、何も知らない」

 ネスカールは言った。「わたしはあの村の、森の中で、誰とも関わることなく育てられた。話し相手といえば、森の動物と、同じはぐれものの女の子だけだった」

「じゃあ、あんたに魔法を教えたのは誰なんだ?」

「誰でもないわ」

 ネスカールは首を振った。「誰からも」

「そんな馬鹿な。俺だって魔法使いの子だ。魔法使いが自分の子に、何を教えるかは知ってる。魔法ってのは便利である以上に、危険なものだ。きちんとコントロールできなければ、自分にも周囲にも害を及ぼす。だからみな、ある程度の歳になったら、学院に預けて勉強させるんだ」

「知ったこっちゃないわ」

 ネスカールは言い捨てた。「わたしはできることをする、できないことはしない。それ以上のことなんて考えたこともない」

「末恐ろしいってのは、こういうことを言うんだな」

 あきれたように、オズバンは言った。「デイル学院長が、草の根を分けてでもお前さんを見つけようとした意味が、やっと分かってきたよ」

「デイル学院長って?」

「学院の、一番偉い人さ。総長とも呼ばれている。大陸でも一番だろうと言われている、大魔法使いさ」

「へえ」

 そう言われても実感がわかず、ネスカールは間の抜けた言葉を返すしかなかった。今更のように彼女は、自分が何も知らないまま、学院とやらへ連れ去られていくことに気づかされた。

「ねえ」

 ネスカールは言った。「どうせだったら、あたしにもっと教えて。学院ってどういうとこなの? どんな人がいるの?」

「そうさな」

 オズバンは答えた。「そもそもの始まりは千年前だ。混沌との戦いで散り散りになった魔法使いたちは、荒れ果てた大地と、混乱しきった社会を前に、有効な手だてを打てずにいた。そこに現れた〈一なる〉リィンハーゼンは、ばらばらの魔法使いたちをひとつにまとめ、統治し、管理する必要性を感じた。そこで、学院の前身となる賢人会議所が、今と同じオーレック湖の浜辺に作られた……」


 *


「ついたぞ」

 というオズバンの言葉で、ネスカールはうたた寝から起こされた。目をこすり、欠伸をかみ殺しながら、「ついたって、どこへ?」

「学院だよ。決まっているだろう」

 その言葉で、ようやく、本当に、ネスカールは目を覚ました。鞍から落ちそうになるほどに身を乗り出すと、眼下には、陽光を照らし輝く細長い湖と、そのほとりにはりついた小都市が、確かに見て取れたのだった。

「うわぁ……!」

 感嘆の声が漏れた。学院の姿は、この距離から見ても、まことに壮麗だった。湖に半ば突き出すかたちの、切り株のような平たい岩のうえに、石造りの巨大な城館が建っていた。四角くまっすぐな城壁のうえに、とがった塔が並び、そのうちのひとつはひときわ大きく、太い槍の穂先のように、天を目指してそびえていた。

 城館の裾野に広がるようにして、緑濃い森があった。そして学院の傍らに並んであるのは、小さな街だった。濃い朱色の屋根瓦が、傾いた西日を反射して輝いていた。芥子粒のように小さく見える人々が、石畳の街路を行き交っている。

「街があるんだね」

「そりゃあるさ。というか、それもさっき説明しただろう」

 説明の途中からかなり本気で寝入っていたのだが、そのことは黙っていた。

「魔法使いだって人間だ。霞を食って生きるわけにはいかない。学院には千人からの魔法使いがいるから、食い扶持だけで大変だし、政治的に重要なところでもあるから、各国から人がやってくる。そいつら目当ての商売も盛んさ。あとは」

 オズバンは少し意地の悪い声で、「魔法目当てでやってくる旅人に、魔法の品と偽ってとんでもないがらくたを売りつけたり、ペテンにかけたりする輩もいる。学院とは関係ない、モグリの魔法使いも住んでるしな。まあ、人が集まるところどこも同じってこった」

「へえ」

 そこでネスカールは、飛竜が街から少しずつ離れていくことに気づいた。

「どこへ行くの? あそこに降りるんじゃないの?」

「結界があるんだ」

 オズバンは答えた。「飛竜みたいに上から来るものを、魔法の力で寄せ付けないようにしてるのさ。正面の入り口からでないと入れない。もちろん、非常に力のある魔法使いだったり、本当の竜だったら話は別なんだろうが」

「へえ」

 飛竜は街の周囲に広がる森の方へ向かっている。そこでネスカールは小さく体を震わせた。オズバンの耳元で言った。

「どうせなら、もう少し急いでもらっていい?」

「それは構わんが、どうした?」

「トイレに行きたい」


 街から百ヤードほど離れた森の中の広場に、飛竜と、乗り手のふたりは降り立った。

 ネスカールは大急ぎで茂みに駆け込んで用を済ませたのだが、広場に戻ってくるとオズバンはすでに飛竜に跨り、鎌首をもたげた飛竜の頭がすでに空を見上げていた。

「もう行っちゃうの?」

「ああ。俺もそんなに暇じゃないしな。日が沈む前に戻りたい」

 オズバンはネスカールを見下ろし、「じゃあ、頑張れよ。どうせだったら、大陸一の魔法使いになってくれ。そうすりゃ、俺も国に戻ってから自慢話のひとつもできるってもんだ」

「やるだけやってみる」

 少し照れくさくて、声がうわずってしまった。「ありがとう、オズバン、何かの機会に、また会えたらいいな」

「そうだな。じゃあ、またな!」

 一陣の熱風が吹き抜け、飛竜は空に吸い上げられるように舞い上がり、その赤い姿は夕暮れの迫る蒼穹に吸い込まれて消えた。

「……さて」

 空を見上げたままだった頭をおろすと、ネスカールは言った。「行こうか」


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