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魔法使いの娘  作者: 青井するめ
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暇つぶし


 薬草学の授業は、屋外で行われる。学院のすぐ外に広がる森と、その周辺の野原で、ハーブや薬草を摘み、それらの同定と選別、採取を行うのだ。

 慣れない者に、ハーブの見分けは難しい。少なからぬ数の学生が、頭痛に聞くスロースメルのハーブと神経毒のスパイダーシャークを間違い、減点をもらってすごすごと野原へ引き返していった。

 アーロッテは、いつものように一番に課題を終えた。いくつかの薬草を提出し、調合方法、保存方法を遺漏なく教導師に伝え、満足そうに肯く教導師に頭を下げて、今度は他の学生を手伝うために、また野原へと戻っていった。

 木の陰に隠れて、ネスカールはその様子を見ていた。しっかりと身隠しの術をかけて、なるべく彼らに近寄らないようにして。

 チャンドラの姿は、生徒たちの中にはなかった。

 あの日からずっと授業には出ていないのだと、アーロッテから聞いていた。彼女の身になにが起きたのか、生徒たちは知らされていない。それでも、人の口に戸は立てられない。謹慎処分となったネスカールとの間に何かがあったのだと、予想しないものはいなかった。

 生徒たちの声が、風に乗って聞こえてくる。

「結局、チャンドラの自業自得じゃないの?」

「あの子、たいして素質があるわけでもないのに、あんな突っ張ってさ。痛々しいっていうか」

「オルドインは落ち目だもの。必死にもなるでしょ」

「表に出てこないのは、ウロコ肌の呪いをかけられたからって、ホントなのかなあ?」

「あの子ならやりかねないんじゃない? ネスカールって、あたし話したことないけど、ちょっと薄気味悪いっていうか、ぶっ飛んでるっていうか……」

「ちょっと常人には理解しがたいよね。天才っていうの?」

「やっぱ血筋なのかなあ、魔法使いって。あたしなんか親からして平凡だし……」

 ネスカールは、手を払って風の精を追い払った。頼んでもいないのに声を送ってくる風の精が忌々しかったが、それを断りもせず聞いてしまう自分にも腹が立った。

 苛立ちを持て余したまま、ネスカールはその場を去った。心が大いに乱れて、身隠しの術を維持するのが精一杯だったという事情もある。

 しばらく歩くうち、多少は気分が落ち着いた。なんと言っても森は、幼い頃から彼女にとってのホームグラウンドだったし、そのころから人よりも木々やドライアドのほうが正直で、好ましく感じられたものだ。

 もっともここの森は、彼女にとって優しくなかった。木々も花も草も、彼女をよそものと見なしてか、まったく話しかけてはこない。植生もだいぶ違う。ここは彼女の生まれ育ったシフ村とは相当に離れているし、ましてやここは学院のすぐそば、魔力の流れ道となっていて、通常とは違う成長をする植物が多いのだ。

 ごく普通の、ニレや樫の木々に混じって、ひとの背丈の倍もある巨大な草花が目に付く。細長い茎の上に、小さな牛ほどもありそうな紫色の花弁がついているのは、奇妙な光景だった。しかもその花には、大きなふたつの目がついて、こちらをにらんでいるとなれば。

 ネスカールはそれを避けて、学院に戻る道を進んだ。こうしたあまり森の中をうろつくと、帰れなくなりそうで不安だった。この奥にある〈惑いの森〉の噂を、ネスカールも聞いていた。しばらく歩くうち、木々の狭間の向こうから、学院の巨大な石壁が立ち上がってくる。

 そこで、妙な音を聞いた。

 木と木がぶつかる音だった。誰かが木を切っているのかと思ったが、それにしては音が違う。興味を覚えて近づくうち、見覚えのある人影が見えてきた。

 灰色の髪を短く刈った、あの特待生だった。名前はフーリエといったか。厚めの木切れを削って作った木剣を持ち、枝からつり下げた太い薪目指して、その剣を突き出している。分厚くやぼったい学院のローブ姿ではなく、くすんだ色のチュニックとダブレットという、動きやすい格好だった。

 その動きは、騎士物語に憧れる子供がやるような、見よう見まねとは全く違った。腰を落としてしっかりと構え、素早く剣をつきだし、薪を弾き飛ばしている。かなり真に迫った動きで、しばしネスカールは言葉もなく、その動きを見つめていたのだった。

 やがて、フーリエは剣を下ろした。息が荒く、灰色の髪からは汗が滴っていた。

 ネスカールはそこに近寄っていったが、相手は気づく様子もなかった。そういえば術をかけたままだったことに気づいて、ネスカールは姿を現し、相手に話しかけた。

「ねえ」

「うわっ」

 フーリエは飛び上がった。「君か!」

「わたし」

 ネスカールはうなずいた。「何をしているの?」

 ネスカールの視線の先に、手に持つ木剣を見て、フーリエは答えた。「これかい? ただの暇つぶしさ」

「暇つぶし?」

「ああ。剣をふるうことが好きなんだ。昔から」

 そう言いながら、さっと剣を突き出し、薪を弾き飛ばす。「この学院では、なかなか運動する機会を見つけられなくてね。ほんの少しでも、腕がなまらないように。時々こうやって身体を動かすのさ。まあ、他の魔法使いが見たら馬鹿にされるから、こうして人のいない場所を選んでいるんだけど」

「いいなあ」

「え?」

「わたしに教えてくれる?」

「君にだって?」

 フーリエは失笑した。冗談だと思ったのだろう。しかしネスカールの表情を見て、笑いを引っ込めた。「本気なのか?」

「うん」

「何のために?」

「役に立つかもしれない」

「いつ?」

「例えば、戦になったとき」

「君には必要ないだろう。若くして〈塔〉に招かれるほどの魔法使いが、こんな小手先の剣術なんて」

「魔法は、いつでも自由になるものじゃない」

 ネスカールは、自分の両手を見下ろした。細く小さい、子供のような手のひらを。「魔法はいつでも頼りにできるものじゃない。どんなことでも、やっておきたいの」

「……君は」

 フーリエは、何かを言おうとして口をつぐみ、結局は呆れたように、「だいたい、君は謹慎処分を受けて、寮から出られないんじゃないのか? そう聞いたぞ」

 ネスカールは、口の中でもぐもぐと答え、小さく肯いた。「うん」

「同級生をバッタに変えたんだって? なかなかやるもんだね」

「そんなことしてない」

 憤然と、ネスカールは否定した。「それで、結局どうなの? 教えてくれるの?」

「そうだな」

 フーリエは空を見上げ、どこか遠い声で言った。「まあ、所詮は暇つぶしだ。君につきあうのもいいだろう」


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