表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使いの娘  作者: 青井するめ
15/22

教練


「いったい、なにをやってきたの?」

 呆れたようにアーロッテが言った。「泥だらけじゃない」

「ちょっとね」

 両腕がしびれて、うまく上がらなかった。情けない思いを噛み締めて、ネスカールは自分の手を見下ろした。

 あれから半刻ほど、フーリエとネスカールは、簡単な剣の練習を行ったのだ。木の枝から吊り下げた薪に木剣で突きを入れる。まるで子供の遊びだ、などと甘く見たのがよくなかった。たちまち息が上がり、しばらく木の根元に座って休まなければならなかった。フーリエは、剣の持ち方、構え方などを実演を交えて講釈してくれたが、正直なところほとんど頭に入っていない。残ったのは疲労だけといってよかった。こうして寮の部屋に戻ってきてからも、身体が石になったかのように重い。

 顔を上げると、アーロッテが抱えているものが目に入った。

「取ってきてくれたの?」

 アーロッテはうなずいた。それをベッドの脇のサイドテーブルにおいた。大判の本が四冊。

「いったい、この本を何に使うの」

 アーロッテが不審そうに言った。「悪魔学大全。初級召喚術。魔神召喚の基礎知識。どれも一回生の使う本じゃないでしょう」

「だから、〈白の本〉にのってなかった。まだ謹慎期間中だし、図書館に行くのもよくないから」

 古びた革の表紙を指先でなぞりながら、ネスカールは言った。「やっぱり応用召喚術はムリ?」

「あれは院生じゃないと借りられないわよ」

 アーロッテは手を腰においた。声が少し尖っていた。「いったい、なにを考えてるの?」

「うん」

 上の空で、ネスカールは答えた。「ちょっとね」

「ちょっとって……」

「色々考えてることがあって」

 ネスカールは顔を上げた。とたんに、声以上に堅く尖ったアーロッテの表情を見て、思わず身をすくめた。目尻が赤くなり、口元にしわが寄るほど唇を噛みしめていた。

「……わたしは、あなたの味方のつもりだけど」

 彼女の声は、壷からあふれる水のように張っていた。「同室のよしみもあるし、友達だと思っていたから。でも、あなたがそうじゃないなら……」

 言葉を切って、アーロッテは顔を背けた。そのまま、部屋を出ていった。誰もいなくなった部屋で、ネスカールは閉じた扉をじっと見つめていた。日が暮れて、部屋が暗くなりつつあったが、ネスカールは身じろぎもしなかった。


 *


『……そのころには、多くの魔法使いが魔を呼び出し、使役することを目指していた。魔法使い同士の戦いで、ほんの少しでも優位な立場に立つには、それしかなかったのだ。呼び出す悪魔の格によっては、戦う以前に勝負がつくこともあった。

 しかしそれには多くの困難があった。多くの未熟な魔術師は、悪魔を使役することができず、魂を食われて地獄へと送り込まれた。かろうじて生き延びたものも、体の一部か、力の大半を失うのが常だった。それほどの困難と引き替えにしても、悪魔の力はあまりに魅力的だった。十二の大悪魔を使役し、封印したソルローンの業績を考えてみるがいい(別紙十四を参照せよ)。

 だが時代は流れ、神々は彼方へと去り、悪魔を呼び出そうとする術師はやがてまれになった。魔法使いの時代は終わり、世界は鋼と蹄鉄の支配する世へと変わっていった。シーテッカの崩壊が、それにとどめをさした。もはや上級召還の術は失われ、そのような試み自体が行われなくなった。ごくまれに、力を得ようと魔の召還を試みたものは、いずれも手ひどい代償を払うこととなった……』


「何をしているんだ」

 という声に驚いて、ネスカールは顔を上げた。

 すぐそばに、フーリエが立っていた。いつものように片手に木剣を下げて。

 ネスカールは、自分の体を見下ろした。森の中、フーリエが来るまでの間、倒木の上に腰掛け、借りてきた本を膝の上に置いて読み込んでいたのだった。

 彼女は言った。「身隠しの術はかけておいたんだけど」

「そうだな。だけど君の技は完璧ってわけじゃない。ちゃんと意識を集中しておけば、僕にも破れるってことさ」

「そうかぁ」

 ネスカールはつぶやいて、本を横に置いた。表紙をみたフーリエが、不審そうに言う。

「初級召喚術? 一回生が使う本じゃないだろう」

「うん。この学科、カリキュラムに無いんだね」

「召喚術の危険性を考えると、若い学生に教えるべきじゃないというのが今の大勢なのさ。三回生になれば基礎召還実習があるが、これも簡単なインプの呼び出しだけだ」

 顔をしかめて、「噂によると、昔、学生が召喚術で大きな失敗をしたらしい。それが今も糸を引いてるって話だ」

 それを聞いてネスカールは、下を向いてしまった。フーリエが首を傾げた。

「もしかして、君も聞いたことがあるのか」

「うん」

「君の母親が、その失敗の元凶で、それが追放処分を受ける原因だったという、あれ」

「そう」

「僕は眉唾だと思うけどな。噂なんて尾鰭がつくものだ。大エイルロードの追放理由は、いまだ公式発表がない。やっかみで好き勝手言ってる人間は多いだろうけどさ」

「そうかな」

 ネスカールの声は、自然と小声になった。フーリエは、本当にそうした噂に疑念を抱いているようだった。そうはいっても、学院長が、真偽のあやふやな噂を口にするとは思えない。

 フーリエは、ネスカールを見下ろして、若干じれたように言った。「それで? 今日はずっとそれを読んでいるだけなのかい?」

「いいえ」

 ネスカールは立ち上がった。「じゃあ、今日も始めましょう」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ