第四話 真犯人は……あっ、俺!?
俺のせいで沈んだ空気になった酒場だったが、その後、ガイナたちがなんとか場を盛り上げてくれた。
今は酒場らしい賑わいと活気が戻ってきている。
そんな中、俺はナタリアさんのことや、昨晩の俺の所業に正面から向き合うことができず、逃れるようにクッキー泥棒について考えていた。
クッキー泥棒は、どうやら俺だったらしい。
ケンとアンナ、それにクロまで疑っておきながら、恥ずかしい話だ。
しかし、それなら色々と辻褄が合う。
ケンやアンナの手の届かない場所に置いてあったガラス瓶を、キッチンテーブルまで下ろしたのは俺だろう。
身長からいって、ガラス瓶を安全に下ろせるのは俺か、俺を送ってくれたガイナしかいない。
しかし、ガイナは棚にクッキーの入ったガラス瓶を置いてあることを知らない。
結果として、残るのは俺。そう、ガラス瓶を棚から下ろしたのは俺しか考えられない。
ガラス瓶の蓋を開けたのは、猫のクロかと思っていたが、これも俺だろう。
ガイナに付き添われて家に帰ったあと、キッチンの棚からガラス瓶を下ろし、自分で蓋を開けて中のクッキーを食べた。
すでにケンとアンナで合計七枚食べたことが分かっている。
ついさっき、ガイナが一枚食べた。
ということはだ、俺は昨夜、ナタリアさんが他の男と飲んでいた現場を見て、乱心して一人で十二枚も食べたのか。
かなり大きめだし、分厚さもあるクッキーなんだが、昨夜の俺はよくそんなに食べたな。
やけ食いというやつだろうか。
はぁ……。それにしたって、ひどいもんじゃないか。
ナタリアさんとのことも、始まる前に終わったな。
はぁ……。
・・・+・・・
「まあ、元気だせよ」
ガイナがしょぼくれた俺の肩を、優しくポンポンと叩く。
「生きてりゃ、そのうちいいこともあるって!」
悪人顔を持つおっさんという生き物は、根拠もなくハッピーエンドを語り勝ちだ。まったく信じられない。
すでにかなり酔っ払っているガイナは、体を左右にゆっくり揺らしている。
――ゆらりゆらり
――ガサッ、クシャ
「おおう、なんだ?俺の上着のポケットに、なんか入ってるぞ」
ガイナはごそごそとポケットから、大きめの丸まった紙を引っ張り出してきた。
こいつは整理整頓とか清潔なんぞに無縁の男。いつもポケットやらカバンの端っこやらに、ゴミを溜め込んでいる。
「ゴミくらいちゃんと捨てろよ。小汚いおっさんは、娘さんに嫌われるぞ」
「ん?お?これは――なんか、いいもんじゃねーか?」
俺の話など微塵も聞いていないガイナ。ガサガサと紙を開いて中を見てから、それを肴の皿の脇に置いた。
「なんだろ、これ。焼き菓子か?なんか知らんうちに、俺のポケットに入ってたんだよな。まっ、いっか。神様からのご褒美だ。どれ、ひとついただくか」
んん?焼き菓子?
おい、ガイナ、ちょっと待て。
もしかして、それは……。
――サクッ
――サクサクッ
酔っ払ったおっさんガイナから漂う、バターの上品で濃厚な香り。
そして新鮮な牛乳の甘い香り……!?
ガバッ!と顔を上げた俺の目に映るのは、俺が焼いたクッキーを嬉しそうに頬張るガイナだった。
「それ、俺の焼いたクッキー!」
「え?これ、お前が作ったの?かなり旨いぞ」
ガイナが「もう一枚」と伸ばした手をバチンと払いのけて、急いでシワシワの紙の上に置かれた証拠品の枚数を確かめる。
一枚、二枚……九枚、現存確認。
ケンが四枚、アンナが三枚、ガイナが今1枚食べた。
そして、今ここに九枚あるってことは……俺がやけ食いしたのは、たったの三枚じゃないかっ!
意外な容疑者が突如として捜査線上に浮上した。
さあ尋問を始め――ごらぁ!ガイナ!許さん!
「犯人はガイナっ!お前だなっ!」
「え、なんだって?俺が犯人?なんの犯人?」
「お前、俺の家から、クッキーを持っていっただろ?俺がナタリアさんにあげるはずだったクッキーを!」
俺とガイナの視線が交錯する。
パチパチと目を瞬かせるガイナ。
「えっとぉ、んー、犯人は……あっ、俺!?ギャハハ!すまん、酔っ払ってたから、あんま覚えてねえわ!」
なにが「覚えてねえわ!」だ。許せん!
お前のせいでケンとアンナ、それにクロまで容疑者扱いしてしまったじゃないか。
まあケンとアンナは見てすぐ分かる真っ黒さ、クロは元から真っ黒だけどな。
ガイナが「すまんすまん」と騒いでいるうちに、隣の卓から声がかかった。
「あら、なに?クッキー?あたしにもちょうだーい!」
「いいぜ、いいぜ!かなり旨いぞ」
「俺ももらっていいっすか?」
「おうよ、お前、甘いもの好きだったよな。持ってけ持ってけ」
「うちの子どもの土産に少しくれないか?」
「お前んとこは子ども二人だったな?二枚もってけよ」
「ちょっとガイナ、人の店でヨソの食べ物、配らないでちょうだい!」
「よお、女将!これはコイツが焼いたもんだぜ」
「へぇ、ゼイルがね。ならいいさ。アタシも一枚もらうよ」
ガイナが例によって例のごとく、調子良くクッキーを持っていく許可を皆に与えている。
俺のクッキーなんだが。
だが、昨夜の醜態のあとでは、ナタリアさんにクッキーを渡すことはできない。
ナタリアさんは昨夜、直接、俺の醜態を見たわけではないらしいが、ギルドの同僚や友人からすでに耳にしていることだろう。
もうどうせ使い道のないクッキーだ。好きなだけ食うがいいさ。
「「「旨っ!」」」
俺のクッキーは大好評のようだ。
それはそれで嬉しいが、今の俺の心の傷を癒やす薬にはならない。
「あっ、そーいえば、ギルドのナタリアがあんたのこと、若いけどしっかりしてるって褒めてたわよ」
え?ナタリアさんが俺のことを?
「あー、俺もナタリアにゼイルがお前に惚れてるらしいぜ?って言ったら、顔赤くして照れてたぞ?」
ちょっとそこのガイナのおっさん!
なに勝手に俺の気持ち、告白してるんだ!?
「俺もナタリアに言っといた!ゼイルがあんたにぞっこんなんだけど、ヘタレだから誘えないって」
おおい!子どもがふたりいるガタイのいい盾職のおっさん!
ヘタレ!?――いや、確かに俺はヘタレだな。クッキーを焼くだけのヘタレだ。
それにナタリアさんには、もう決まった相手がいるじゃないか……。
全然覚えてないが、昨夜、ナタリアさんは男とこの店に食事をしに来ていたというし。
「ゼイル、あんたのクッキー、すごく美味しいじゃないか。ウチで売ってもいいくらいの品質さね。さてと、御礼にナタリア情報を教えてあげようかね。昨日一緒にいたのは、地元から来たナタリアの実の兄さんだよ。お会計のときに紹介されたから、確かな話さ?」
「「「女将さん!」」」
酒場の女将さんの話に俺はおもわず立ち上がり、そのままふらっと倒れそうになった。
「「「ゼイル!」」」
「気をしっかり持て!」
「傷は浅いぞ!」
「クッキーまた焼いて」
みんなに支えられて、なんとか倒れずにすんだ。
そんな俺を見て、ガイナは笑いながら茶目っ気たっぷりに親指を立てる。
「ゼイル、お前、いい男なんだから、クッキーなんかに頼らなくたっていけるぜ?」
そうだな。ゼイルのいうとおりかもしれない。
俺は逃げてた。クッキーに頼っちゃいけない。
よし!明日、さっそくナタリアさんを食事に誘ってみよう。
もう俺の気持ちは、何人もがナタリアさんに勝手に告白してくれているようだし、いまさら恥ずかしがる必要もない。
「ああ、俺は明日、ナタリアさんに声をかけてみるよ。みんな、心配かけてすまない」
「「「うおぉぉぉ!」」」
周囲がゼイルが男になったお祝いだと、新たに酒を注文している。
そんな中、俺はこっそり女将さんに声をかける。
「女将、さっきのクッキーを店に置いてもいいという話なんだが……単なる褒め言葉か?」
にやっと笑う女将。
「いや、本気さね。売る気があるなら、また日にちを改めて話においで。あんたも、なかなか抜け目なくなってきたじゃないか」
照れ笑いしながら女将が他の卓へと、注文を取りに行くのを見送る。
まあな、ガイナの勧める《ギャップ萌え》というやつだけでは心細いからな。料理の腕前を上げつつ、小銭を稼ぐのもいいだろう。
次はジャムの乗ったクッキーとやらを作ってみたい。
そんなことを考えながら、俺は陽気に騒ぐみんなの顔を眺めるだった。